「・・・・・・君は『究極のマティーニ』を知っているか?」
その日、帰って来てアムロのアパートのドアを開いた瞬間に・・・・シャアが、そんな事を言うのでアムロは何ごとだろう、と思った。っていうか、帰ってくる、っていう表現がそもそもちょっとヘン。・・・だってここ、俺の家で、シャアの家じゃないから。
「いや、知らないけどさ・・・・」
アムロはパソコンを覗き込んだまま、ちょっとむかつきながらそう答える・・・・・ああ、なんで俺『帰ってくる』とか考えちゃったんだろう。だいぶ肌寒くなって来た、十一月の夜の事だった。パソコンを立ち上げていたのはネットに繋ぐ為で、これは明日の授業でちょっとした発表をする為に資料が足りなかったからである・・・・・そんなアムロの日常生活にはお構い無しに、今日もシャアはドカドカ部屋に上がり込んで来た。
「君、パソコンなんか落としたまえよ。」
何故か、手に持っていた二本の瓶をベットに放り投げてシャアがそう言うのでアムロは更にむかつく。あーのーねー。そこで、ふと妙な匂いに気付いた。
「・・・・・あんた、酔ってる?」
「別に。」
いつも酔っ払ったような下らない話ばかりしているシャアではあるが、その晩は明らかに酒臭かった。くっそ、何だよ。俺が一生懸命資料調べしてるって言うのに。・・・・・テレホ開始直後のせいかネットが重い。いや、これはまあアムロの八つ当たりであったのだが。
「酔ってるよ。くせぇもん。」
「別に。・・・・・それで、『究極のマティーニ』の話なんだが。」
シャアは、なんというかこう歌うように、勝手に床に座り込むとベットに寄り掛かって話を続ける。・・・・ああもう、俺も酒が飲みてぇなあー。アムロは思った。
「『究極のマティーニ』には二種類ある・・・・・アムロ君、きみ聞いてるかい?」
「はいはい、二種類ねー・・・」
アムロは凄まじく適当に返事をしたのだが、そこは酔っぱらいだけあってシャアも全く気にしていないようだ。つーかこの人がこんなに酔うのも珍しいな。ともかく、シャアは一人でべらべらと続きを話し続けた。
「まず一種類は、イギリスの故ウィンストン・チャーチル首相が好んだ飲み方で・・・・これは凄いぞ。目の前に、ベルモットの瓶を置く。」
「そんで?」
アムロが続きを促してやるとシャアは喜んだようでアムロの背中をバシバシ後ろからひっぱたいた。・・・・あーうるさい酔っ払いだなあ。
「で、その目の前にあるベルモットの瓶を見ながらジンを飲む。・・・・これが、『究極のマティーニ』その一、だ。」
「・・・・・・・すいません、混ざってませんが・・・・・・」
マティーニ、というのはカクテルで、ベルモットとジンを混ぜたものだ。・・・・ということくらいはアムロも知っていた。ので、シャアに突っ込んだのである。すると、更に楽し気にシャアはアムロの背中をバシバシ叩いた・・・・・アムロは思わずむせた。
「だから『究極』なんじゃないか、君!!・・・・それで、もう一個なんだけど・・・・」
「あ、ちょっと待って。・・・・それ、酒?」
背中をひっぱたかれ続けながらネットで調べモノをするのは不可能だ・・・と思ったアムロがついにパソコンを落として振り返ると、ベットの上に先ほどシャアが放り出した瓶が目に入った。
「これか?あぁ、酒だが??・・・余ったのを貰って来た。」
「んじゃ飲む。」
そうアムロが言うと、ヒョイ、とシャアが瓶を放ってよこすのでアムロは瓶の口を開ける。めんどくせぇな、このままラッパ飲みにしよう。そう思って瓶を口元に持っていった・・・・・と。
「それで、『究極のマティーニ』その二、なんだが・・・・」
何故か、そんなアムロを眼鏡の向こうで細く笑いながらシャアが見ている。・・・・・そして、アムロがその中身を飲んだのを確認してから、もう一回こう言った。
「・・・・・・・その二、なんだが。」
次の瞬間・・・・・瓶を片手に持ったままアムロは、思いきり吹き出しかけた。・・・・・・辛いっっ!!なんだ、これ!?
「・・・・『究極のマティーニ』その二、はだね。一人がジンを、もう一人がベルモットを飲んで・・・・・・そうしてキスするんだ。」
シャアが面白そうにそう言う台詞を聞きながらも、アムロは慌てて台所に向かって走って行こうとした。・・・・・つーか、本当はこの場で吐き出したい!!!っていうくらい、辛い!!!息が出来ない!
「~~~~~~っ、」
「あっ、なんだ・・・・君、60度もあるジンを、そのまま飲んでしまったんだね・・・!?」
目の前ではシャアが実に楽し気に、そう笑ってアムロを見ている。そうして、台所に向かおうとしたアムロの前に、先程まで酔っぱらっていた人間とは思えない凄まじい勢いで立ちはだかった。
「そして、なんて偶然だろう!!・・・・・ここに、ベルモットの瓶があるじゃあないか!!!」
「~~~~~~~~~~~~っっ!!!」
・・・・・・・大体、このバカのやりたい事は分かった。しかも、他に方法は無いらしい。窓を開けてでも、トイレに向かってでもいい、とにかくアムロはこの苦くて辛いクセのあるジンを口から出したくてしょうがなかったのだが、何故かシャアがしっかりと自分の手首を掴んでいる。
「それじゃあ、やってみよう!!!究極のマティーニ・・・・」
そうつぶやきながら、シャアが瓶に唇を寄せていくのをアムロは実に苦々しい思いで目にうっすら涙を浮かべながら待っていた。・・・・・・そうして、シャアがベルモットを飲んだのを確認した瞬間に・・・・その唇に思いきり吸いついたのである。
「・・・・・・んっ・・・・」
流し込んで流れ込んで混ざり合って溶け合う液体。・・・・都合いいことに、シャアはアムロを抱えたままベットに倒れ込んだ。・・・・あー、今日も結局こうなるのか。あー。・・・・深く深く口の中を犯し合って、それでやっとカクテルになったものを飲み下しながら、アムロはまだ涙目のまま呟いた。
「そんで・・・・・・」
「なんだ?」
その時には、シャアは意気揚々とアムロのジーンズに手をかけているところだったが、甘い味のする唇を離してアムロを見る。
「・・・・・そんで、この方法で今まで何人女口説いたんだ、あんた?・・・・・つーか電気は消して。」
シャアはよほどしばらくたってから・・・・・・・・・・「そりゃあ企業秘密だな。」と呟いた。
ともかく、その日も二人はやることをやって寝たのだった。その後、アムロがマティーニを大嫌いになったことは言うまでもない。
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