2008/09/15 (08夏コミお礼にて初出)

 ばらいろ小咄。『肩』




  集合は留学生会館、と聞いていたのでアムロは重い足取りでその場所に辿り着いた……つらかった、この一週間本当につらかった!
「ただいまぁ〜……」
 本来他人の家である場所に入るのにその台詞もどうかと思うが、アムロは迷わずそう言って玄関のドアを開いた。ここは正確には、フランス人留学生であるガトーとシャアがブッキングしている部屋だ。で、更にちょっとした事情から、主にガトーが一人で使っている。
「あ、おかえり!」
「遅かったな」
 そう台所の方から声を掛けて来たのは大学で同窓であるコウと、そのコウと体育会系剣道部繋がりのガトーだった。……おや、一人足りネェな。
「うまそ〜……」
「もうちょっと!もうちょっとだぞアムロ、俺は麻婆豆腐の作り方を今、会得しようとしている!!」
「貴様は殆ど何もやっとらん。……そう言う台詞は豆腐を握りつぶさずてのひらの上で切れるようになってから言え」
 部屋には実に美味そうな料理の匂いが満ちていた。これはいつものことで、ガトとコウとシャアとアムロの四人はこうして一緒に夕食を食べる事が多い。そりゃ「ただいま」って台詞も出て来ようというものだ。
「来てねぇの?」
「いや、いるぞ」
「奥だよ、奥〜」
 主語をぶった切ったにも関わらずガトーとコウの二人は理解したらしくそう答える。どうやら、今は夕食の準備をするガトーの邪魔を、必死にコウがしているところらしい。まあ、本人は料理教えてもらってるんだよ!とでも言いそうだが。何の事は無い、ガトーに絡みに行っているだけである。ガトーの方も心得たもので、どれだけコウがまわりで騒ぎ立てていようが、料理を作る手を休めずに作業を進められる質なのだった。良いコンビである。
「あっそ。シャア〜?」
 アムロがずるずると、小さなキッチンの向こうにある部屋に歩いて行くと確かにシャアは居た。何故か今では滅多に使わない自分のベッドに座り、何やら雑誌を読んでいる。
「シャア。返事くらいしろよただいま!」
「……ん」
「……」
 留学生会館の部屋は実に質素で、寝室と居間を兼ねた部屋が一つだけ、その両側にベッドと机がシンメトリーに配置されていて、真ん中に申し訳程度にテーブルがあるのだった。居間のかわりである。
 その真ん中あたりで、アムロはやや悩んだ。自分は今めちゃくちゃ疲れていて、出来たらベッドに横になりたい。理系の大学生であるアムロは、この一週間ほど課題が詰まって、ほぼ大学に寝泊まりのような状態になっていたのだった。このあたりが理系の辛い所である。実を言うと同じ学部であるコウも似たような状態だったはずなのだが、何故かヤツは元気だ。が、まあコウの体力と自分の体力を比べるあたりで間違ってるしな……と見まごう事無きインドア派のアムロは思った、ああ、横になりたい倒れふしたい、でもどうする。
 パソコンの前に座ったままでも存外に足が疲れるものだとこの一週間でアムロは知った。鬱血というのだろうか。とにかく歩き回った訳でもないのに疲れてる。……そこで話はアムロが悩んでいる理由に戻る。
「……」
 もともとこの部屋は、ガトーとシャアの部屋だ。ということはシャアが自分のベッドを使っていたら、残っているのはガトーのベッド。言えば快く貸してくれるのかもしれないが、なんとなくそれは憚られる。っていうより、家主が自分の為に料理とか作ってくれてるのに自分がそのベッド借りて寝てるとかありえなくねぇ?という話である。
 残るはシャアのベッドなのだが、シャアは壁に背を寄せて、一心不乱に雑誌を読んでいる。どうせ今日も下らない雑誌だろう。『チャンプロード』から『通販生活』まで真剣に乱読する男……それがシャアである。まあそこら辺には面倒くさいんでアムロもあまりツッコミはしない。でも、チャンプロードの時にはおもっくそ引いたけどな。80年代のヤンキーをフランス人のてめぇが理解出来るのか?って次元の話だそれは。
「……ちょっと」
 さんざん悩んだ挙げ句に、アムロは結局シャアのベッドの空いている半分に寝転がる事にした。
「俺、寝るけど」
「……ん」
 シャアがどうでもいいような返事しか返して来ないので、アムロは鞄を投げ出すとさっさとそのベッドの半分に横になった……が、簡素な留学生会館のこと、更に成人男性一人向けに設えられているベッドでは当然の用に足が余る。
 ……つーか、一番疲れてるの足なんだけど!!
「……よいしょ」
「え、何?……君ね、幾ら何でもそれは無いだろう」
 結局、アムロは残り半分のベッドに頭を優先して横たわると、足をシャアの肩にひっかける事にした。知るかよ、足が辛ぇんだよ。
「うるさいなあ、足が疲れてるんだよ、文句言うなよ」
「や、そうかもしれないけどね。そんなことをされたら今度は私の肩が凝るじゃないか」
「我慢しろよ」
 ちょうどその時、出来上がった幾つかの料理を持ってガトーとコウが台所からテーブルの方へ歩いて来た。そして、本を読むシャアとその肩に背中から足を乗せるアムロ、という図を見て、ガトーは眉を顰め、コウは面白そうな顔になった。
「でもね、アムロ、きみ、これじゃ私は本に集中出来ない……」
「どーせ下らない雑誌だろうが。今日は何だ?『りぼん』だったとしてもいっそ驚かないぞ俺は」
「や、一応ヴォーグ……」
「あー……」
 本当に、心底疲れていたアムロは、もうそんなシャアの愚痴を聞くのも面倒になってきた。部屋の中央では、ガトーとコウが牧歌的にテーブルに夕食を並べている。それは分かってる。でももう本気面倒くせー。
 そこで、アムロはシャアに向かって、きっぱりとこう言ってやった。



「……なんだよ。正面からだったら喜んで俺の足、肩に乗せるくせにな」



 ……ガトーの行動は早かった。ガシャン、という音を多少たてたが、それでも持っていた皿を瞬時にテーブルの上に叩き付けると脇に居たコウの耳を押さえる。
「え!?え、なんだよガトー、新しい遊びか!?」
 アムロの発言の意味に気づかなかったらしいコウはどこまでも無邪気だ。身体を捻ってガトーの方を向くと、不思議そうに首を傾げてそう聞いた。
 ……シャアは。
「……」
 一瞬絶句したものの、さすがにバッ、とアムロを振り返った。
「……きみ、寝ぼけてる?」
「いや……起きてるけど……眠いし疲れて、る、ってさっき……から……」
 それだけ答えるとアムロはシャアの肩に足を乗せ、血行の循環に気を良くしたまま、あっというまに眠りに落ちた。
「……」
「……」
 とりあえず面白がっているコウは放っておいて、ガトーとシャアの二人は苦い顔を見合わせる。いや、主に苦い顔をしていたのはガトーの方だったが。
「……貴様。食事時になんて話題を」
「いや、今のは私の責任かい?勝手にアムロが下ネタを話したような……」
「なあガトー!これ何の遊びだ?俺分かんないんだけど……」
「「分からないままでいいとも!」」
 普段は仲が悪いくせにこういう時だけは異様に息が合うフランス人留学生二人は、声を揃えてそう叫ぶとそれ以上の言明を避けた。
 ……説明出来るか、そんなこと、永久に!


 結局眠り込んでしまったアムロは放っておいて、残った三人で先に夕食を食べる事にした。今日は中華だ。
「なんで正面からだと足を乗っけちゃいけないかな?あれ、血行良くなって楽だよね」
「……私がどういう時にアムロの足を正面から肩に乗せるかは……」
「貴様、それ以上言ったら叩き切るから覚悟しておけ」
「……ガトーに後でゆっくり教えてもらいたまえよ」
「え、そうなのか?分かった、頼むなガトー!」
「……」
 血の雨の降りそうな食卓での会話はともかく、アムロは一週間ぶりに手に入れた休息を存分に利用し、束の間の惰眠を貪り続けていたのだった。

    









2010/07/06



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