2007/04/25

 ばらいろ小咄。『フライングディスク』



「俺は、長年考えて来た・・・なぜ俺はガトーに勝てないのか、なぜ俺はガトーに届かないのか!」
「長年ってこたぁねぇだろ。」
「・・・同感。」
「ガトー・・・は、なに?」
「人の名前だよギューちゃん。だから何、じゃなくて誰。誰だよ。」
 その大学には大きな芝生の前庭があって、学生達はそこで思い思いに自由な時間を過ごす事が出来る。ゴールデンウィークも終わり、本格的に前期の講義が始まった五月のある日、工学部に所属する幾人かの学生達がそこでくつろいでいた。
「・・・んで? 俺たちを集めたのは何でだよ、あ?」
 少し年上であるカイがそう言ってコウのおでこを小突くので、いでっ、っとコウは後ろに倒れそうになったのだがすぐに立ち直ると、鞄の中からある物を取り出す。
「これです! ・・・カイさん、俺はこれでガトーに勝つ為の秘密特訓をしようかと・・・!」
「・・・秘密特訓?」
「なんだよその少年漫画みたいなの・・・」
 アムロが呆れた風でソレを手に取った。・・・見まごう事無き、それはだたのフリスビーに見えた。



「まあ聞けよアムロ! なんで俺がガトーに勝てないのかと言ったら、それは『高さ』! 身長が足りないからだと気づいたワケだよ。」
 コウは自信満々のようである。自分の野菜サンドイッチをトルコ人留学生のギューちゃんに分けてやりながら、ハヤトが控えめにこう言った。
「でもコウ。剣道に『高さ』は・・・必要か?」
「そうだな、バスケなら分かるけど。」
「それ、は、だれだ?」
「・・・ギューちゃんこれはフリスビー。だから物。誰、じゃなくて何、だよ。」
 ほい、とフリスビーを手渡されたギューちゃんは実に興味津々のようで、そのディスクをひっくりかえしたりまた表にしたり匂いを嗅いだりしている。
「だけど! ・・・フリスビーだったら追いかける時に脚力も付くだろ、方向を見極めるから瞬発力も付くだろ、長くやれば持久力も付くだろ!」
「・・・俺、そーゆー暑苦しいの嫌いなんだよねェ・・・アムロ、親友なんだろ手伝ってやれよ。じゃっ、俺帰るわ。」
「ああっ、冷たい!」
 コウの叫びも無視してカイがカメラの入ったバッグを手に取り、その場を立ち去ろうとした時だった。
「・・・ちょっと待って。」
 急に、アムロが何かに気づいたようでカイを止めた。ちなみに、脇ではギューちゃんが面白そうにフリスビーを折り曲げようとし始めたので、それをハヤトが慌てて引き止めている。
「コウ、それってつまり・・・俺たちは『投げるだけ』でいいってことだよな?」
「うん? ・・・まあそうだな、フライングディスクのちゃんとした試合やるには人数足りないし・・・」
「よし、その話乗った!」
「何っ!?」
 一番やる気のなさそうだったアムロが急に立ち上がったので他の三人は驚いた。カイとハヤトとギューちゃんの三人である。いや、厳密にはギューちゃんはフリスビーを今度は芝の上に置き、どんどん、と踏みつけてみていたので人の話なんぞ聞いちゃいなかったが。
「やった、ありがとうアムロ!」
「そのかわり・・・ちょっと作戦時間をくれ。」
「よし分かった!」
「おいヤだぜ、何のつもりだよアムロ・・・!」
「いいからみんな聞け!」
 アムロがコウ以外の全員を集めて作戦会議を始めた。・・・よし! やっぱり持つべき物は友達だよ! コウは、少し離れたところで準備体操をすることにする。・・・待ってろよガトー、俺は絶対レベルアップしてやるからな・・・!



「・・・と、いうわけ。」
「なるほど! そう考えると面白そうだな。」
「ちょっとコウが可哀想な気もするけど・・・」
「なげる、を、して、あてる?」
「いや、当てちゃだめだギューちゃん・・・!」
「よし、決まった!」
 アムロがばっ、とコウの方を振り返った。
「・・・いいか、コウ! 俺たちはこれから順番に、適当にフリスビーを投げる! ただ、ひとつだけ提案がある!」
「おう、何だ!」
 実に少年漫画的展開になって来た。
「お前は投げ返すな! 俺たちのところまでフリスビーを持って戻って来るんだ! ・・・これで脚力が二倍強化されるはずだ!」
「おっしゃああああ!」
 なんだかよく分からない熱いやりとりを、道行く学生達が不思議そうに見守っている。
「よーし! では一番アムロ・・・行きまーす!」
 アムロが思い切りフリスビーを上空に向かって放った。・・・コウはそれに向かって一目散にダッシュした・・・!



「・・・おや、ガトー。」
「何だ。」
 数分後、偶然前庭を通りかかったシャアとガトーの二人が目にしたものは、
「見たまえ実に微笑ましいね。楽しそうじゃないか。」
「・・・この前庭は『球技禁止』ではなかったか?」
「いや、フリスビーは球技に入らないだろう。それより問題なのは、」
「・・・あぁ。」
 楽しそうにフリスビーを投げる工学部の学生達と、それをダッシュで取りに行っては、皆の元に喜んで持って帰って来るコウ。
「・・・この前庭は『ペット禁止』ではないのか?」
 ・・・実に楽しそうな犬と飼い主、の姿だった。
「あれは気づいてないね、コウくん。・・・自分が遊ばれてる事に。」
 シャアが面白そうに低く笑って、目を細めた。ガトーは呆れて天を仰いだ。



「・・・おー、たのしい、ようだこれ!」
「アムロお前頭良いなー! こんな遊び思いつくなんてさ!」
「ごめんコウ・・・」
「おりゃあああ、コウ、あと十本だぁ!」
「うっしゃあああああ、こーい!」



 その後、秘密特訓の効果かコウはガトーに勝利する一歩直前まで行ったらしいのだが、それはまた別の話である。



    







2007/04/25







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