2008/02/24 初出

 ばらいろ小咄。『ハッピースィート』



「・・・何か欲しいものはあるか?」



 何気なくガトーが言ったその言葉に、思わずコウは鯖の煮つけを取り落としてしまった。鯖の旬は冬である。今は二月だ。・・・その旬も終わろうかという今日この頃、
「・・・皆様いかがお過ごしでしょうか」
 あまりに驚いたコウはつい、頭の中で自分を落ち着かせるために考えた文章の続きを口に出してしまい、ガトーに呆れた目で見られた。
「・・・意味が分からん。とりあえず食べ物を取り落とすな、はしたない」
「はい、すいません・・・」
 答えながらコウは慌ててテーブルを拭う・・・っていうか、ガトー今何て言った!?欲しいもの、とか言った!?俺の聞き間違いじゃなければ!!
「こ・・・この度は一体どうしたことでしょうか、ガトーさん」
「どうしたもこうしたもない」
 その日、留学生会館の寮には二人きりで、鯖の煮つけは文句無しに美味かった。もっとも、ガトーに食事を作ってもらうようになってから、それを不味いと思った記憶も無いが。・・・ニンジン以外は。
「いや分からないよ、どうして、何故!?・・・ガトー、何か悪いものでも食ったのか!?」
「食い物から離れろ」
 ガトーは大変綺麗な手付きで箸をテーブルに置きながらこう言った。
「・・・二月十四日はお前の誕生日ではないのか」
「・・・」
 おお、そう言われればそうでした!



「・・・え、それってどういう?」
 コウの誕生日は確かに二月十四日なのだが、それは日本に於いてはやや特殊なイベント日である上に、『実に何かのついでで誤魔化されそうな日』でもある。
「いらないのか?・・・プレゼントをくれてやろうと思ったんだが」
「!!」
 コウはやっと理解した。・・・ガトーは、自分に誕生日プレゼントをくれてやろうか、と言っているのである!信じられない!あのガトーがだ。常において質素倹約、主婦の鑑のようなガトーが、だ!
「チョコ以外!」
 理解した瞬間すぐに叫んでいた・・・これは、バレンタインデーに生まれてみないと分からない苦しみである。どれだけ自分が、これまでの誕生日をチョコレートで誤魔化されて来たことか!
「そんなことは知っている」
 しかし、ガトーの反応は冷たいものだった。
「お前がチョコレートに飽き飽きしていることは去年も聞いた。だから『何か欲しいものはあるか』とわざわざ聞いてやっているというのに・・・無いのか。無いんだな?無いと言うのだな??」
「待って待ってまってまって!ごめんなさい今考えます!!」
 ガトーから誕生日プレゼントをもらえるかも知れないチャンス!・・・そんな凄いものを逃してなるものか、とコウは大慌てでそう言った。お茶碗を持ったまま。とりあえず落ち着け・・・落ち着け俺!
「えっと・・・」
「なんだ」
「だから・・・」
「何なりと言え。無理な場合はきちんと『無理だ』と言う」
「その・・・」
 コウは長いこと考え込んだ・・・わけぎが綺麗に乗った、鯖の煮つけを睨みながら。・・・ガトーって薬味とか絶対手を抜かないよな、わけぎとかしょうがとか胡麻とか。・・・それって凄いことだよな。
「・・・」
「おい」
「・・・」
「おい、貴様・・・」
 あまりに長いこと鯖の煮つけの皿を見ながらコウが考え込んでいるので、ガトーは苛立って来たようでこう言った。
「あと一分以内に結論を出さなければ、この話は無しだ」
「ああああああっそんなぁ!」
 コウは情けない声を上げる。だって!!・・・嬉しすぎて頭が付いていかないのだ。ガトーが自分に何かをくれる日が来るなんて思っても見なかったから!!
「・・・あの」
 ところが『あること』に気付いてしまったコウは・・・悲しい顔になりつつ結局、こう言わざるを得なかった。
「あの、どうしよう・・・ガトー」
「何ごとだ」
「あの、俺・・・」
 コウは根が馬鹿正直なので、上手く嘘を付くことも出来なかったのである。



「どうしよう俺・・・今『欲しいもの』・・・別に無い」



「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
 当然だが、ガトーも渋い顔である。そして二人は、お茶碗をテーブルに置くと静かに向かい合った。
「・・・あのだな、コウ」
「はい、何ですか」
 ガトーが腕を組むのでコウも真似をして腕を組んだ。・・・一触即発の危機である。家庭の危機である。
「私は『欲しいものはあるか?』と聞いた。・・・その質問の主旨は分かるか?」
「はい、理解しています」
「・・・・」
「・・・・」
 微妙な沈黙が食卓には流れ続けている。・・・やってしまった。コウは俯き加減になってきた。 でも、俺ホントに別に今欲しいもの無かったんだ。だからしょうがないだろ?・・・そう思っていると、ガトーが続けてこんなことを言う。
「それを今、欲しいものが何も無い、というならば・・・」
「・・・うん?」
「それはお前が今、幸せだという証拠じゃ無いのか?」
「へ?」
 コウが慌てて顔をあげると、ガトーが何とも言えない顔で自分を見ている。眉間の皺は相変わらず多いままだ。・・・だけど。
「今欲しいものが何も無いというならそれは・・・『現状に満足している』ということだろうが。違うか?」
「・・・あー!なるほどね!」



 ・・・コウは馬鹿正直なので、上手く嘘を付くことも出来なかったのである。
 ・・・ガトーもああ見えて実は、あんまり深く考える方ではなかったのである。
 ・・・んじゃ、そんなもんでいいかな、と二人共が思ってしまったのである。



「・・・うん、じゃあそれでいいや俺!」
「そうか。ではそういうことで」
「うん!そういうことで!!」
 こうしてコウは、ガトーから初めて貰えたかもしれないプレゼントを見事に貰い損ねたのだが。



 まあ確かに自分は今、凄く幸せだから、
 別に何にもいらないや、確かにと、
 鯖の煮つけの残りを食べながら思った。



 ・・・なお、この話をコウから聞いたアムロがいつも通りに砂を吐く気持ちに陥ったのはまあ、お約束というヤツである。





 ---Happy birthday KOU!
  
 







2008/02/25





HOME