2004/07/22 文責:雨野とりせさん

 ばらいろ小咄。『かたぐるま』

「血、血ぃ下がる、血っ!!」


 アムロは叫びながらじたばたと手足を動かした。
 途端、宙を切っていた左腕がぱしっと掴まれる。武道なんかをやっていらっしゃる人間は全く動きに隙がない。
「じっとしていろ、すぐそこだ」
 ぴしっと言い放たれ、生真面目で責任感過多な銀髪の男が絶対に!確実に!離しても降ろしてもくれないだろう気配を残念ながらそれでアムロは敏感に感じ取った。
 ああ、ただでさえ京都の夏はアツイのに体力削らせてくれちゃって。


 アムロの世界は現在見事に天地が逆転していて、頭の上には大地があって足の先にはきっと大空が広がっている。
 ついでに血も当然上がったり下がったりしている。
 赤くなったり青くなったりしながらアムロが暴れるから。
 つまり、まとめて解説するとアナベル・ガトーの肩に荷袋宜しく担ぎ上げられているのだ。それこそ小麦粉の袋かコメダワラかなにかを運ぶあの勢いである。
 人間の運び方としては色気としては最低ランクだろうが、小柄で軽いアムロをほんとうに「ひょい」と気楽にお手軽にガトーが担ぎ上げるのには実に最適かつ最短の方法であった。
 もっとも。
 今まで隣を歩いていたはずの人間にいきなり「ひょい」と空中に吊り上げられた方は堪ったものではなかったかもしれないが。
 歩くだけの振動の規則正しいリズムで動き出したとき、不覚にも一瞬アムロはうわ楽ちんかも、とは思ってしまったのだけれど。
 それでも一応人目がこれだけある以上、コウとシャアに誰からチクリが行くか分からないので。
 アムロは暑いなぁもう、このままだらっとしたら最高だろうなぁ、と思いながらガトーの肩の上でひととおり暴れてみせるのだった。情けなく逆さまにだらんとぶら下がったままで。
 メインは一応コウ向けだ、多分。シャアはどうせアムロが抵抗していようがしていまいが夏に負けないほどこんがり妬くんだから、今更一緒だ。ガトーの肩の上に乗っちゃった時点で。
 はぁあ、とアムロは溜息をついた。そして思い出したようにまた足をじたばたさせた。
 本日のアムロはハーフパンツで足をじたばたさせるには丁度いい。
 そうすると今度は空いた手で左足の膝の裏を掴まれた。ひゃああ。
 くすぐったいような妙な感覚に、びくんと肩の上で跳ね上がる。
 身体を支えようと思わずガトーの着ている白い綿のシャツの背中を掴んだ。落ちる、落ちるって!
 ガトーも君は殆ど吊り上げられた魚だなと諦めたように溜息をつき、ぴちぴち跳ねる落ち着きのないアムロに言い聞かせる。
「いいから、黙って担がれるのだな。君は軽い熱中症を起こしかけている。医療センターはすぐそこだ。医務室もな」
「医務室って、イムシツって、ねぇ!?ガトー、俺本当に大丈夫だから、歩いていけるから!」
 だから降ろしてよガトー!、とアムロは辛うじて自由な右手と右脚をばたつかせる。これぞ正しく青少年の主張。
 これで勢い余って落っこちでもすればキャッチ・アンド・リリース完了で結果オーライなんだけれども。
 お生憎様、アナベル・ガトーという男の体躯は実に素晴らしく鍛え上げられていて無駄がない。
 ついでに安定感も申し分ない。ちょいとアムロ一人を肩に引っかけてすたすた歩くくらいには。


 全く、武道なんかをやっていらっしゃる人間は。


 憮然と白旗を揚げつつ、アムロはガトーに尋ねてみた。
「なぁ、ちょっとガトーに聞きたいことあんだけど」
「なんだ」
「コウが相手でもこうやって担ぎ上げるわけ」
 ガトーはちょっと眉間に皺を寄せて考え込んだ後、真剣な顔で付け加えた。
「コウは担がないな」
 それ以上のことはガトーが何も言わなかったのでアムロもうっかり聞きそびれてしまった。ようやく見えてきた医務室を逆さにぶら下がったガトーの脇越しに発見して心底ホッとしたのもあったし。
 医務室のいい年のオバサンが白衣の天使に見えたのも初めてだった。
 ええ、ていうかそもそも初めてでしたとも、医務室なんて所に行くの自体。つか、厚生館保険センターなんて建物ももしかしてハジメテ立ち入りましたけど。
 そんで、前髪の短いオデコに冷え冷えなんとかいう冷却ジェルシートをぴたりと貼られて帰されたのだった。大騒ぎでやって来た挙げ句の熱中症の治療、それでお終い。
 なんだか担がれ損のような気もちらりとするアムロだった。ガトーが担ぎ損だと思ったかどうかはやっぱり聞かなかったから知らない。




 そしてそして更に後日、やっぱり流れてしまった噂をどういう風に伝え聞いたのかコウはガトーに白昼堂々ギャラリーの多い校内で「アムロだけじゃなくて俺にもかたぐるまをしろ、ガトー!」と迫り。
 アムロはアムロで、「ところで君はガトーにお姫様抱っこで運ばれたというのは、本当かね?」と表情だけは相変わらずお綺麗なのに目だけやけにぎらりんと底光りさせた、京都盆地の夏よりも蒸し暑くねばっこく熱されたシャアに詰め寄られる羽目になってしまった。
 ああもう、と担ぎ損と担がれ損の二人組が同じようにうんざりしたことは間違いない。ああもう、ただでさえ暑いのに、京都盆地の夏は!
 お姫様抱っこよりはかたぐるまがいいなぁ俺、と後からむくれたコウに愚痴られた寝不足のアムロは、軽く欠伸をしながらなんとなくガトーの安定した肩とか振動とかを思い出してそう考えたのだった。シャアじゃ無理だな、あれは。


 うん、かたぐるまならすごく空に近くなっていい気分になれそうだ。ガトーってばすげぇ大きいし。


 次回もし万が一にでもガトーの肩に担ぎ上げられる事態に陥ったら、まず荷袋ではなくかたぐるまで、と交渉してみよう、などと連日の猛暑とシャアの猛攻でぼんやりした頭で考える、相変わらずちょっとずれているアムロなのであった。
 ちなみにガトーがコウを運ぶときにどういう風に扱うかのウラキ取扱説明書はアナベル・ガトーの頭のうちに有るだけなので寡聞ながらアムロはやっぱり知らない。それでもってきっと、これから先もずっと知らないままなんだろう。




 そしてコウはなにを恐れたのか日射病になるぞ!とガトーに口うるさく言われ続け、その夏はずっと帽子の着用を義務づけられていたのだった。

   






■とりせさんにもらっちゃいました〜(笑)■

いや、今年の夏は本当に暑いですね・・・ってことで、タイムリーなお話をいただいてしまいました!
書いてくださったのは雨野とりせさんです。ばらいろに寄稿してくださるのは初めての方ですよ。
はい!みなさん、とりせさんのお名前を憶えましょうね。それじゃあ、せーので呼んでみましょう。
とりせさ〜ん、ありがとう〜〜〜(笑)!!
・・・ってことで、本当にありがとうございます、とりせさん(笑)。世の中にはここまで頂き物に
ダメ出しをするサイト管理人がいるのか!!と呆れられてしまったかもしれませんが(笑/ここ二日間ほどの
私達のやりとりは凄まじかったと思います・・・)、私、前のサイトが『頂き物の更新サイト』のようになってしまって、
それに耐え切れずに一回辞めているんですね(笑)。このサイトは、二の舞いにしたくないんです(笑)。
きちんと私の意志が反映されたサイトとして、存在していて欲しいんですね(笑)。なので、こんな過去のある私が頂き物を受け取った
という意味に於いても、このお話はこのサイトにとってターニングポイントになるのかもしれません(笑)。様々な意味で、です(笑)。

・・・・私、自分の描いたイラストにお話を頂いたのって、多分四年ぶりくらいなんですよね・・・(笑)。
なので本当に感動しました。自分はあまりイラストに自信がありません(笑)。アムロも「かわいいのかな?(疑問形)」くらいでしか
描けません(笑)。でも、とりせさんはこのイラストを気に入って下さって、それで書いてくださった、ってことでした。
やだわ、そんなにスイートなアムロを描きましたか、私(爆笑)。ガトーさん男前でしたか(爆笑)。←言ってろ(笑)。
とにもかくにも感動しました(笑)。その昔、朝イラストをアップすると、夜にはそのイラストの小説が届くような
サイトをやっていたんですよ(笑)。そういうコミュニケーションもあったんです、過去には確かに。・・・・だけど思いきり引きこもって、
早三年(爆笑)。すっかり忘れてました(笑)。ええ、すっかり忘れてました、とりせさんがドアをノックしてくださるまで(笑)。

なので、今回のこのお話は、私にとって忘れられない話になることでしょう。読んで下さったみなさまにも、お願いがあります。
かつて、私がやっていたサイトが『頂き物の更新サイト』のようになってしまっていたとき、私にはどうしても耐えられないことがありました。
それは、みなさんが「通り過ぎちゃうこと」に関してです(笑)。毎日更新が続いて、いろんな人が何かをこのサイトに下さっていても、ぜんぜん
何も生まれないんです。・・・・そこから。そりゃあ寂しいことでした。でも、ささいなことで構わないので、みんなで盛り上がったら、
きっとサイトは、そしてインターネットはもっと楽しいのに、ってずっとその頃思い続けていました。だから、今はみなさんが、
私ではない人に対しても足跡を残してくださる、そういうサイトになっていたらいいのにな、って思うわけです。・・・・このサイトがね。
・・・・いや、あくまで希望なんですけどね・・・・(笑)。

ばらいろを好いてくださる方がたくさんいて、その方でしか書けない世界も確かにあると思うんですよ(笑)。だから本当に、今嬉しいです。
今回は、本当にアリガトウゴザイマシタ、とりせさん!!!



2004/07/22




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