2005/01/19 初出

 ばらいろ小咄。『煙草』

「考えてもみたまえ。・・・・・・十九歳だぞ?」
 その日、天気は穏やかで、微かに風がそよぐのが感じられる程度だったその日・・・・・シャア・アズナブルは屋上の柵に寄り掛かりながら、空に向けて煙草の煙りを吐き出していた。ちょうど頭の上あたりで煙りは丸いかたまりをつくり、たゆたい、それから空に消えてゆく。
「・・・・・もう一回言うが、十九歳だ。・・・・・・・・・十九歳。」
 京都市内にある、某私立大学の留学生会館。・・・その屋上には、今、二人の人物しかいなかった。フランスからの留学生であるシャア・アズナブルと、アナベル・ガトーの二人である。屋上は皆が自由に使える物干し場となっていて・・・・しかし、物干をするわけでもなくただ二人は立っていた、あまりに部屋で煙草を吸うことに苦い顔をされたシャアが、屋上へとガトーを誘ったのだ。・・・・苦い顔をされるのなら一人で行けば良いと思うのだが、どうもシャアはそんな質(たち)ではないらしい。そうしてガトーも、まあ誘われたとなれば一緒に行くかな、という質ではあるらしい。・・・・・ともかく二人は屋上に立っていた。
「考えてもみたまえ。いや、思い出してみたまえ、自分が十九歳だった頃を。・・・・もちろん君がそのことについて、非常に考えたくない事を私は良く知っている。知ってはいるが、それに賛成はしないし、逆に自分の意見を言うことも、また自由だと思っている。だからこそ言うのだが・・・・・・、」
 ここでシャアは、外に向けて、街に向けて、煙草の煙りを吹き出していた身体をひっくりかえしてガトーの方を向いた。・・・・・ガトーは、ただ静かに屋上の真ん中あたりに立っていた。・・・・・・シーツやらなにやらが干された清潔な、それは清潔な物干し場の真ん中に、である。
「・・・・・・君は分かっていない。」
「そんなことはない。」
 ガトーの返事は非常に短かった。・・・・よくよく考えると、妙な光景だった。ここは古都である。京都の街のど真ん中である。そんな中に、二人のフランス人が今屋上なんかで話をしていて、しかも日本語で会話を交わしている。それがまったく妙だった。眼下を見下ろせば、左手の方に加茂川の水面が煌めいているのが見える。
「いいや、まったく分かっていない。理解しようと思えば出来るはずなのに、わざと考えていないんだよ。・・・・十九歳というのが、どんな生き物なのかについて。」
「十九歳というのはただの年齢だ。・・・・その年齢に特化して特徴がある訳では無い、」
「・・・・だからは君は分かっていないと言っているんだ、ガトー!」
 シャアは苛立たし気に煙草を投げ捨てると、品の悪いことに屋上に投げ捨て、更にそれを靴の底で踏みつぶした。・・・・それから、ガトーの非難するような視線にやっと気付いたらしく、小さく「後で拾って捨てる」と付け加えた。
「・・・・相手にしているのは五歳の子供じゃ無いんだ。」
「いや、まったく子供のようなものだ、」
「君はそう思っているかもしれないが、コウ君は別に子供では無い。」
 シャアは二本目の煙草に火をつけながらまるで宣言するようにこう言った。
「そうだ、子供では無い。十九歳、だぞ。・・・・仮にも十九歳の、健康な男が、セックスについて考えない訳がないじゃないか。・・・・・というよりそんなことばかり考えているに決まっている。」
 ガトーは非常に苦々しそうな顔をしたまま、黙ってシャアを睨み付けていた。
「・・・・・それで?」
「なのにそんなコウ君の気持ちを無視し続ける君は本当に人でなしだ、と言わざるを得ない。とても人間とは思えない。」
 ガトーはシャアの台詞の意味を、しばらく考えたようだった。・・・・それからきっぱりと言った。
「コウとセックスしようとは思わん。・・・・今までも思った事は無いし、これから先もずっとだ。・・・・分かったらバカげたことをもうこれ以上言うのはよせ。」
 バカげたことだって!シャアは自分の事では無いのに、頭に血が登るのを押さえられなかった。・・・・バカげたことだって!コウ君を見てたら誰だって思う、どんなにガトーのことが好きなのか、どんなにガトーのことばかり考えているのか、どんなにガトーに触れたいと思っているのか、十九歳というのは・・・・いったい、いったい、どんな生き物なのか!
「そうやって綺麗ごとばかり言っているといい、たいした問題でもないのに・・・」
「たいした問題だ、自分の価値観を勝手に人に押し付けるな。」
 そう言われてはシャアも言い返さざるを得なかった。・・・・ガトーの言う『自分の価値観』とは、あっさり寝ている自分とアムロの事を言いたいに違い無い。ああ確かに、自分は欲望のままにあっさり男とすら寝ている。だがしかし、その方がよほど自然な行動に思えた・・・・目の前にいるこの男の、異様なまでのストイックさに比べてみたら!
「・・・・自分の価値観ではない、一般的な話をしている!・・・・十九歳なんて、セックスしたくてしょうがなくて当たり前の年齢だ、という話をしているんだ!」
 ガトーから返事は無かった。なので、二本目の煙草をふかしながら、シャアは勝手に先を続けた。
「ああそうだ、君以外の世界の全ての人間に分かっていることだろう、コウ君がどれくらい君のことを好きかなんて・・・・どんな気持ちで君を見ているかなんてな!なのに君は、それを一切無視すると・・・・理解もしないという、ん・・・・・」
 そこで、シャアの身体は宙に浮いた。・・・・・一瞬、何が起こったのか分からなかった。・・・・ただ、二本目の煙草はシャアの唇から離れて、ぽとり、と屋上に落ちた。





「・・・・私がどれだけコウのことを考えているか、どれだけコウを大事に思っているか、どれだけ・・・・・・どれだけコウのことを抱き締めたいかなんて・・・・・貴様に分かるものか・・・・・!!」





 ・・・・・・・ガトーが本気でシャアの首元をねじ上げていた。屋上の柵に押し付けられて、シャアは一瞬、自分の人生もここまでだろうかと思った。・・・・・屋上から突き落とされても、このままねじり上げられても、どっちにしても死ねそうだ。・・・・・人の恋路に口をつっこんだせいで。日本では、こういうのをなんとかというんだ・・・・正確には忘れたが・・・・・ともかく、最後は、地獄行き、だったか?
 ・・・・・だが有り難いことに、ガトーはやがて自分がシャアを絞め殺しそうなことに気付いたらしかった。そして手を離すと、軽くむせているシャアに向かってこう言った。
「・・・・・・煙草をよこせ。」
「・・・・・・何だって?」
 意味が分からずシャアは聞き直した。目の前ではガトーが少し屈み込み、そして唸るような声でもう一回こう言うところだった。
「・・・・・・煙草をよこせと言った。」
「しかし君、煙草なんか吸わないだろう・・・・・」
「『十九歳の気持ち』になって考えろと言ったのは貴様だ!」
 ・・・・・・ひどい恋もあったものだ。・・・・・シャアはそう思った。そこで、三本目の煙草をくわえて火をつけると、そのままガトーの口につっこんだ。
「・・・・・・・なんだ。吸えたのか。」
 シャアは屋上の柵にもたれ掛かって、ずるずると座り込みながらそう言った。
「・・・・ああ、」
 ガトーが答えた。
「・・・・・・・・十九歳の頃には吸っていた。」







 ・・・・・・・ひどい恋もあったものだ。







 そしてその挙げ句に、自分は殺されかかった上に地獄行きだ。・・・・冗談じゃ無い。シャアはもう関わるものか、と思った。さっさと立ち上がって、先に部屋に戻ろうと思った。・・・・・なによりも、
「・・・・・・・・・・・」
 (最後に少しだけ、屈み込んだままのガトーの頭に触れる、)





 なによりも、泣いているガトーの姿など金輪際見たく無いと思った。・・・・・・吸い殻を拾ってくるのを忘れたな、とよほど経ってからそう思った。


   






2005/01/19




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