2004/08/09 初出

 ばらいろ小咄。『かわ』

 珍しいと言えば珍しいし、珍しく無いと言えばべつに珍しくも無かったのかもしれないが・・・・その日、京都市内にある留学生会館には三人の人間がいた。ガトーと、コウと、それからアムロである。
「・・・・・あー、ダメだ。準備してる音を聞いていただけで腹減って来たよ、俺。」
「それは減り過ぎだろ。ちょっとダメだろ、それは。」
「あー、だってさぁ・・・・」
 コウはいつものように勝手に上がり込んでこの部屋にいたし、アムロはガトーに作ってやった自作パソコン『ハロ』の様子を見に来ていて、この部屋の本来の住人であるガトーは・・・・いつも通りに、夕食の準備に取りかかろうとしていた。三人で食事をとることは珍しく無いのだが、大学ではなくこの場所で、つまりガトーの家で、というのが少しだけ珍しかったのである。
「ガトー・・・ガトーあのさ、もうちょっとこまめにアップデートしないとダメだって。ソフトをさ。」
 アムロはガトーの机の前に陣取り、さっきからずっとカチャカチャとパソコンをいじり倒している。
「ウィルスとかスゲーんだからさ、せめてIEだけでも・・・・・・コウも分かってんだろ、なんとかしてやれよ。」
 アムロがまるで独り言のようにそう言うと、自分のものではないベットに寝転がって雑誌を読んでいたコウから律儀に返事が返ってきた。
「・・・・俺、ハロには触らない。」
「・・・・・子供。」
「同い年だろ、俺とアムロは!」
「はいはい、子供。」
 このガトーのパソコンは紆余曲折があって、結局アムロが作ることになったのでコウはそのことをまだ根に持っているらしい。なにおぉおお!!と言いながらコウは起き上がりかけたが、やっぱり気が変わって、それは止めたようだった。
「・・・・・あー、ダメだ。本当に腹が減って動けない・・・・」
「それは減り過ぎだろ。だから、ちょっとダメだろ、それは。」
 アムロがもう一回そう答えると、今度はコウがへんな叫び声をあげた。
「・・・・・なんだよ。」
 振り返って見ると、コウが雑誌を指差して、アムロを手招いている。・・・・よし、まあ大体のソフトは最新版にアップデートしたから、しばらくは大丈夫だろ。そこでアムロは『ハロ』の電源を落とすと、ベットに寝転がるコウの方へ向かうことにした。

 ・・・・・台所からはジャアジャアと、なかなか景気のいい音と、それから香ばしいにおいがただよってくる。

「これこれ。・・・・この犬、俺の実家の飼ってるヤツと同じ!」
「へー・・・コウの実家って犬飼ってるんだ。金持ちだな。」
「はあ?ふつうだろ、犬は・・・・」
 アムロが座る場所を作るために、コウがベットの上で起き上がる。真ん中に雑誌を開いて、両側に二人であぐらをかくと、なんともちょうどいい感じだった。
「・・・・あ、今日は中華だな!!中華の音がする。」
「音で分かんのかよ。それを言うならにおいだろ。・・・・この犬、なんていう犬??」
「ビーグル。」
 コウが指差したページには、白黒茶の三色の犬が載っていた。
「うちの犬可愛いんだぞ・・・・もうだいぶ老犬だけど。今度アムロも石川に見に来いよ。」
「名前なんてーの。コウんちの犬。」
「名前?十兵衛。」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・ちょっとまて、ビーグルなんだよな、犬?この、この写真の犬だよな?」
 アムロは一応もう一回確認した。コウは力一杯うなづいて、もう一回答えた。
「そう、ビーグルだよ、うちの犬。名前は十兵衛。・・・・じゅうべえ。」
「・・・・・変じゃねーの、それ!!シブすぎだろ、その名前・・・・!!」
 アムロがそう叫んだとき、ガトーが大皿と中華鍋を持って台所から出て来た。
「えー、そうか??いい名前じゃんか、十兵衛!すごく大事な名前なんだそ、うちの家では!!」
「はぁ?わけ分かんねぇよ、説明しろよ。」
 ガトーはそんなコウとアムロの会話を聞いているのか聞いていないのか、ともかくテーブルの上に料理を、手際よく並べてゆく。・・・・ある意味すげえな、コウの耳は!!本当に中華である。
「じゃあ説明してやるからよく聞けよ!・・・・あのな、俺の家は、曾じいちゃんの代まで、ずうーーっと『十兵衛』って名前を長男が継いで来たんだ。」
「はあ!?・・・・歌舞伎でもないのに、そんなのあるのか??」
「あるんだよ!だから、ずっと長男は『十兵衛』って名前をつけることに決まってたんだ!・・・・だけどさ、曾じいちゃんには、俺のばあちゃんしか子供がいなかったんだよ。だから、ばあちゃんがお婿さんをもらって、それがじいちゃんなんだ。・・・・だから、『十兵衛』はいなくなっちゃったんだ。」
「・・・・そりゃ、大変だな。」
「大変だ!・・・・ところが、ばあちゃんにも俺の母さんしか子供がいなかったんだ!だから、やっぱり『十兵衛』はつけられなかったんだ!!・・・・・こう考えると、『十兵衛』ってすごい名前だろ?大事に思ってみんなでつけたんだぜ、犬に。十兵衛って。」
「・・・・・・・・・・・・なるほど、いや・・・・・まてよ?」
 見ると、テーブルの方ではほとんど夕食の準備が出来上がったらしく、ガトーが細かい配膳を仕上げにしている。
「・・・・まてよ、コウ。・・・・今の話だと、長男は絶対『十兵衛』なんだろ。」
「そうだけど?」
 コウは分かって居ないらしい。しかし、アムロは疑問に思ったのでこう聞いてみた。
「・・・・・それじゃさ。なんでコウは『孝』・・・・なんだよ。長男だろ?・・・・・『十兵衛』じゃなくていいのか?」

 ・・・・・・・・・!!!

 コウは思わず手を打った。・・・・・言われればその通り、である。・・・・どうして自分は、二代ぶりの・・・・『十兵衛』にならなかったんだろう!!??
「・・・・あれ?本当だ、なんでだ・・・・???」
「時代に合わないから止めたのかな。・・・・まあ、それならビーグルが十兵衛でも諦めるよ、もういいよ、なんとなく。」
 アムロはそう言ったのだが、コウは納得しないらしい。
「あれっ・・・・どうしよう、俺『十兵衛』になった方が良くねぇ!!??・・・・あれっ・・・・!!」
 ガトーがちらり、と二人を見た。大皿に八宝菜を盛り付けているらしいから、そろそろ二人とも呼ばれることだろう。アムロはそう思ってテーブルに向かおうとした・・・・が、コウはまったく気にしていなかった!!そして、思いきりガトーにこう聞いた。
「・・・・・ガトー!・・・・俺、『コウ』って名前と『ジュウベエ』って名前、どっちがいいと思う!!・・・・大変だ!」
 ・・・・別に大変じゃないだろ。アムロはそう思って呼ばれる前にさっさと椅子に座った。ガトーは興味もないようだったが、盛り付けを続けながらごく普通に返した。
「・・・・そうだな、それはどちらかを選べと言われたら、『コウ』の方がかわ・・・・・・・」
 ・・・・・・・ハッ、と無意識に口にしていた台詞に気付いたように、ガトーはそこで口をつぐんだ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・かわ?



「・・・・・・かわ?」
 コウは意味が分からない、というように顔をあげてガトーを見る。・・・・・ガトーはと言ったら中華鍋と菜箸を持って、固まったままであった。
「・・・・かわ?」
 アムロはテーブルで既に席についていたので、コウより間近でガトーを観察することが出来た。・・・・いや、かわ?・・・・・かわ?・・・・・いや、まてよ、そうじゃない。「かわ」の続きはアレだ。・・・絶対そうだ。・・・・・・・これは、
「『かわ』ってなんだよ、ガトー!!分からないだろ、俺が変名するかどうかの大問題なんだぞ!!??」
 コウはベットを飛び下りると、テーブルに急いでやってくる。いや、そうじゃねぇ。・・・・アムロは思った。・・・・こんなに必死に実際に言いかけた台詞とは別の台詞を日本語でヒネり出そうとするフランス人を初めて見る。・・・・・そう思いながらガトーを眺めた。
「いや・・・・だから・・・・・」
 ガトーが遂に言葉を発した。・・・・まったくポーカーフェイスのままで、ぱっと見ただけでは動揺しているとは、とても思えなかったが。
「だから!!??」
 コウが椅子に座りながら詰め寄る。・・・・すると、ガトーは結局こう言った。
「・・・・・『コウ』の方が変わっていて、良いのではないか?」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・かわ!



 さて、本当のところ、ガトーが何を言おうとしたのかは謎のままである。コウはなにやら、「変わってないだろ、『十兵衛』の方が今じゃ珍しいだろ、時代劇見過ぎなんだよ!」などと大声でガトーに叫んでいたが、ともかく三人で夕食を食べ始めることにした。・・・・まったく。

 まったく目も当てられないくらいラブラブなんだぜ、と、こんど十兵衛に会えたら言ってやろう。・・・・アムロはそう思った。でも、ビーグル犬の十兵衛にはいつ会えるか分からないから、とりあえず家に戻ったらシャアに話してやろう。・・・・・・・・そうだ、話してやろう。かわ、の話を。


   






2004/08/09




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