白くて甘くてやわらかそうなタマネギをガトーが切っている。
「・・・なんだ。」
後ろに回り込んだのに気づかれたらしく、ガトーから不機嫌なうなり声が上がった。・・・いやしかし、台所で美味しそうな音をたてて調理をし始める『母親』に気づいたら覗き込まずにはいられないのが『子ども』の性である。
「・・・何つくってるんだ、」
「ハンバーグ。」
「・・・うそだろ、だってタマネギばっかりじゃないか!」
今日のエプロンは『素敵な奥さん』の方だった・・・ガトーは主に二種類のエプロンを使い分けていて、一枚はカフェのウェイターっぽい黒くて下半分だけのもの、もう一枚が上下の繋がった『素敵な奥さん』というロゴの胸に入ったものである。・・・はっきり言ってこっちは婦人雑誌のオマケだ。しかしガトーはその婦人雑誌のおまけが、パステルカラーのそれがいたくお気に入りらしかった。・・・カフェっぽいほうが俺はカッコイイと思うけどなぁ。
「・・・正確には、」
それでもコウが眺め続けているとガトーが諦めたように向こうを向いたままこう言った。
「『タマネギをたっぷり入れて量を多めに見せた』ハンバーグだ。・・・分かったら静かに椅子に座って待っていろ。三十分くらいでなんとかなる。」
その三十分間がとても待てないと思った。
白くて甘くてやわらかそうなタマネギをガトーが切っている。
「・・・なあ、俺ここで見てちゃダメ?」
「勝手にしろ。・・・それから、あまりしゃべるな。」
ガトーは本当に諦めたらしく、山ほどのタマネギを切り続けていた。眺めているだけなのにコウは目がしょぼしょぼしてきた。
「・・・なあ、ガトー、泣きそうにならないのか、それ。」
「・・・あまりしゃべるな、と言ったのを聞いて無かったのか!」
ガトーはタマネギを切り続けている、『素敵な奥さん』のパステルカラーのエプロンをして、しかしこちらを振り返る気はまったく無いらしい。
「なあ、涙出てこない?」
「出ないな。」
「本当に?」
・・・白くて甘くてやわらかそうなタマネギをガトーが切っている。
「でもタマネギ切ると涙が出るって言わないか。」
「お前、少しは静かに出来んのか。・・・黙れないのか、そういう病気か?」
「・・・なあ、涙出ない?」
「出ない。」
「・・・ほんとうに?・・・俺を見てると、」
・・・白くて甘くてやわらかそうなタマネギをガトーが切っている。
「・・・つらくて切なくなって・・・・・・涙が出たりすることない?・・・俺を見てると。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
返事は無かった。ガトーはタマネギを切り続けている。・・・・冗談だったんだけどな、とコウは思った。
「・・・なあ、俺ここで見てちゃダメ?」
もう一回聞いてみた。
ガトーはまだ、白くて甘くてやわらかそうなタマネギを切り続けている。みじん切りを作り続けている。
「・・・勝手にしろ。」
・・・ついにガトーはそう言った。コウはガトーの真後ろに立ちながら、みじん切りを続ける『素敵な奥さん』の後ろ姿を見つめ続けた。
きっとガトーには割烹着も似合うだろう、とコウはふと思った。今度俺は、白い割烹着を買おう、そしてそれをガトーにプレゼントしよう。・・・でないときっと切なくて、俺は泣いてしまうから。
・・・・・タマネギの入り過ぎたその日のハンバーグはほろ苦い味がした。
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