コウは「盗み見」などと言う高等技術を擁していないので、常に於いて直接的で攻撃的だ。あからさまだ。だからその視線はたった今、私の身体中に突き刺さって痛い程だった。
「・・・喧嘩か?」
これまた常に於いて遠慮と言うものを知らないシャアが、俗っぽさ満々にそう聞いて来くる。この場所にはもう一人、つまりアムロもいたのだが、こういう時のアムロは非常に賢く(いやいつだって彼は聡いが、)傍観を決め込むものと決まっていた。今も、自分には全く関係ありませんと言わんがばかりの態度で自分のコーヒーを啜り上げている。
いつもの鴨川沿いのスターバックスだった。ごく自然に待ち合わせ、つい先ほどまでは四人で談笑していたはずだった。・・・のだが、気付けばコウにひどく睨まれている。いつものことだ。
どこかで機嫌を損ねたのだ。
・・・が、私のどこが気に入らなかったのか分からない。なので放っておく事にした。
「いいな」
「なにが?」
するとシャアがまだ勝手に口を挟んで来る。
「凄く色っぽいな」
「なんだそれは」
意味が分からなかったので私がそう聞くとシャアは肩をすくめる。
「いや、この四人じゃどうやっても男ばっかりなんだから、色気なんか何処にもありゃしないだろう? むさ苦しいばっかりだよ。・・・だが、コウくんとガトーが睨み合っていると・・・いいな。それだけで不思議に空間が色っぽい」
「・・・」
意味不明だ。と思ったのだが今はコウから視線を外すわけには行かない。その瞬間に負ける。だから視線だけはコウに向けたまま、私はシャアに言った。
「下らないことを言うな」
そうしたら何故かその台詞にコウが答えた。やはり私を睨みつけたまま。
「・・・くだらなくなんかない、ガトーのバカ」
「・・・」
絡まる視線。
・・・ちょっと待て、『色っぽい』まで肯定するヤツがあるか。シャアがたまらないように吹き出した。アムロは携帯を覗き込んだままだ。よし、落ち着け自分。・・・馬鹿は貴様だ、喧嘩の理由なんてどうでもよいのだがともかく、今は視線を外した方が負ける。考えた挙げ句こう言った。
「・・・私を見るな」
「いやだ」
そう答えられるのは予想の範疇だ。続けて言った、先手必勝だ。
「そんな物欲しそうな目で私を見るな。・・・なにもくれてやらんぞ」
一瞬、驚いたようにコウの目が見開かれる。しかし視線は外され無かった。そして更に次の瞬間、その黒めがちの目が少し揺れて潤む。
「・・・」
「・・・」
「っ・・・んな目してない・・・」
「はい、そこまで」
ついに呆れたようにアムロがパタン、と音を立てて携帯を閉じる。そして、コウと私の間にワザと割り込むように、椅子を蹴って立ち上がった。
「俺、便所行ってくるわ。やってらんねぇから。帰って来るまでにこの空気何とかしといて。いってきー」
「いってらー」
・・・シャアがそう答え、アムロが立ち上がったからには、今回はここまでなのだろう。しかし私はまだコウから視線を外せずにいる。
・・・私など見なければいいのに。
薄ぼんやりと思っていた。シャアは口を挟む気力も失せたらしく、自分のバッグからファッション雑誌を取り出して広げている。コウはまだ私を見ている。
・・・私など見なければいいのに、お前。
そんなにも真剣で、直接的な視線で、私など見なければいいのに。
何が原因で些細な喧嘩になったのかなどもう忘れてしまったでも、あぁ。
・・・私など、見なければいいのに。
もしお前が私から、僅かにでも視線を外したなら、きっと私を見ないお前を、
・・・私は「盗み見」するのに。
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