受験生達が憧れの学び舎を目指して試験にいそしんでいる頃、在校生達は長い春休みを満喫していた。ここぞとばかりにバイト代をはたいて海外旅行に行くものも多いし、家に閉じこもってゲーム三昧のものもいる。人それぞれだ。
「・・・・・」
そんな春めいて来たとある日に、コウは風邪で寝込んでいた。
「自己管理がなっていない・・・と、いつも通りに叱ることは容易いが、そんな台詞は聞き飽きているだろうから今更言わん。」
コウが勝手に拝借して寝ている、留学生会館の『シャアの』ベッドの脇に、冷やしたタオルを持ったガトーが近づいて来た。そして屈み込むと、額にバシッとタオルを載せる。・・・痛いよ。
「・・・!」
「そうかそうか、嬉しいか。うちには氷枕などという高級なものは無いからそれで我慢しろよ。」
ガトーはどこか嬉しそうである。そして鼻歌でも歌いそうなイキオイで、台所に戻って行ってしまった。
・・・今年は穏やかな冬だった。酷く冷え込むことも無かったし、雪に至っては殆ど降らなかった。なのになんで風邪ひいてんだろう俺、と思う。多少風邪気味というくらいなら、コウもわざわざベッドに横になったりはしない。むしろ朝練にでも行って竹刀を振り回した方が熱は下がるくらいだ。しかし、そう出来ない理由があった。
「・・・コウ、アムロとシャアを呼んだからな。喜んで見舞いに来ると言っていたぞ。良かったな。」
台所から勝手な、そしてまだどこか嬉しそうなガトーの声が聞こえて来る。・・・アムロ達、来るのかよ!コウは必死に掛け布団から手を出して、いらないいらない、と振ろうとした。・・・が、出来なかった。どうも力が入らないのだ。
「・・・!・・・!」
いや、それよりもっと重要な問題があった。ガトーが妙に上機嫌なのはきっとこの症状のせいだろう・・・つまりコウは、
まったく声が出なくなってしまったのであった。
「お前の健康の為を思って、栄養のつくニンジンをふんだんに使ったジュースを用意した。」
「・・・!」
面白がっている。・・・絶対面白がっている!ガトーが枕元にホットの野菜ジュースのような絶望的な香りのするものを持って来た時、玄関のドアが開いてシャアとアムロが入って来る。
「・・・ちわー。声の出ない面白い人がいるっていうのはここですかー。」
・・・全然見舞う気ねぇじゃん!アムロの陽気な声にそうツッコミたかったがやはり声は出ない。
「・・・おや、顔が真っ赤だね。喉に来る風邪だったんだね。」
続いてシャアも部屋の中に顔を出した。
「・・・」
この部屋で寝込んで、シャアさんのベッド占領しちゃっててごめんなさい、と謝りたかったのだが何故かシャアは分かっているよ、とばかりに微笑む。
「何を言っているんだいコウくん!困ったときはお互い様だろう、存分に私のベッドなど使うといい。・・・とりあえず一泊一万円でどうだ?」
「・・・」
「なー、コウ、ばかうけ食う?見舞いに買って来たんだ、ばかうけ。ほら。」
「・・・」
自分のまわりに寄ってたかって、他の三人が本当に楽しそうな顔をしている。大体、病人にばかうけってなんだ。ばかうけって。しかし、コウの無言の抵抗も空しく野菜ジュースと袋に入ったままのせんべいが枕元に置かれてしまう。
「・・・やっぱり、具合が悪そうだね。」
「そうだな。残念だけど俺たちだけで美味いもん食べよう。」
「よし、お前達、何が食べたい。」
「〜〜〜!!・・・!!・・!!」
身動きの出来ない自分を放っておいて、三人は実に楽しそうにテーブルの方に戻って行く。・・・くそっ、憶えてろよ!・・・そう思いながらもコウは少し眠ろうと、瞳を閉じた。
いい匂いがするなあと思って目を覚ますと、ガトーが昼食を用意したところらしい。横を向いて部屋の中の様子を見ると、ガトーは食卓を用意していてアムロは『ハロ』を改造しており、シャアはベッドの足下に座って雑誌を読んでいるらしかった。
「・・・おや、目が覚めたかい。」
「・・・」
身動きするコウに気づいたようでシャアが顔を上げる。声が出るかな、と思って口を開いてみるが、やはり声は出なかった。
「なに?何だい?・・・そうそう、コウくんが喜ぶかなって思って、春のバーゲンのチラシを沢山貰って来たよ。」
そういってシャアはいつも二人で出掛けるセレクトショップのハガキやチラシを掛け布団の上に広げるのだが、当然コウは見ることが出来ない。
「〜〜〜、」
「おや、でもどれも後二、三日で終わりだから、コウくんが元気にならないと一緒に遊びに行けないね。・・・寂しいことだ。」
「・・・」
・・・俺はなんて素晴らしい友人を持ったのだろう!!コウは少し涙がこぼれかけた。いや、悔しさで。
すると、バトンタッチする様にアムロが現れて、自分で置いた枕元のせんべいの袋に手を伸ばす。
「お、なんでばかうけ食わねーの。コウ、ばかうけ好きじゃん、ばかうけ。」
「・・・」
好きだけど、この状態でせんべいが食えるかぁ!と叫んでやりたかったのだがやはり声は出なかった。
「・・・ああ、なるほどね!分かったぞ、堅いから駄目なんだな?・・・じゃあコレ、お湯に浸してぐしゃぐしゃにしてやるよー。」
「!!・・・!!」
やめろぉ!と思ったがもちろん止める術がない。アムロはせんべいの袋をバリっと開くと、自分で一枚食べながら楽しそうに台所に向かって行った。・・・こいつら鬼だ。コウは、緑黄色ジュースに続いて枕元に置かれたお湯でふやけたばかうけを見ながらまた眠りに落ちて行った。
次に目が覚めると、部屋には誰もいなかった。・・・台所から小さな物音が聞こえるが、他に人の気配はない。アムロとシャアの二人はいつの間にやら帰ったらしかった。
「・・・」
窓から差し込む日差しは、すっかり夕暮れのそれである。コウは自分の家で寝込めば良かった、と思いながら溜め息をついた。
「・・・目が覚めたか。」
すると、台所からガトーが顔を出す。・・・今度は暖かそうな湯気の出る、食べれそうなものを持っていた。
「アムロとシャアなら帰ったぞ。・・・よし、どうだ。今度こそ何か食べれそうか。」
ガトーが脇に来てコウをベッドの上に起こす。温くなっていたタオルは片付けてしまった。
「・・・」
「熱も随分引いたな。・・・何だ。食いたくないのか?」
・・・そんなこと一言も言ってない!というより、相変わらず声が出ない!と思ってパクパクやるのだが、ガトーは相変わらず自分で遊ぶ気満々らしい。
「そうか・・・食べたく無いとは残念だな。」
「!!」
「これはなかなか美味しく出来たと思うのだが。」
「ーーー!!」
届きそうな場所までおかゆが来ては、また遠ざけられてしまう。・・・風邪が治ったら憶えてろよな!!とコウは唇を噛み締めた。
「・・・どうするかな、もったいないから私が食べるかな・・・」
ガトーはまだぶつぶつ呟いていたが、ベッドの脇に椅子を引いてくると、どっかりと座る。
「・・・しかしまあ、話さない貴様は実にいいな。」
「・・・」
「なんというか、こう、静かだ。平穏だ。生活が。」
「・・・」
ああそうですか!という恨みを込めてガトーを睨む。
「いつもこのくらい大人しければ本当に言うことはないのだが。」
「・・・」
コウは声の出ない口で必死にガトーの悪口を言ってみた。・・・バーカバーカ、ガトーなんか嫌いだ、どっか行ってしまえ!!・・・と言ったあたりでガトーが耐えきれなくなったようで吹き出した。
「・・・分かった。分かったからもう言うな、声が出なくても貴様は実に分かりやすいな。」
そう言ってお盆に乗ったままのおかゆをベッドの上に置き、何故かコウの頭を少し小突く。
「まあ正直に言おう。・・・声の出ないお前は、」
「・・・つまらん。早く元気になれ。」
ガトーはそれだけ言うと、買い物に行って来るぞ、と言い残して部屋を出て行ってしまう。
「・・・」
へんなガトー。・・・コウはまだ少し熱でだるい身体のまま、おかゆに手をつけてみた。
「・・・」
へんなガトー。・・・このおかゆ、美味いな。
数日後、無事に風邪が治り声の出る様になったコウはここぞとばかりにぎゃあぎゃあ騒ぎまくったのだが、ガトーがそれを「はいはい」と適当にあしらったのは言うまでもないことである。しかし、その適当にコウの相手をするガトーがアムロに言わせると「すっげー楽しそう」に見えた、ということである。
もうすぐ春だからね、とシャアはアムロに返事をした。
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