その日、待ち合わせ場所であった学食でコウとアムロの二人は異様な光景を目撃してしまい・・・・・・そのため、A定食ときつねうどんの載ったトレーをそれぞれ手に持ったまま、しばらく立ち尽くす羽目にになった・・・・・・立ち尽くす羽目になった!
「・・・・・・ガ、」
目の前には、二人の待ち合わせ相手であるガトーが先に来て座っていて、自分で作った弁当をテーブルに広げ、だがしかし手は付けずに、そして本を読んでいる。(念のため、その弁当とはいわゆる「幕の内」のような・・・・立派な、幾菜ものおかずが詰まった弁当である、)・・・・・・まあ、要するに異様な光景だった。・・・・・・・・それこそが異様な光景だった、なんとも言えない妙な違和感のある、そう、異様な光景!!
すると、気を取り直したらしいコウが、次の瞬間すごい勢いでガトーに詰め寄った。トレーをガシャン、と、向かいの席に置くと、こう叫ぶ。
「・・・・・ガトー!・・・・・ガトー、いつの間に、目っ・・・・・・」
「・・・・・なんだ、来たのか二人とも。遅かったな。」
一方のガトーはと言えば全くいつも通りで、二人が来たことに気付いて本にしおりを挟む。ちなみに、読んでいた本は岩波文庫の新渡戸稲造著、『武士道』だった・・・・・・それはともかく、
「だから、目っ・・・・・!」
・・・・・ガトーは、眼鏡をかけて、本を読んでいたのであった。
さて、何故今回ここまでコウとアムロの二人が驚いてしまったのかというと、まったくこれまでにガトーが『眼鏡をかけている』という姿を見たことが無かったからなのである。
「・・・・・いつの間に目が悪くなったんだ!?なあ、剣道は出来るのか、眼鏡無しで面をつけても相手って見えるのか!!・・・・・いや、これからは眼鏡かけて剣道やるのか?・・・・・・どうして俺に相談しないんだよ・・・!!」
いや、コウに相談したところで別に目は良くなったりはしないだろ、とアムロは思わず心の中でツッコミを入れたのだが、おろおろしているコウが面白いので放っておく。すると、ガトーがまさにその眼鏡に人さし指をやり、すこし上げ直してからこう言った。
「・・・・・いや、目はまったく悪く無いが。裸眼で1.5で、正常そのものだが。」
・・・・・・んじゃ、なんで眼鏡かけてるんだよ・・・・・!!と、アムロはまたツッコミたくなったのだが、そのガトーが少しばかり眼鏡をあげる様子があまりに『サマになっていた』ので言い出しかねる。・・・・コウもまったく同じことを思ったらしく、あれほど勢い良くガトーに詰め寄っていたのに、少し大人しくなって、とりあえず椅子に腰掛けて居心地悪そうにガトーを見た。・・・・・・ああ、うん、なんか分かるかな。
つまり、これまでずっとガトーと一緒にいたし、ガトーの髪型が変わる、くらいの状態なら二人ともがなんども見て来たわけで、つまり料理をするために髪を全て結い上げるのも、剣道をするために無造作に降ろすのも、家でぼうっとするときに中途半端な『お嬢さん結び』にするのも・・・・・見慣れていたのであった、だけど眼鏡をかけただけでここまで印象が変わるものだとは思わなかった!!
「・・・・・・・御飯食べますか。」
「ああ、お前たちを待っていたのだからな。・・・・全員揃ったのだから、食べればいいと思うが・・・・」
おそらくガトーは、普段と寸部違わぬ口調で、そう言ったつもりなのだろう。・・・・・だけどちょっと。一言、言ってもいいですか!!・・・・・御飯を食べることを提案したアムロは、舌打ちをしながら思った。
・・・・・・・無駄に『偉そう』なんですけど・・・・・!!
そう、偉そう、なのである。偉そうな上に、普段の三割り増しで冷たく見える。(いや、厳密にはガトーはいつもやや『偉そう』なのかもしれないが。)眼鏡の向こうで紫色の瞳が光る。うん、まさに光る、って感じだ。なんていうか、ガトーが・・・・先生っぽい。・・・・そうか、いつもは『お母さん』っぽいのに、今日はどこか先生っぽいんだよ、ガトー!
「・・・・・・えー・・・・。・・・・・ここで謎が生まれました、では何故、ガトーは眼鏡をかけているのでしょうか?・・・・・目は、悪くなったわけではないらしいのですが。」
「・・・・・・・不明です、現場の浦木さん。そちらに、新たな情報は入っていますか?」
「いえ、こちらには全く・・・・・さて、コメンテーターのみなさん、今日のこの、状況をどう分析するかについてですが・・・・」
思わずワイドショーごっこをしながらコウとアムロが昼食に手を合わせていると、呆れたように(その姿すらも偉そうだった!)ガトーが学食の片隅を指差す。
「・・・・・・えー、こちら現場、現場の浦木です。本日はA定食となっております、ハシを持ちつつレポートを続けております・・・・あっ、なんてことでしょう、今、たった今情報が入りました!・・・・・シャアさんですね!」
「・・・・・シャアかよ。」
思わずアムロは素に戻ってしまっていた。・・・・・ガトーが呆れた風情で(でも偉そう)、指差す学食の片隅には、シャアがいた。・・・・・うわー、女の子と楽しそうだー・・・・。
「はい、スタジオの安室です。・・・・・俺、なんとなく状況が分かりました・・・・・」
「えっ、うそっ、分かったのか??・・・・・俺まだちょっと分からないです、現場の浦木です・・・・。」
・・・・・・アムロにはなんとなく分かった。分かったので、自分のきつねうどんに手をつけ、食べはじめる。コウも遠慮がちに自分の定食に箸をつけ、ガトーも持参の弁当を食べ始めた(偉そうに!)。・・・・・そうだな、分かった。
ガトーが、なんで今日、急に細めのセルフレームの、黒っぽい眼鏡をかけて、学食で本を読んでいたのか、なんて理由が!
「・・・・・・さっき学食に来たらばな。・・・・・お前達はまだ来ていなくて、呼んでもいないシャアしか居なかった。」
果たして、まるで取りつく島のない切っ先のような印象のままガトーが、だがのんびりと事の真相を話しだす。・・・・・コウは何故か恥ずかしいらしく、眼鏡をかけたガトーとは視線を合わせないように、下を向いてA定食をかきこみ始める。・・・・・ああ、それも分かるけどな、なんとなくな。
「で、まあ、二人でお前達を待っていたのだが、『それじゃ私も一緒に昼食をいただくとしよう』なんて調子の良いことを言っていたシャアは、急用が出来たらしい。・・・・・それがあの女性だな。」
そりゃひどく、エラく重要な急用だことでしょうよ!・・・・・ともかく、シャアは女性を口説くため、本気で出かけてしまったらしい。
「・・・・・・それで、ケースが無かったんだそうだ。・・・・・今日は。」
「・・・・・・・・・・・・・・『ケース』?」
おもわず、コウとアムロの声が揃った。・・・・・ケース?
「・・・・あぁ、眼鏡のケースだ。眼鏡のケースが無いから、眼鏡は仕舞えない、でも眼鏡を外さないと、口説けないくらいの女の登場だ。・・・・・・・・・・・・どうする。」
・・・・・・・・・・・・つまり、結論から言うと、ガトーが今かけている眼鏡は、『伊達眼鏡』、ということだ。・・・・・・本気で女を口説くときには眼鏡を外す習慣がある、シャアの。
「『今日はケースを持って来ていないのだが、ケースに入れないとレンズに傷が付いてしまうだろう!君、かけていてくれたまえよ。いいな?』・・・・とまあこういう言いぐさだ。」
・・・・・おそらくガトーは、のんびりした口調でそう言っているつもりなのだろうが、ケース代わりに眼鏡をかけさせられたにしては、あまりに似合っているその姿に、うっかりコウとアムロは昼食が食べずらい。
「・・・・・はあ、ケース・・・・・・」
「・・・・・ケースでしたか、ガトーが眼鏡のケースでしたか、それは想像外でした、いかがですかスタジオのアムロさん・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
アムロはちょっとやけになって、きつねうどんのおつゆを思いっきり飲んだ。・・・・・そしてむせた。慌てて口に白身魚のフライをくわえたまま、コウがアムロの背中を撫でる。・・・・・ちらり、と二人共がガトーを見たのだが、やっぱりガトーは・・・・・無駄に偉そうだった!無駄に偉そうに、レンズの向こうで紫色の目を光らせている。・・・・・・箸で煮物を摘んでいた。なのに偉そうなガトー。眼鏡のせいで。・・・・・あぁ!
しばらくして、満面の笑みと共にシャアが三人のところへ戻って来た。・・・・上手く行ったのか?などと馬鹿にしたようにガトーが聞いている。アムロは、もう面倒臭いのでツッコまないでおいた。
「・・・・・・上手く行ったのか、だって?そんなの当たり前だろう、デートの約束を取り付けた、来週の日曜だ。」
「・・・・・・おめでとうございます・・・・・・」
下を向いたまま、ほとんど昼食を食べ終わったコウが小さな声で律儀にそう言うと、シャアが驚いたように声をかけた。・・・・そして眼鏡をかけていないそのままの素顔で、コウの顔を覗き込む。
「・・・・・どうしたんだい、コウ君。・・・・・・・今日はやけに元気がないな?」
そう言われれば、と急に気付いた風で、眼鏡をかけたままのガトーも瞳を光らせて、コウを覗き込む。・・・・・・アムロは「あーあ、」と思った。・・・・・すると、コウが下を向いたままで、箸を握りしめてこう叫ぶ。真っ赤な顔で。・・・・・・・・・・・・ほらみろ、やっぱ「あーあ、」って内容だ!
「・・・・・・・・俺っ、眼鏡をかけてないシャアさんも、眼鏡をかけたガトーも、なんかすごく苦手なんですけどっ・・・・・・!」
・・・・・・まったく、その一言に尽きるよな、と、思わず頷いてしまったアムロだった。・・・・・さて、少しはコウの言ったことが気にかかったのか、その後ガトーが面白がって眼鏡をかけることは無かった。必要以上に人の印象を、ひいては魅力を違って見せる小物など、軽はずみに使って欲しくないものである。気になってしかたのない相手となったらなおさらだ。ぜんぜんダメなんだ、コウは、そういうの。
・・・・・簡単ではあるが、これが『ガトー眼鏡事件』のことの顛末(てんまつ)である。
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