関西にある、その某私立大学の学園祭は『EVE祭』と呼ばれている。読み方は、『イブさい』だ。・・・・なんだそのへんな名前は、と思われること間違いナシだが、確かに駒場祭(東大)、三田祭(慶応)、早稲田祭(そのまんまだ!)などに比べるととびきりヘンだ。
「・・・・だって、創立記念日の前に『前夜祭』ってカンジでやるからさ。」
「・・・・なるほど。」
クリスマスの前の日だからクリスマス・イブ、というのと全く同じ理論で、同志社の誕生日(創立記念日)の前だから『同志社EVE』である。とはいっても、盛り上がっているのはごく一部の学生達だけで、一週間もの長期に渡って講議が休講になるこの時に、ここぞとばかり好き勝手に過ごす学生も多かった。二万人も学生がいる総合大学、というのはそんなものである。・・・・たとえば実家に帰省してしまったり、たとえばそろそろ航空運賃が安くなる十一月なので海外旅行に行ってみたり。
「・・・・で、まあ、剣道部は焼そばの露店をやるんだけど・・・・なんかユニフォームが『学ラン』なんだってさ!・・・これ、これ。」
さて、そんな学園祭前の大学の構内を、コウとガトーは歩いていた・・・・・正確には、コウが人目もはばからずに大きな紙袋から何かを取り出そうとしていた。もちろんガトーはそれをピシャリと止めた。
「後にしろ。・・・・家に帰ってからだ。」
「・・・・えー・・・・」
コウは少し不満そうだったが、それでもEVE祭のポスターがべたべた貼られた今出川校地からさほど遠くは無い留学生会館まで、袋の中身をガトーに見せるのは我慢することにしたようだった。
「うわっ・・・・そうそう、コレ!学ラン!!うわー、懐かしいー、俺中学生の時制服が学ランでさー・・・待ってろよガトー、今見せてやるから!」
「・・・・・いや、別にいいが・・・・というか、中学生の時の制服が今でもまだ着れるのか?ちゃんと食べているのか?」
「ちがうチガウ、これ俺のじゃないし。・・・・主将がどこからともなく調達してきて、みんなに配ってさ・・・・借りたんだろうな、多分。」
ガトーはどうでも良かったのだが、コウは『学ラン』を着る気まんまんのようだ。どう止めても着替えを始めそうな気配だったので、勝手に自分はお茶を煎れることにした。
「主将は、私には『学ラン』を着ろ、とは言わなかったぞ?」
もちろん学園祭の露店ではガトーも焼そばを焼く予定である。体育会系はそのあたりは厳しい。
「・・・・そりゃそうだろ、サイズが無いよ!ガトーの着れる『学ラン』なんて既製品である訳ないよ!氣志團に借りてもムリだよ!」
コウは意味不明なことをつぶやきながら、非常に楽しそうに着替えているらしい。緑茶ならきちんとお湯を沸かした方がいいな・・・・と、ガトーはいったんポットに延ばしかけた手を止め、ヤカンを取りにキッチンに向かった。コウは「俺、今日ちょうど白いシャツで良かったよー」などと言いながら着替えを続けている。
「・・・・どうだ!着てみた、ガトー!『学ラン』!!・・・・・って、あっ!」
ガトーがヤカンを手に取った時、気付いたような声がした。
「っていうか、ガトー・・・・『学ラン』ってなんだか知ってるのか?」
「いや、それくらいは知っているが・・・・・・主に、日本では中学生の男子が着用する制服の一種だろう。町を歩いていれば見ることもある。・・・・が、まあ確かに何故『学ラン』というのか、『学ラン』の語源はなんなのか、などは知らないが・・・・」
ガトーはヤカンを火にかけ、キッチンから部屋に戻って来た。見ると、コウは嬉しそうに『学ラン』を着て何故か胸を貼っている。・・・・何故威張る?ガトーは思った。あと・・・・本来が中学生の制服にしては、あまりに違和感がナイな。・・・・・いや、今のコウが満面の笑顔で、大学生にもなって、それを着てもだ。まったく嬉しそうにコウはそれを着ている。・・・・・ちゃんと食べているのか?まったく子供みたいじゃないか!!・・・・ガトーはもう一回そう思った。
「『学ラン』の語源?・・・・そんなのは俺も知らないなぁ・・・・うっ、クソ!この『学ラン』、ちゃんとカラーがついてる・・・・痛い・・・・」
コウは嬉しそうに『学ラン』を着ていたのだが、いわゆる詰め襟の、カラーの部分が痛いらしい。で、あっという間にホックを外して、前をはだけてしまった。
「これ。・・・・この白いのが、プラスチックで痛いんだ・・・・こんなの、すぐ外しちゃってたよ、中学生の頃。始業式とかにしかちゃんとしなかった。」
コウが詰め襟の内側にあるカラーを指差しながら言う。しかたがないので、ガトーもそれを覗き込んだ。
「確かに、あまり楽そうな服装には思えんな。・・・・制服にしては。」
「あと・・・・これ、やっぱ主将がどこかから借りて来たんだな。名前が書いてある・・・・『村越』だってさ。ふーん、この『学ラン』、村越って人のだって。」
コウがそう言って、内ポケットにある縫い取りを指差すので、ガトーは更に覗き込んだ。・・・・というか、面倒臭いので『学ラン』の前立てを掴んだ。
「・・・・そうだな。きちんと仕立てのスーツのように名前を入れたりするのか。」
「そうだなー、俺も中学に入学するので制服作ってもらった時、入れて貰った気がする、『浦木』って・・・・・」
そのとき、部屋のドアの開く音がした。
「・・・・・来たぞ。」
「勝手に入れ。」
「おじゃましまッス。」
断った瞬間にはもう顔が覘いていた。・・・・・シャアである。後ろから、アムロの茶色い頭も見える・・・・・と、何故かシャアとアムロの二人は、部屋の入り口で足を止めた。
「あ、いらっしゃーい、アムロ、シャアさん!!・・・・晩御飯まだみたいなんだよ。」
「・・・・・・どうした?」
・・・・・コウとガトーが話しかけるのだが、何故かシャアとアムロは固まったままだ。二人は部屋の中の光景を見て考え込んでいるようだった。・・・・つまり、『学ラン』を着たコウと、着替えるために脱ぎ散らかされたコウの服と、それからコウの『学ラン』の前立てを掴んで内側を覗き込んでいるガトーを、だ。
・・・・・素晴らしいタイミングで、ヤカンから沸騰を知らせる音がした。
「・・・・・・・いや、人のことにどうこう言う趣味は無いのだが・・・・・・」
よほど経ってから、シャアが丁寧に右手を上げてこう質問した。
「・・・・・・・ガトー、君はこういうのが趣味なのか?」
・・・・・・・更によほど経ってから、ガトーはヤカンを火から降ろすことを思い付いたらしい。
「・・・・・・待て。・・・・・待てシャア、つまり貴様が言いたいのは、つまり・・・・・」
ガトーはブツブツ呟きながらヤカンを救出に向かう。・・・・・余計な事を!と言わんばかりに、アムロが頭を抱えてシャアを肘でつついた。シャアはいたって真顔でこう続ける。
「・・・・・どうせ着せるなら、セーラー服の方がいいと思うのだが!!」
次の瞬間にはアムロの回し蹴りがシャアに決まった。
さて、シャアがその日の夕食に無事ありつくことが出来たのか、コウが文化祭の露店で活躍したのか、アムロがどこからともなく『セーラー服』を入手してきたシャアをもう一回蹴り飛ばすことが出来たのか、などはすべて本人達のみが知ることである。
|