天気が悪くなったのだろうか、急に暗くなったよな〜・・・・・と思って顔を上げたら、目の前にガトーが立っていた。友人のアナベル・ガトーである。
「・・・・・・・・おつかれ。」
いつもそんな顔だ、と言われればその通りなのだが、今日のガトーもとびきり気難しそうな顔だった。それでも、まあ友達なのでアムロが声をかけると、ガトーは「あぁ。」とだけ返事をしてよこす。
「・・・・・・・・なんかあったのか。」
そのままガトーが微動だにしないので続けてアムロがそう言うと、ガトーはただ頷いてベンチのとなりを指差した。
「座るの?・・・・・いや、遠慮せずにガンガン座ってくれよ。・・・・・俺のもんじゃないけどさ。」
そこでやっとガトーはアムロの隣に座った。念のために、ここは大学の前庭だから、確かにベンチはアムロのものではない。ただ、アムロは一人きりなのをいいことに、そこにノートパソコンや携帯電話を広げまくっていたので(アムロはパソコンおたくで、ガトーは身長が195センチもあるフランス人である、)それで確認を取ったのかと思われた。
「・・・・・ちょっと聞きたいのだが、」
ともかく、座ったとたんにガトーがそう言い出したので、なんでしょうね、と思いつつアムロは頷く。
「ああ、なに?」
「・・・・・・・勉強はどっちの方が出来るんだ。」
だいぶん主語が足りないような気がしたが、ガトーの言いたいことはおおよそ分かったので、アムロは確認した。
「なに?・・・・・それは『成績』ってことか?俺とコウだと、どっちの方が『大学の成績』がいいか、ってそういうこと?」
「ああ、そうだ。」
・・・・なんで急にそんなことが気になりだしたのかは知らないが、まあ気になるというのなら教えてやらないこともない。
「・・・・・・そりゃ、申し訳ないけど、俺だよ。俺の方がコウより『成績』はいいよ。・・・・・講議は俺の方がサボってるけど。なんでかは知らないよ。・・・・・・コウに聞いても、同じように答えると思うな。」
アムロは正直にそう言った。・・・・・これは本当である。何故か、講議に真面目に出ているコウより、自分の方がA判定は多いのだ。去年の年度末に、成績表を見ながらそんな話をしたので良く憶えている。たぶん、コウは講議には真面目に出ているけど、剣道も忙しいから、それで頭の中が『筋肉になりがち』なんだ。・・・・・・そんな話をした。そして思った。・・・・・・すごいな。ついに、ガトーはコウの成績まで管理するようになったのか!確か、学部が全然違うから、勉強の面倒までは見れないハズなんだけど!!・・・・・・すごいな。こうなると、本当の『親』よりガトーの方がぜんぜんすごい。スーパー保護者、って感じだ。(スーパー保護者、がどんなものなのかはうまく出来ないけれども。)
「・・・・・・・・」
すると、ガトーが黙り込んだ。・・・・・やべぇな。アムロは思った。これはあれか、ガトーは怒ってるのか。ずいぶん経っても、なかなか返事が返って来ないので、アムロはそうっと隣に座るガトーを覗き込み・・・・・・、
そして、ビビった。
・・・・・・・笑っている!何故か、ガトーは非常に満足そうな笑顔を浮かべている!・・・・・これは恐ろしい!!アムロは逃げようかと思った。が、まだ大事なパソコンをバックにしまっていないことを思い出した。
「・・・・・まあ、聞け。」
「すごく聞いてます。」
そして何故か、ガトーは満面の笑顔のままアムロに言ったのだった・・・・来る!これは絶対、スゲエことを言い出す!!アムロは確信に近くそう思った。
「最近、ちょっと面白いものを手に入れたのだ。」
「・・・・・・それは食べれるものなのか?」
アムロはパソコンを仕舞いつつそう答える。
「食べられはしない。・・・・が、まあコウに聞いてみたところ、それは『すごくいいもの』で、『よろこばしいもの』なのだが、『頭のいい人間』に使ってこそ、意味があるものだと言うのだ。・・・・・分るか?」
・・・・・・・得体が知れないんだから、分るワケねぇよ!!とは思ったものの、ここは頷いておかないと大変なことになるだろう。
「・・・・・・はあ、そうですか・・・・・・・そりゃ大変ですね。」
「ああ、それで私も聞いたのだ、『それじゃ、お前とアムロではどっちの方が頭がいいのか』と。・・・・・そうしたら、コウも『頭はアムロの方がいい』と答えたのだ。シャアが馬鹿なのはよく知っている。・・・・・なので、これはアムロに使うことにした。」
・・・・・使わなくていいです、と言っても聞かないだろう。ちくしょう、良くは分らないが、コウが上手く逃げたのだけは良く分る!!!ああ、分かったとも!!ともかく、アムロはため息をつきながらも、パソコンを完全に避難させた。
「・・・・・・・わかった・・・・・・・・・・・、」
「・・・・・・・では、いざ!!!!」
そう言うとガトーは、唐突にガトーのアムロの手をとった。
昼過の大学の前庭で、まるでパーティ会場での、貴婦人への挨拶がかくもあらん、というばかりに、ガトーはアムロの左手をとったのである。そうして、真摯にアムロの顔を見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・いや、」
アムロは気が遠くなるかと思った。・・・・・どうしよう、ここはボケた方がいいか。
「・・・・・・・・・・・・・・・いや、俺には、心に決めたひとがいるので、告白はちょっと待って・・・・・・」
しかしガトーは、まったく聞いていなかった。アムロのセリフを、である。・・・・・『渾身のボケ』だったというのに!
「・・・・・・・じっとしているのだ・・・・・・・」
そうしてガトーは、ジーンズのポケットから『とあるもの』を取り出した・・・・・・あぁ、目立っている!!!・・・・・・アムロは思った。昼過の大学の前庭で、手をとりあっている俺達が目立っている。パーティー会場のような俺達が目立っている。プロポーズのような俺達が目立っている。なにごとだ、と言わんばかりの顔で、学生達が通り過ぎてゆく。なのに、逃げられねぇ。・・・・・・俺って、めちゃくちゃいい人だ!!・・・・・・たぶん!!
「・・・・・・どうだ!」
そうしてガトーは、実に満足気に『とあるもの』をアムロの左手の甲に押し付けた。・・・・・・勘弁してくれよ、と思いつつ・・・・・・・・アムロは薄目でそれを見た。
・・・・・・・・・それは、『よくできました』と書かれた、さくら型の小さなハンコだった。・・・・当然、朱色である。
「・・・・・・・・・・・・・・・・、」
「素晴らしいと思わないか。・・・・・・・・こんなにも小さい。それなのに、これには『よくできました』と、きちんと書いてある。」
・・・・・・いや、そりゃ知ってるよ・・・・・・・と思いつつ、アムロは自分の左手をもう一回見た。・・・・・・ガックリと、力が抜けるのが自分でも分かった。・・・・・知ってるよ・・・・・日本人だからな・・・・・小学生の頃、よく貰ったよな、こういうの・・・・。
「嬉しいか?」
しかし、ガトーは素晴らしい笑みのままそう聞いてくる。
「・・・・・・・あぁ・・・・・・・・・嬉しいよ、嬉しいです・・・・・・・涙が出そうなほどに・・・・・・。」
アムロは辛うじてそう答えた。・・・・・・・コウのやつ!!本当に、上手く逃げたものだ・・・・・・・!!!
「ごきげんよう。・・・・・・あら、アムロ、『良いものを貰った』のね。・・・・・・良かったわね、これを励みに、頑張らないとダメよ。」
最悪のタイミングで、そのとき真横を・・・・・つまりは、大学の前庭を、ミライさんが笑顔と共に通り抜けて行った。・・・・・・俺はガトーをタコ殴りにしたい。その瞬間に、ついミライさんにおじぎをし返しつつアムロはそう思った。・・・・・・いや、というか、どうしてガトーに誰もツッコまないんだ!!・・・・・まあ、俺もツッコんでないけど!!!・・・・・誰かツッコめよ!!冷静に考えてみるとトンデモないだろ、コレ!!ハンコを手の甲に押す、とか!!・・・・・オカシイだろ!!!
「喜んで貰えて良かった。・・・・・では、コウが上手くやったときにもこれを押してやることにしよう。」
ガトーは深く頷きながらそう言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その後しばらく、ガトーが小さなさくら型のハンコにハマりまくり、終いにはシャアのおでこにまでそのハンコを押したことは言うまでもない。アムロは思った。この世に、『文化の違い』ほど、恐ろしいことはない、と。ヨーロッパにも判子はあるのだが、それは手紙に鑞(ろう)で封をする時に使ったり、契約書にサインとして使う、よほど厳重なものであって、おおよそ雑貨屋で売っている少女向けの玩具ではない。・・・・・・『文化の違い』とはそういうものだ。
ちなみに、ガトーはどちらかというとその文章より、ハンコの型が『さくら型』であることに感動したらしい。ハリセンでアムロに散々ひっぱたかれたコウは、しばらく『よくできました』のハンコだらけの竹刀を使っていた。
これはそういう恐ろしい物語である。
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