冷え込む季節になった。冷え込む季節となったら、これはもう散歩をするしか無い・・・・と、アムロに言ったらとても変な顔をされた。『信じられない!』って顔だ。でも、俺は構わず後を続けた。
「つまり、夜とか、急に散歩したくなるだろ・・・・・寒いとさ。」
「・・・・信じられない。」
アムロは今度は、声に出してそう言った。・・・なので、なるほどアムロには信じられないのだ、と昼過ぎの教室で俺は思ったきりだ。思ったけれど、納得はしなかった。じゃあ、寒い夜にはどうするんだよ、とアムロに聞くと、アムロは何故か言葉を濁している。・・・・あぁ。今度は納得できた・・・・というか、アムロが寒い夜に何をするのかがなんとなく分かった。分かったけれど、あまり聞きたくはないな、とも思った。
ともかく、寒い夜には散歩をするしかない、という話だ。散歩もいいけど、もちろん走るのもいい。そう俺は思っていたから、その日夕飯にたらふく鍋を食べてから(ちなみに鱈の水炊きの鍋だ、豆腐やネギも入っていた)、ガトーに言った。
「なあ、今晩は寒いから・・・・・」
「ああ。」
ガトーときたら、まったく気のきく性格なのだけど、その晩は何を思ったのか湯たんぽを取り出した。それも、俺の話の途中でだ!そして戸棚から取り出して来たそれを、自信満々に掲げてみせた。
「湯たんぽならここにある。」
「・・・・・・・・いや、そうは言って無いんだけど・・・・・・。」
するとガトーは湯たんぽを持ったまま、難しい顔をして考え込んでいる。湯たんぽを持って考え込むフランス人を見たことがある人間はあまり居ないと思うが、それはシュールな光景だ。しばらく眉間に皺を寄せてから結局、ガトーは湯たんぽをテーブルに置いて、かわりにマフラーを持って来た。
「分かったぞ、散歩だな?」
「そう、」
そこで俺達は散歩に出かけることにした。
冷え込む季節の夜の散歩だ。もともと俺とガトーはよく散歩をする・・・・もとい、良く歩く。俺の家からガトーの留学生会館までも、留学生会館から駅までも、駅から大学までも、どれもちょっとした距離があった。そこで、俺達は京都に住んでいるので、寺町通やら鴨川の河原やらを、やたらと歩くことになる。
「・・・・寒いな、雪が降るかな。」
そう言えば、今年は雪が遅くてまだ一回も降って無い。・・・・そう思った俺がそう言うと、ガトーが答えた。
「すると電車が止まるな。・・・・京阪の方が。」
市営地下鉄は地下鉄だから止まらないのである。結局河原に来ていた。今は暗くて良くは見えないが、向い側の岸にそって、京阪鉄道が走っているはずである。
「京都の電車はよく止まるよな。・・・・石川の電車はあんなに止まらねぇ。少しくらいの雪なら走る。」
「・・・石川の方が雪は降るのか?」
「多分ね、でも、俺『雪の兼六園』とかは見たこと無いな・・・・」
透き通った空気の綺麗な晩だった。結構な大都市である京都の星空がそう綺麗なわけでも無かったが、俺とガトーはぽつりぽつりと、話ながら歩き続けた。・・・・・冷え込む季節になった。冷え込む季節となったら、これはもう散歩をするしか無い。なにより気持ちがいい。・・・・そして心が落ち着く気がする。
「・・・・・でも、アムロは寒い夜に散歩なんかしないんだってさ。」
「なんだと?」
急にアムロの話をし始めた俺の会話の意味が分からなかったらしく、ガトーが聞き直して来た。そこで、俺は今日の昼過ぎに、アムロとどんな会話をしたのかをガトーに説明してやった。
「・・・・・そりゃ、アムロは他にやることがあるんだろう、寒い夜に。」
ガトーもすぐに意味が分かったらしく、軽く首をすくめる・・・・・俺も、マフラーを巻いた首をすくめた。
「そうそう。・・・・俺もそう思った・・・・・でも俺は、寒い夜にセックスなんかしないから、そしたら散歩するしかないだろ。」
ガトーが立ち止まるのが分かった。
それで俺も立ち止まった。・・・・マフラーがずり落ちて来たので、しょうがないから巻き直した。俺はいつも適当にマフラーを巻くのだけれど、ガトーはそれが気に食わないらしく、いつも俺のマフラーに文句なんかを言って来る。見れば、ガトーは実に外国人らしく、綺麗にマフラーを巻いている。きっと、シャアさんも同じように綺麗にマフラーを巻けるのだろう。フランス風の巻き方がああなのかな。・・・・・・冷え込む季節になった。冷え込む季節となったら、これはもう散歩をするしか無い。でないと、妙なことばかり考えてしまって大変だ。
「・・・・・・お前、そのマフラーはもうちょっとなんとかなら無いのか。」
ほらみろ。・・・・案の定、ガトーは俺のマフラーにケチをつけてきた。
「これで、この巻き方で十分、役にたってるよ。」
「ダメだろう。・・・・まったくダメだ。」
そう言って、ガトーはへんな顔をして、俺のマフラーの片端を掴む。・・・・適当な巻き方のマフラーはあっという間にほどけて、俺はマフラーで繋がれているような感じになった。
「・・・・・なんだよ。」
「散歩だ。」
あ、そう。・・・・ガトーがマフラーの端を離さないので、じゃあもういいや、というわけで俺は歩き出す。ひどいことに、もう四条大橋あたりまで歩いて来ていた。出町柳からだ。四キロは歩いているな。・・・・・・冷え込む季節になった。冷え込む季節となったら、これはもう散歩をするしか無い。でないと、妙なことばかり考えてしまって大変だ。・・・・・多分今も考えてる。
少し歩いてから、唐突に気付いた。
「・・・・・なあ、ちょっと。ガトー、これ散歩っぽくないか?」
「散歩だろう。」
いや、それは確かにその通りだ!・・・だけど、俺が言いたいのはそう言うことじゃ無くて、つまり、マフラーの片端を掴まれた俺がガトーの前なんかをてくてく歩いていたら・・・・・、
「・・・・・・いや、違うんだ、『犬の散歩』っぽくないか!?」
「犬の散歩じゃ無かったのか。」
殴り掛かろうかと思った。・・・・いや待て、それはやめておこう。・・・・・・冷え込む季節になった。冷え込む季節となったら、これはもう散歩をするしか無い。でないと、妙なことばかり考えてしまって大変だ。・・・・・だから、夜歩くのだ。だからこそ、夜歩くのだ。・・・・・散歩をするしかないから俺達は散歩をするんだ、分かるかアムロ。
「・・・・・念のために聞くけど、俺が犬か?」
「もちろん。そしてこれがリード。」
ガトーがマフラーを軽く引っ張る。・・・おかげで俺は後ろにつんのめりそうになった。・・・・・頭を冷やすために、
「・・・・・・そんなに、」
・・・・・だから夜、歩くのに、
「そんなに俺を離したく無いのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ。」
大変だ、寒い冬だから。
大変だ、寒い冬だから。
大変だ、寒い冬だけど、でも、きっと寒いからこそ頭に血が登りそうになっても我慢が出来る。・・・・・俺は深く息を吸い込んだ。・・・・・そして吐いた。
冷たい空気の中で、それは『白いなにか』となって空へと消えて言った。
大丈夫だ、寒い冬だから。
大丈夫だ、寒い冬だから。
きっと大丈夫だ、だから俺達は散歩をするしかない。
「・・・・・・・・家に帰ったら・・・・・・・・」
「何だ?」
そうか、ビニール袋とスコップを持ってこなかった、トイレは家に帰ってからにしてくれ、などとまだガトーは軽口を叩いている。
「家に帰ったら・・・・・・・・・・・、 。」
言葉に出来なかった何かが、たとえようもない『白いなにか』が、氷点下の星空に消えてゆく様を俺はただ阿呆のように、
ガトーに繋がれたまま見上げていた。
・・・・・こんな恋はいらない。
|