2007/12/25

 ばらいろ小咄。『どんぐりころころ』



「・・・コウ、お前『どんぐりころころ』って歌える?」
「はあ!?馬鹿にしてんのかよ、それともアレ?俺の美声を聞きたいのか、俺の美声・・・」
「はいはいはい。あー聞きたいねえ、すっげぇ聞きたいなあ、コウの美声〜」
「ちっとも聞きたそうじゃないな・・・」
 アムロとコウの二人はたった今マクドでメガたまごをパクついているところだったが、何の脈略も無くアムロがそう言い出してコウは考え込んだ。
「なんで『どんぐりころころ』なんだ?」
「いいから歌ってみろよ」
「・・・」
 そう言われてなんだよう、と頬を膨らましつつコウはそれでも生真面目に歌いはじめる。しつこい様だがマクドの窓際の席で。
「どんぐりころころ、どんぐりこー、お池にはまって・・・」
「ブブー!!」
 すると、凄まじく嬉しそうにアムロがそう言ってコウの歌を遮った。
「・・・何がだよ!」
「歌詞が!『どんぐりころころどんぶりこー』が正しいんだよ!知ってたか!」
「えー、嘘だ!俺二十年間『どんぐりこ』だと思って生きて来たもん!」
「お前の生き様なんか理由になるか!本当なんだよ、どうだ知ってたか!」
「知らなかった!俺の二十年返せよ!」
「何で俺が!?」
 そこで二人は会話を休止し、メガたまごに少し集中する。
「・・・っていうかホントか?それ」
「うん、まあ、俺も昨日知ったんだけどな・・・ネットで」
「そんな事だろうと思った・・・」
 これ以上なく下らない話題を適度に話ながら、大学生らしい食事は続いてゆく。と、そんな二人の優雅な(?)食卓を、コンコン、と窓を叩いて外から遮るものがあった。
「あ、フランス人たちだ」
「普通にガトーとシャアさんって言えよ・・・」
 寒空の元、どうやら古本屋の紙袋を抱えた友人二人が、マクドの外から二人を覗き込んでいる。そちらに行く、とゼスチャーがあってほどなく二人は入って来た。
「ああ、さっそくメガたまごなのかい?君達は鍬やのメガ牛丼くらいでないと足りなそうだけど」
「や、意外に手強いよこれ」
 マフラーを外しコートを脱いだシャアとガトーが横に座り込んで来て、狭い席がいっぱいになる。
「ガトー、君注文は」
「紅茶だけでいい」
「分かった」
 シャアがそう言って珍しくガトーの分まで注文を聞いてレジに向かう。
「あれ、なに良い感じ」
「二人はデートだった?」
「デート?デートなのか?」
「・・・ふざけるな、手強い日本語の課題に付き合わされただけだ。あれは紅茶一杯でそのお礼を誤魔化す気なんだろう」
「ガトー優しい〜」
「優しい〜、俺にも優しくして〜」
「・・・二人まとめて琵琶湖に浮かぶか」
「ひどっ。ガトーのいじわる〜」
「いじわる〜いけずぅ〜」
「・・・」
 ガトーは溜め息と共にコウのポテトを(勝手に)一本摘む。
「あっ、一本百円な!」
「高っ!せめて10円にしておいてやれよコウ!」
「・・・どっちにせよ高い」
 そこへシャアが戻って来た。
「ただいま。・・・それで何の話?」
「ああ、『どんぐりころころ』の話」
「は?」
 フランス人二人の声が揃った。・・・その唐突な切返しもどうよ、とコウは思ったが、アムロは構わず会話を続ける。
「日本の有名な童謡でさ。『どんぐりころころ』っていうのがあるんだ」
「へぇ」
「さすがにそれは知らないな」
 なんだかんだ言いつつ、シャアも100円マックの紅茶とアップルパイだけである。
「その歌詞をね、おそらく日本国民の半分くらいが間違えて憶えてるの。・・・面白くね?」
「俺は先に『本当の歌詞』を知ってたアムロに騙されたから、あんまり面白く無い・・・」
 へえ、そういうこともあるんだね、と意外にフランス人達は興味深気だ。・・・なんだ、リサーチして次のレポートにでも使う気か?
「しかしそういうものは、意外に多いよな」
「え、どういうこと」
「だから、本当の歌詞は違うけれど、替え歌の方が有名な曲であるとか」
 ところがガトーがそんなことを言い出す。
「例えば?」
 すると何故かフランス人二人が窓の外を見上げ・・・そして呟いた。
「『Ah,vous dirai-je,Maman』」
 窓の外には、早くも暮れ掛かった冬の空と・・・それから一つの星が、宵の明星が見えていた。
「『おかあさん、わたし言うわ』・・・?」
 そのフランス語を辛うじてコウが訳す。訳したところで意味不明だったが。コウは第二外国語の選択が仏語なのだ。
「何の事か分からないだろう」
 面白そうにシャアが言う。
「ヒントをやろう。・・・日本人でも、大抵の人間が知っている曲だ。元は18世紀に流行したシャンソンで、れっきとしたラブソング。母に、恋人のことを打ち明けようとする娘の歌だ」
 ガトーまでもがマクドの安っぽい紅茶のティーバックを引き上げながらそう言う。
「・・・・・」
「・・・そんな曲が、日本人の誰もが知ってる曲のはず無いじゃ無いか・・・」
「ところが、知っているんだな。第二ヒント、英語の替え歌の方が有名で、日本語の歌詞もその翻訳だ。・・・だから原曲がフランスのシャンソンだなんて殆どの人間は知らない」
「・・・もう、ヒントはなし?」
 メガたまごをほぼ食べ終え、セットのポテトに移ったコウが恨めしそうにそう言った。ちょっと悔しいらしい。アムロは慌ててメガたまごの残りにガブついた。こちらは、コウより食べるのが遅かったのが悔しいらしい。
「モーツアルトが編曲した楽曲が有名だ」
「あとはあれ・・・あの星」
 暗くなった夜空に、綺麗に輝く一つの星が。



「降参!」
「・・・俺も」
 ついにアムロとコウはそう言った。するとフランス人二人は顔を見合わせ・・・嬉しそうにニヤリと笑った。
「じゃあ特別に」
「原曲で歌ってやろう。『Ah,vous dirai-je,Maman』」
 そう言って二人が歌い出したのは・・・

 ただの『キラキラほし』、だった。



 マクドを出て、四人で並んで夜道を歩いた。
「・・・っていうか、反則だろうそれは!」
「原形留めてないじゃないか!」
「まあまあまあ。・・・せっかく盛り上がったんだし、たまには皆でカラオケとか行くか?」
「・・・盛り上がったか?」
 ガトーがそう言って訝しそうな顔をしたが、誰も聞いちゃ居ない。
「あ、いいね。滅多に行かないもんな、このメンバーだと」
「俺、ムディー勝山をモノにしたいんだよね・・・」
「うわっ、アムロ相変わらずチャレンジャー!でも俺止めない!じっと見守る!愛してる!」
「コウ!」
「アムロ!!」
「はい、じゃあカラオケ決定ね〜」
 シャアが綺麗にまとめて、四人は河原町通から先斗町に曲る。
 ・・・多分カラオケには、『どんぐりころころ』も『キラキラほし』も入って無いけれど。
 夏よりは僅か透き通った夜空に、星が細かく瞬いている。



 こんな下らない男四人のクリスマス当日も、まあたまにはいいんじゃないかと。



    







2007/12/25




*メリー・クリスマス!
今年一年ありがとうございました、来年も神様の祝福と御加護に満ちた、幸せな一年でありますように!




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