何やら有名なゲームの新作が発売されたらしく、おかげでこのところアムロとほとんど口をきいていない。
「・・・アムロ。」
テレビゲームの画面に立ち向かうアムロの集中力には凄まじいものがあり、彼はよほどこういう作業が好きなのだろうなあ、と思う。こういう作業というのは・・・つまり、四角い画面に向かって、頭の中で色々計算しながら、一人でやる作業のことだ。心の中で考え込む作業のことだ。私は違う。もっと人との会話を楽しむタイプだ。私はフランス人だから、一言で言うと感情の生き物だ。ああ見えて、ガトーもそうだ。
「・・・アムロ。」
私は根気よくアムロに話しかけ続けていたが、彼はゲームに集中していて返事らしい返事は返って来ない。大学に行くか、途中のコンビニでゲーム雑誌を買うか、出なければ寝る間も惜しんでテレビの前にあぐらをかくか、この三つの行動しかこの二週間ほどのアムロはしていない。・・・さすがに私も飽きて来た。
「・・・アムロ。」
「・・・悩んでるんだよね。」
すると、珍しくアムロから返事が返って来た。・・・視線はゲームの画面を見つめたままで、手にはプレステのコントローラーを握ったままである。
「ほう。・・・私は退屈しているよ。」
「だろうね。うるさいから声かけないで。」
「・・・何を悩んでいるんだ。」
私はめげずに、ベットに寝転がりながらそう聞いた。・・・すると、よほど経ってからアムロから断片的な返事が返って来た。
「バルフレア。」
「へぇ。」
意味不明である。・・・しかし、返事をしなければここで会話は終わるだろうと思った。この一週間で、一番会話らしい会話だというのに!
「・・・何かやらかしそうな気がするんだよね。・・・俺の勘だと。」
「そうか。・・・で、今回のヒロインは可愛いのか。」
「・・・気になるならアンタもやればいいじゃん。」
アムロの返事は少し皮肉めいていて、それでいて隙が無かった。
「・・・君ね、私はそんな、時間のかかりそうなゲームはやらないよ。」
「あっそ。」
「・・・それでバルフレアがなんだって。何の名前だそれは。」
私は結局折れた。雑誌を一人で読むのに飽き飽きしていたからである。
「人。男。・・・でも俺、育ててないんだこの人。・・・だけど、なんか最後にやらかしそうな気がしてきて・・・どう思う?」
どう思うと聞かれても私に分かるはずは無いのだが、アムロは珍しく少し立ち上がるとテレビの脇に行って棚をごそごそと物色し始めた。・・・おや、ゲームを中断する気になったのだろうか。
「・・・どうとも言えないが、君の好きにするといい。・・・ところで、ゲームに飽きたのなら一緒に食事とかしないか。」
「・・・・・・」
すると、アムロは棚から、無言でプレステのコントローラーをもう一つ引っ張りだしたのだった。
「・・・はっきり言って・・・」
「何だ。」
アムロが久々に私の方に顔を向けたので、私は少し期待した。
「・・・あんたうるさい。俺がゲーム好きなの知ってるだろ。」
「・・・・・・」
「もうちょっと黙っててくれないかな。」
「・・・・・・」
「コウより先にクリアしたいんだよね。」
コウくんも同じ様な状態になっていて、ガトーもこんな目に遭っているのだろうか。
「・・・分かったか?これは、俺の、プライベートの問題だから!」
・・・日本人の大学生の男の子のプライベートっていうのも、なかなか理解しがたいものだな、と私は思った。しかし、『触らぬアムロに祟りなし』である。私はもう静かにしていようと思った。
「・・・分かった、それでは君がゲームに飽きて、私のことを思い出してくれるのを待つとしよう・・・」
見るとアムロは、取り出したもう一つのプレステのコントローラーを本体に差し込み、最初から入っていたコントローラーと並べて、テレビの前に丸い輪を作っている。
「・・・何をしているんだ。」
ちなみに、アムロが今やっている著名なゲームというのは一人でプレイするRPGのはずで、コントローラーは二つも要らないはずだ。・・・しかしアムロは、コントローラーを繋いで作った小さい輪の中に、満足そうに立つと私の方を振り返ってこう宣言したのだった。
「・・・いいか、これが俺のプライベートだから!・・・入って来るなよ!」
・・・正直に言って、これほどアムロが可愛らしいと思ったことはかつて無かった。アムロのプライベートは、プレステのコントローラー二つを輪にして丸くした分くらいしか無いらしい。・・・私は待っていようと思った。・・・大人しく、ゲームが終わり、彼が私のところに帰って来るのを。
「・・・ずいぶん可愛らしい『プライベート』だなあ・・・」
そう呟いた台詞は、ゲームに戻ってしまった彼にはきっと聞こえなかったに違いない。
日本人の、大学生の、ゲームおたくの男の子と付き合うのもそんなに悪く無い。・・・私は寝癖で跳ね返った彼の茶色い後ろ頭を見ながら、心からそう思ったのだった。
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