慣れれば慣れるものだよなあ・・・・と、シャアは煙草をふかしながら考えていた。自分は今、非常に苦しい体勢をしている。理由は何故か?・・・簡単だ。ベットの隣に1人の人間が寝ていて、しかもそのベットが実に小さいもんだから、自分はその人物に半分押しつぶされそうになって、それでも煙草を吸うべく努力しているからである。いや、問題はおそらくそんな点ではない。
「・・・・・・慣れたよなあ・・・・・」
シャアは、今度は声に出してそう言ってみた。隣の人間は、聞こえているんだか聞こえていないのだか、ともかくいつものクセで丸くなって眠ったままだ。・・・・君、ちょっと場所とりすぎ。
「・・・・・・・慣れすぎかもなあ。」
問題は多分、男のシャアの隣に、これまた男のアムロが、へばりついて寝ていることなのだった。
大体、数カ月前まで・・・・正確には三ヶ月前までは、自分は立派にノーマルだったのだ・・・・とシャアは思った。思わず首を振りながら部屋の中を見渡す。そこは、小さな、アムロのワンルームマンションの部屋だった。計らずも、ここはシャアとアムロの愛の巣になってしまっている。・・・・・愛の巣!・・・・にしては小汚いな。
机の上には、理工系の大学生であるアムロの難し気な内容の教科書が何冊も広げられたままで、二人が今日セックスする直前まで彼が必死に試験勉強をしていたことを彷佛とさせた・・・・仮にも、今は、日本中の大学生が後期試験中の時期だった。しかしシャアは、留学生だということをカサに着てそこそこの勉強でごまかす気でいたので、試験勉強も日本人ほど必死にはやっていなかった。ま、それなりにはやっていたのだが。そして、今日もまさに勉強の邪魔をせんがごとくのイキオイでアムロの部屋にやって来ていたのである。・・・・・すったもんだの末に大騒ぎになって、アムロが怒って、だけど挙げ句に今日も寝る。・・・そんな日々。
「・・・・・っていうか、やっぱり君が流され過ぎなんじゃないのか、状況に?」
とりあえずシャアは、自分の事は全面的に棚に上げてそう呟いてみた。その瞬間に、何故か煙草の煙りが気管に入ったらしく、盛大にむせた。
「・・・・おい、私は肺ガンで死ぬかもしれないよ、君・・・・・・」
盛大にむせて、小さなベットから転げ落ちそうになったシャアは、眠ったままで聞いてもいないアムロにそう言ってみる。いやしかし、このベットはそもそもアムロの物で、それは大学生の独り暮らしには十分な大きさで、だから自分がここで寝ているから悪いのだ、という発想にはシャアはならいらしい。アムロは、それに答えるようにうぅん・・・と唸りながら、寝返りをうつには危険なサイズのベットの中で、身をねじった。おかげでシャアはますます居場所が無くなった。
「君、私は肺ガンで死ぬかも知れない・・・・しかも男と付き合ったことがあるだなんて、そんなメデタイ前置詞のついたままでだ。君、私は実を言うと、女には全く困って居ないのに、なにがどうなって君ともこんな関係になったかな・・・・いや、コレは杞憂すべき状況だ。」
シャアは遂にベットの枕元にある灰皿を手に持って、ちょっとベットから逃げ出そうかと思った。いや、ベットからというか、本当の事を言うとアムロとのこの関係からだ。・・・そうだな、きっかけは偶然の事故だった。しかしその後も続けて、自分達はは馴れ合い過ぎた。異常と思うべき『男とセックスをする』という行動に慣れ過ぎた。・・・・何にも考えずに。いやしかし、今唐突にその己の人生に疑問を覚えたぞ、煙草にむせたおかげで!
ともかくシャアは、アムロがまだ眠っているベットから片足を降ろしかける。・・・・・・・・と、その時急にアムロががばあっっ!と、威勢よく跳ね起きた。
「・・・・・・・・・・・・おれも!」
「・・・・なんだ?一体。」
シャアが少しビビリながらそう聞くと、アムロは跳ね起きたまま、シャアではなくベットの枕元の壁をじいっと見つめ・・・・動きを止める。その壁にはカレンダーがかけてあった。あ、まだ一月のままだ。めくらなきゃ。
「・・・・・・おれも、たばこ、・・・・・・・・しゃあ・・・・・」
こりゃ、寝ぼけてるな?・・・・と、シャアが思いはじめた時にアムロがこんなことを言う。
「・・・・・・・『らっち』か『まいたー』かして。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それを言うなら『マッチ』か『ライター』だろう・・・・・・・。」
しばしの沈黙の後、なんだかシャアが溜め息をつきたいような気分になってそう言うと、アムロは首をひねってやっとシャアを見た。
「・・・ああ、それ。あっ・・・・なんだあんた、1人でなに先に吸ってんの、たばこ・・・・・・」
その辺で、やっとアムロは目が覚めて来たらしい。シャアは、もはやベットからおりる気力も失せてもう一回その中に潜り込むと、自分の吸いさしをアムロに手渡した。
「うわおう、どうもー・・・・・・」
アムロはまだ眠そうな目でそれを受け取る。そして、一口と吸わないうちにまた頭からベットに突っ伏した。
「・・・・って君!危ないぞ、寝るか吸うかどっちかにしたまえよ!」
「あー・・・・?」
「君、私は肺ガンで死ぬかもしれないんだぞ!」
「あー・・・・そうだね、あんた肺ガンで死ぬね、きっと・・・・・・・・でもまあ多分、」
するとアムロはシーツに顔を突っ込んだまま笑いながらこう言う。
「あんたが肺ガンで死ぬなら、俺もきっと肺ガンで死ぬね。・・・・・同じだけ吸ってるから。」
バカみたいに馴れ合ってみたり、セックスしたり煙草吸ったり、そんな風で生きて、日々が流れて、二人してジイサンになって、肺ガンで死ぬ。・・・・・そんなのも悪くないな、とシャアは急に思った。そこで、しっかりとベットに入り直して、この『マッチ』を『マッチ』とも言えないような、そんな男を抱き締めて寝てみることにした。いや、この際男なのは広い心で許そう。うん、そんな風に人生を考えるのもまあ別に悪くはないだろう、若いっていう今このうちだけは。
シャアはアムロが手に持っていた煙草をとって灰皿に押し付けると、煙草の脇にマッチをしっかりと置いて目を閉じた。・・・・アムロが先に起きてもそれが見つけられるように。
|