フランス人だからケーキはショートケーキじゃないだろう、というのは一体誰の入れ知恵だったのか。
ともかく、じゃあ、その辺のケーキ屋で買ったんじゃ駄目だな、と言ってしまったのはこの口か、とアムロは自分の失言を噛みしめていた。
立ち読みした雑誌でチェックした美味しいと評判のケーキ屋のショーケースの前で女の子に混じって、コウはもう十分挙動不審な程の時間悩み続けていた。一緒に着いてきたアムロなど、居心地が悪くなって既にそわそわそわそわしている。
なんていうかこう、おしりがむずむずするような感じで落ち着かない。男二人でケーキ屋、別におかしくないと言えばおかしくない光景なのだが、来ている目的をなまじ承知しているアムロとしては、誰も聞いていなくても気にしていなくても、後ろに並んで待っている女の子に言い訳がしたいような変な気分なのである。
違います、俺達べつに、怪しくはないんです。高々男が男にバースデーケーキを買うのに、こんな真剣に眉根に皺寄せて、死ぬほど考えこんでいるからって。
そのとき、コウがおもむろに口を開いた。
「なぁ、アムロ。」
「おう、なんだ?」
「チョコレートもなんか、違うよなぁ。」
「……おう、違うかもしれねーな…。」
アムロとしてはどっちでもいいような気分だったのだが、確かにチョコレートはガトーっぽくない気がしたのでとりあえずそう返事をしておいた。チョコレートじゃなくてショコラと言われたら思わず頷いてしまいそうだったが。
コウは相変わらずものすごく真剣かつシリアスな表情と口調と雰囲気のままでもう一度聞いてくる。
「タルト、ってガトーだと思うか。」
「……。」
実を言うと、アムロは少し迷った。タルトなら少しはガトーっぽいかもしれない。しかし、「少し」ではコウは納得しないだろう、とあえて言葉を濁す。
「いや…あんまし…ガトー的じゃねーかも。」
「だよな。」
そう一言呟いたきり、コウはまた無言の行に戻ってしまった。後ろに並んでいた女の子は呆れたのかさっさと先に注文して買い物を済ませて店を出ていってくれたのでアムロはホッとする。延々真剣に悩み続けているコウを見かねたのか、店員のお姉さんがアムロに向けて贈り物ですか、と聞いてきてくれた。アムロは半端な笑いを浮かべながらええそうです、と返事をする。
「でしたら、ホールケーキでご用意出来るものはこちらの季節のフルーツのタルトと、ジェノワーズのみとなっておりますが…。」
その店員さんの言葉に、コウがえぇっと悲鳴のような声を上げた。
「それだけしか選べないんですか!」
「なにぶん、当日でございますので…前日までにご予約頂ければ、どのケーキでもご用意できるのですけど。」
そんな、と呆然としてよろけるコウを慌ててアムロが支える。
アムロは恥ずかしかった。途轍もなく恥ずかしかった。…が、十一月の自分とシャアの誕生日には覚えていたらまたここでケーキを買ってもいいかなと思っていた。ちゃんと前の日に電話をかけて、名前とかローソクなんて抜きで、シャアの好きなミルフィーユを。
それはともかく、今はコウだ。
「コウ、大丈夫か、気をしっかり持て!」
「アムロ、どうしよう、タルトとジェノワーズしか選べないって。」
その言葉に、アムロはコウはさっき確かタルトはあんまりガトーっぽくないと言ってたなと思い出した。
「だったらジェノワーズでどうだ?よくわかんねーけど、なんかガトーっぽくないか?」
「…ガトーっぽい?」
ああ、俺達って男同士でケーキ屋で掛け合い漫才ってすごくいけてねぇ、とアムロは思いながら力強く請け合う。
「おう、なんかすげーガトーっぽいと思うぞ。」
「じゃあ、ジェノワーズにしようかな…。」
コウが呟いたので、店員さんがそこですかさずもう一度聞いてきた。
「クレームシャンティとショコラとどちらに致しますか?」
ショコラってチョコレートだよな、とコウは思った。なので二択の内選択肢が一つ消えて、ひとつきりしか残らなかった方を選ぶ。
「じゃ…。クレームシャンティの方で。」
「かしこまりました。」
店員のお姉さんはにっこりと微笑んで、ショーケースからホールのケーキを取り出した。
それは、見まごう事なき正真正銘どこから見てもショートケーキ、だった。
しかし、なんだかがっくりして今更反論する気も訂正する気にもならなかったコウとアムロの二人は、そのケーキに「アナベル・ガトーさん、お誕生日おめでとう」などというこれもなんだか半端なメッセージのプレートを着けて貰って携えてガトーの部屋に行ったのだった。
ガトーの誕生日なのに、ガトーに料理を作ってもらうのもどうなんだろうともアムロは思ったが、これ以上コウにショックを与えるのも気が引けるので、それは敢えて口にしなかった。
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