アムロ達は相変わらず飲んでいた。相変わらずと言うか、寒くなると鍋が美味しくなって、こたつが愛しくなって、熱燗だとかビールだとかが進んでしょうがなくなるわけだ。京都という盆地形の街では夏はとんでもなく蒸し暑くて冷酒やビールなんかではどうにもならないので、やっぱり冬の方が飲むには適していた。別に適そうが適しまいがコウは年がら年中ガトーの料理を食べているし、アムロはコウの親友だからよくそこに呼ばれるし、シャアとアムロは男同士なのに寒いからという理由でセックスをしたり1日中ベッドから出てこなかったりする、そういう関係だ。コウとシャアはファッションだとかそういうところでつながっている友人で、ガトーとシャアは留学生会館で同室なのだ。好もうが好みまいが。そんなわけで今日もコウのマンションでフランス人のガトーが腕を振るった鍋がおいしそうにグツグツと音を立てていた。
今日の鍋はいつぞやかアムロが大満足だったカニ鍋である。今度は心置き無く食材を使うことのできたガトーも大満足で、コウもガトーが作ってくれるものなら―――さらにその中から人参を取り除いてくれるなら―――文句があるはずもなかった。シャアはアムロの連れなので文句を言える立場にないというのがガトーのなかでのシャアの扱いだった。実際ガトーは何でも作れる男なのでシャアごときの料理の腕では文句の言いようがなかったが。
それで鍋もシメの雑炊に入るか入らないかというところで、それはおこった。
「アムロ、君、それは私のビールじゃないのかい?」
アムロは手の中にある見慣れない色のビールの缶を見て少し考えて、結局残りを飲み干した。
「アムロ!」
「こんな状態でどれが誰のかなんてわかんねーよ」
「君は私と一緒にこれを買いに行ってそのときに見ているじゃないか!」
「べつにあんたが買っただけであんたが飲むって決まってたわけじゃないだろ?コウは材料と部屋、ガトーは材料と労働力出してんだから俺達が酒を出すのは当たり前で、その酒は誰が飲んでもいいんだよ!」
「だがね、このプレミアムホップを使用した期間限定のビールの味が今の君に分かるとは到底思えないね!」
「ビールなんて飲めりゃあいいんだよ!飲まれたくなきゃ名前でも書いてろ」
「ああ、そうさせてもらおう。コウくん」
おやつのプリンの所有権を争うくらいの下らない争いに突然呼ばれたコウは、今まで酔いが回ってぼんやりしていたこともあって勢いよく返事をして、ついでに姿勢を正した弾みでこたつの足に手を強くぶつけた。
「はいっ、何ですか?!シャアさん!!」
「この家に油性ペンはあるかい?出来れば太めの」
「太めのはないけど、マッキーでよかったら」
コウは放り出しておいた鞄の中から黒の細字マッキーを取り出してシャアに渡した。
「ありがとう、コウくん」
シャアはコウから借りたマッキーで最後の1缶に『CA』とサインを入れた。
「これでどうだ、アムロ」
「そんなんじゃキャビンアテンダントなんだかカルシウムなんだかわっかんねーよ。つーかここ日本なんだから日本語で書け、じゃなきゃ所有権は認められねぇ」
「分かればいいじゃないか、分かれば!」
「いーや、わかんないね。つーかあんたはビールの1本くらいでグダグダ言う前に俺んちの家賃光熱費その他諸々食い荒らしてるってことを自覚しろよ!」
「その他の金は現物で払っているだろう!それに」
「それに、何だよ?」
ガトーは正直うんざりしていた。これは別に深刻な喧嘩でも何でもない。困った顔でシャアとアムロを見ているコウをちらりと見てガトーはこたつを出た。これじゃあいつまでたっても雑炊に行き着かん。
「君は今のところ私のものだ」
「・・・・・・・・ばっ・・・!」
シャアがニヤリと笑って、アムロは絶句して、それでもアムロの顔は真っ赤になった。それこそ首まで。
「誰がそんなこと決めたんだよ!俺はあんたの物になった記憶なんてこれっっっっぽっちもないんですけど!!」
「だってしょうがないじゃないか、現に印があるのだから」
印、と言ってシャアは自分の首というか、耳の後ろのうなじのあたりを指差した。更に真っ赤になるアムロにつられてコウも赤くなる。流石に、それの意味は分かる。流石に。
「・・・・・・ぶっ殺す・・・!」
アムロはもう涙目だった。怒りがピークをとっくに越えている。だというのに
「ああ、アムロ、印は反対側だ」
なんて、シャアが言うものだから。
野菜が乗っていた大皿を片付けて雑炊の用意をしたガトーが戻ってきたときにはそこにシャアとアムロの姿はなかった。
「・・・2人は?」
ひとり取り残されていたコウはふたがとれたままの細字マッキーを持っていた。
「ええと、多分洗面所か風呂場」
怒りが頂点に達したアムロのシャアへの報復は、シャアの顔に目一杯の大きさで『アムロ』と名前を書くことだった。それが消えるまでシャアは外を歩けないし、その間アムロは指一本だってシャアに触れさせてやる気は毛頭なかったが、シャアは素早くアムロからマッキーを奪い取ってアムロを押さえ付け、パーカーのフードでも隠れない位置にご丁寧にカタカナで『シャア・アズナブル』と書いた。ただでさえおかしいのにカタカナでフルネームを書いたおかげでバカらしさが倍増したわけだ。
「付き合いきれん」
呆れたようにガトーは大きく溜め息をついた。まあ元から付き合う気などガトーには一切ないが。
「勝手に進めていればそのうち戻ってくるだろう。コウ?」
コウはまだふたのないマッキーをじっと見ていた。
結局、雑炊が出来上がったタイミングでまだ口論しながらシャアとアムロがこたつに戻ってきたとき、例のマッキーはふたを見つけてもらって大事そうにコウの前に置いてあった。ただ、コウとガトーがそれぞれ握り締めて開かなかった掌の中は2人だけの秘密になった。
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