今日も四人は・・・全員別々に好き勝手なことをしていた。
「なぁ。」
昼過ぎの学食で遅い昼食を食べた所までは良かったのだが、その後全員が勝手にそこでくつろぎ始めた。シャアは何故か女性向けのファッション雑誌を読んでいて、その隣ではコウが変えたばかりの携帯の使い方を憶えるのに必死になっており、その向かいに座ったガトーは岩波文庫(今日は青)を読んでいる。そのガトーの隣で、アムロはどうやらどこかで拾って来たらしいくたびれた雑誌を広げていた。
「・・・なぁ。この雑誌に心理テストみたいなの載ってるんだけどさー。やってみようぜ。」
と、どうやらアムロが皆に話しかけているらしい。雑誌を読むのに飽きたようだ。しかし、他の三人は全く返事をしない。
「第一問。あなたの一番好きな探偵は誰ですか。」
「・・・なんだその設問は。心理テストでは無いのか。何の雑誌だ。」
その時やっと、ガトーが返事を返した。そう言われてアムロも雑誌の表紙を見直す。
「さあ・・・ミステリーの雑誌じゃないのか?ちょっと変わってて面白そうなんだよ、この心理テスト。」
そう答えると、ガトーが納得行かないような顔をしながらもこう返した。
「私が一番好きな探偵は『修道士カドフェル』だ。」
すると、その返事にシャアが吹き出す。
「カドフェル!・・・絶対カドフェルだろうと思ったよ、あまりにらしくて意外性が無いな、アナベル・ガトー君。」
「貴様に言われたくは無い。」
「つーか、誰だよそれ・・・そんな探偵いるのか?探偵なの?修道士なの?どっちかにしろよ。」
そう言いつつも雑誌を覗き込んだアムロが驚いた声をあげる。
「・・・あったよ!『修道士カドフェル』・・・うわーそんな探偵いるんだ。」
「・・・」
ガトーは気分を害したようだ。アムロは気にせず、カドフェルの上に丸をつけてガトーと書く。点数は4点。
「で、シャアは?」
すると、何故かシャアが自分の持っていたファッション雑誌をガトーとアムロの前に広げた。
「ちょっと二人とも見てみたまえ。これは『ジェーン・マープル』というファッションブランドの洋服なんだけど。」
そのページにはどちらかと言うとクラシカルで可愛らしい系なのだろう、レースやフリルやチェックのワンピースやスカートが沢山載っている。
「・・・で。まさかこの洋服、シャアが着るとか言わないよな・・・?」
「有名なブランドなのか?」
「いや、大して有名じゃない。日本のブランドで出来てからまだ二十年ほどだし、数年前は時流に乗ってゴスロリ方面に行きかけたんだが、最近またクラッシク路線に戻ったようだね。」
「・・・妙に詳しいアンタが怖いよ・・・」
「おや、理由は簡単だよ。」
シャアが笑った。
「日本国内で検索をかけるとね、ファッション関係ではかならずジョン・ガリアーノのすぐ上にこのジェーン・マープルが来るんだ。」
「なるほど。」
ガトーは何故か納得しているが、アムロは納得がいかない。ちなみに、ジョン・ガリアーノとはジバンシィやディオールを手がけた事もある世界的デザイナーである。
「・・・それは分かったけど、で、結局あんたの好きな探偵って誰?」
「もう答えたじゃないか。」
「は?」
するとガトーが助け舟を出した。
「アムロ、アガサ・クリスティの小説に『ジェーン・マープル』という名の探偵がいるのだ。」
「・・・なら最初から普通にそう言えよ!」
アムロは怒りながら雑誌を覗き込む・・・確かにあった。ジェーン・マープルのところにも丸をして、シャアと書く。点数は2点だ。すると、ついに気になったらしくコウが会話に割り込んできた。
「なあなあ!アムロ、どうして俺には聞かないんだよ!俺にも聞いてくれよ。」
「だってコウはミステリーとか全然読まないだろ。それ知ってるもん。」
「なんだよ、俺だって探偵の一人や二人知ってるよ!」
「へー、シャーロック・ホームズとかつまらない返事するなよ?もうちょっとヒネって答えろよな。」
「・・・」
コウはまさにホームズとでも答えようと思っていたらしく、少し黙る。・・・それから随分考えて、結局コウはこう言った。
「んじゃ・・・『工藤新一』!」
「はぁ!?・・・いや、ありゃ確かに探偵だけどさ、どっちかっていうとコナンの方が謎解いてるだろ・・・っていうかそんな選択肢・・・あーっ!すげえ、この雑誌!載ってるよ『工藤新一(江戸川コナン)』!」
「見ろ、あったじゃないか!」
コウは何故か得意気で、その隣ではシャアが「またコウくんにおいしいところを持って行かれたよ!」と悔しがっている。
「そんな選択肢があるなら私も、金田一一とか浅見光彦とか十津川警部とか答えれば良かった!」
「はいはい。ともかくこれで全員分揃ったな。」
アムロは工藤新一に丸をつけて、次の設問に移った。ちなみに工藤新一の点数は五点だった。
「第二問。あなたの一番好きな助手は誰ですか。」
「・・・また微妙な質問だな・・・」
「カドフェルには特定の助手はいないものな。私はミス・レモンにしてくれ、アムロ。」
シャアが今度は一足先にそう言うと、アムロがブブーっ、と言った。
「つーかあんた女以外を選べよ!残念ながらミス・レモンはエントリーされていませんー。ミス・レモンはポワロの助手ではなくて、秘書です。ポワロから助手でエントリーされているのは『ヘイスティングス大尉』の方だな。」
「それでは私が『ヘイスティングス大尉』を選ぼう。・・・ワトソンや石岡和己のような『いい人』よりは軍人の方が当てになる。」
「・・・また堅い理由だなあ・・・」
アムロが答えつつもヘイスティングス大尉に丸をつける。・・・そこでふと気付いた。
「・・・っていうかさ。どうしてフランス人が二人もいるのにポワロやルパンを選ばないんだよ。」
「「ポワロはベルギー人だ。」」
シャアとガトーの声が揃った。・・・やべえ、俺地雷踏んだかも。大して変わらねぇじゃん、と思ったのだがおそらくフランス人からしてみたら大問題なのだろう。
「ルパンは・・・確かにフランス人だが、」
「ああ、そして探偵もやっているが・・・」
ここでフランス人二人がまた目を合わす。
「「偽名が悪い。」」
「・・・は?」
意味が分からなくてアムロは聞き直した。コウは、困ったなあコナンに助手はいないし・・・と考え込んでいる。
「偽名?」
「そうだ、偽名だ。・・・ルパン全集の中に一冊、ルパンが探偵として活躍する話だけを集めた物がある。」
「そのタイトルがなんと!・・・『ジム・バーネット探偵社』なのだよ。・・・アメリカ人だよ、君。言うに事欠いてアメリカ人だ。まあ、ピンカートン探偵社なんかが流行っていた頃に書かれた話だから仕方ないがな。アメリカ人のフリをしてルパンが探偵をする話など許せると思うかい!」
「・・・」
やべえ、俺、フランス人のプライドを逆撫でしたかも。・・・もうこの話題には触れない方がいいかと思った。
「・・・お二人が『ルパン』に詳しいのは大変良く分かりました・・・」
「なー、アムロ。俺さあ、やっぱ分からないからワトソンでいいやー。」
「・・・」
空気の読めていないコウがそう言って、アムロは慌ててワトソン博士に丸をつけた。結局シャアは小林少年を選び、それで次の設問に移る。
「・・・では、気を取り直して第三問。一番好きなトリックは何ですか?」
「・・・それは、密室とか時刻表とか死体消失とかそういうことか?」
「そうそう。」
「・・・」
ガトーはしばらく考えていたようだが、やがてこう言った。
「歴史、だな。歴史ミステリーが一番好きだ。」
「ああ、カドフェルはまんまだね。ルパンも割と過去の秘宝を探し出したりしている。・・・それじゃ私は時刻表で。ジェーン・マープルにも素晴らしいのがあるよ、たしか『パディントン駅発』・・・何時何分だったかな。」
「じゃあ、俺は密室でー。」
よし、順調に進んで来たな。アムロはまだ幾つかの質問を質問をし、他の皆は丁寧に答え続けたのだが、やがて全ての質問が終わったようだった。・・・質問が進むうちに、あれだけアメリカ人を毛嫌いしていたのに、ガトーはレイモンド・チャンドラーに、シャアはエラリー・クイーンに意外に詳しい事が分かった。・・・ハードボイルドの帝王も、着物をバスローブ代わりにする伊達男も、らしいと言えば二人らしい。エラリー・クイーンが好きってことは、シャアは有栖川有栖も好きだろうな。ちなみにコウは本当にミステリーには縁もゆかりもないらしく間抜けな答えばかりを返すので、アムロが途中で勝手にリタイアさせた。
合計点をまとめ、ページをめくる。そこに、どうやらこの心理テストの答えが書いてあるようだった。
「さて!では、結果を発表します。」
「おお。」
「ついに。」
アムロは息を吸い込むと、満面の笑顔でこう言った。
「まず、シャア!『あなたの犯罪者としてのタイプは・・・』」
がたり、と他の三人が学食の椅子を鳴らして立ち上がる。・・・そこで、アムロも異変に気付いて顔を上げた。
「・・・あれ、何?・・・この革命前夜みたいな空気。」
「・・・あのだな、アムロ。」
「あれだけ『探偵』について私達に聞いておきながら、結果が『犯罪者タイプ』とは・・・」
「うっわあ、俺リタイアして良かったー!」
「えっ、何?シャアもガトーも知りたく無いのか、自分がどのタイプの『犯罪者』なのか・・・」
「「知りたく無いな!」」
「・・・ちぇっ、つまんねーの。」
こうして、シャアとガトーがどのタイプの犯罪者なのかは永遠の謎となった。怪人二十面相だったのか、モリアーティ教授だったのか、はたまたアルセーヌ・ルパンだったのか、それは・・・アムロのみが知る所である。
その日、大学からの帰りに『名探偵コナン』のDVDを借りたコウは、得意げにシャアとガトーに「これが工藤新一だよ!」と得意満面で教えてあげた。そのお礼に、シャアは有栖川有栖の本を、ガトーは綾辻行人の本を貸してくれたそうである。誰が一番「日本人らしい」のか分かったものではない。
・・・それからしばらく、四人は推理小説ブームに陥っていた。
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