大学の構内を一緒に歩きながら、アムロが携帯をいじり続けているので何ごとだろう?と思ったコウは声をかけた。
「・・・・アムロ?何さっきからそんなに必死に携帯いじってんだ?」
「うーん・・・・着信音をさぁ・・・・・」
「着信音?」
授業と授業の合間の、移動時間の事だった。次の授業は工学部の方の建物で、今いる知真館とは少し離れているから、急がないと間に合わない。なにしろ、この大学はバカみたいに校地が広いのだ。1つの山が丸ごと大学の敷地なのである。
「着信音って、誰の?」
自分が急いでいるのに、更にのんびりジーンズのポケットから煙草を取り出して、火をつけようとするアムロにコウは少し苛立った。うえー、遅れちゃうよ授業ー。
「コウの。」
「俺の???・・・・・『サザエさん』じゃなかったっけ、アムロの携帯に俺から電話かかって来た時の着信音。・・・・なんかマズいのか?」
「いっや、別にマズくはねぇけど・・・・・うっがー、やっぱ良く分からないな、めったに着メロのダウンロードなんてやらねぇからなー・・・」
校舎の前の庭を横切りながらも、そう言ってアムロは携帯をいじりつづける。コウは、思わず自分の携帯もポケットから取り出してみた。ええっと・・・・アムロから電話がかかってきたとき・・・・は、ルパン三世のテーマ。最初から携帯に入ってたヤツだ。
「なあ、なんで着信音変えるんだ???」
腑に落ちないコウが、しつこくそう聞くとアムロは急に飛び上がった。
「やった!」
どうやら、着メロのダウンロードサイトに辿り着いたらしい。
「いや、だからさ、マズくはないんだけど・・・・シャアがさあ、もうコウから電話かかってくると『サザエさん』だって知ってるじゃん?」
そして、やっとコウに着信音を変えようと思っている理由を話し出す。
「うん?・・・・そうだな、知ってるんじゃ無いのか?仲良くてよく一緒にいればそりゃ知ってるだろ、みんな。」
「それがさー、最近『サザエさん』が鳴って、電話がコウからだって分かるとさー、シャアのやつ・・・・・・・・」
そこまで言って、急にアムロは黙り込んだ。・・・・・良く考えたら言えねぇーーー!シャアと寝てる時にかかってきた電話がコウからだと分かると、シャアがどうしても電話を取らせてくれねぇだなんて言えねぇーーーー!!!
「・・・・・・・シャアさんがどうしたんだよー。」
黙り込んでしまったアムロを、コウが不思議そうな顔をして見ている。アムロはさんざん考え込んだ挙げ句・・・・ここは、適当にごまかすことにした。コウは、アムロとシャアが寝てしまうような関係なのを知らない。っていうか、普通自分の友人の男同士が寝ているだなんて絶対考えないだろう。いや、俺自身も半年ほど前までは、そんなこと考えてもみませんでした、あっはっはー。
「・・・・・コウ。人生にはいろいろあるんだ。」
そう言って、アムロはコウの肩をポンっ、と叩く。すると、コウは急にこんなことを言い出した。
「そういや、『サザエさん』っていえば、俺この間ガトーと『サザエさん』見てさあ・・・・」
「はあ?」
アムロはダウンロードをする為に携帯のボタンを押しながらそう間抜けな声を上げた・・・・いや、だって『サザエさん』とガトーさん、っていうのがまず結びつかない。というか、相変わらずなんでもかんでもガトーさんの話にしたがるなあ、コウは。
「いや、だからさ、ガトーが『サザエさん』見たことないって言うんだ、あんなに日本っぽいもの無いのにさ!」
「いや、そりゃちょっと・・・・」
よし、ダウンロード終了。後は、これをコウの着信音に設定するだけである。
「日本っぽいったってさ、ガトーさんがやってる日本っぽいとは違うだろ、ちょっとさ・・・・・それで、感想はなんだって?」
あの、非常に牧歌的なサザエさん一家を見てガトーはどう思ったのだろう。波平さんの髪型はあれでいいとガイジンも思うんだろうか。
「うん。感想ね。・・・・・・ガトーったらさ、『サザエさん』見て・・・・・・・」
コウは何かを答えようとしたものの、そこで急に言葉を切る。見れば、二人は工学部の建物の真ん前まで歩いて来ていた。
「見て?」
アムロが建物に入りながら促すと、コウは遂にこう言った。
「うん・・・・・・感動して泣いてた。『これこそ家族の有るべき姿だ!!』・・・・って。思わず俺まで目頭が熱く・・・・いや、別の意味で・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
・・・・それは大変だ。いくら、コウがガトーの事を尊敬して目標にして日々戦っていても、一年に一度くらいは大丈夫だろうかこの人、と思うことも有るのだろう。アムロが見ると、コウは軽く首をすくめていた。
二人は思わず激しい沈黙に襲われたまま階段を登って行ったが、途中で気を取り直したらしく、コウがアムロに聞いて来た。
「で、アムロ。俺から電話がかかって来た時の新しい着信音、何にしたんだ?」
「・・・・ああ。着信音ね。うーん、ボサノバ版とどっちにしようか迷ったんだけど・・・・・」
アムロは、手に持っていたずいぶんチビてしまった煙草を近くの灰皿に放り込みながら答える。
「迷ったんだけど・・・・・・・・『ユーロビート版「サザエさん」』。」
その日、コウはいつも通り部活動の後にガトーの家に転がり込むと、夕食にありつこうとしていた。
「・・・・・あー!!今日はサザエさんの日だ!」
と、急に思い出してコウが叫ぶ。台所で、食事の用意をしていたガトーは、興味を持ったらしくコウにいる部屋の方に顔を覗かせた。
「・・・・そうか。今日はサザエさんの日か。」
そんなガトーに、コウは少し悲しくなった・・・ああ、こんなことならガトーに、サザエさんなんて見せるんじゃ無かった!!
「あのさあ、ガトー・・・・『サザエさん』って、感動するものじゃ無いと思うんだ、俺。まあ、このテーマ曲を聞いてよ、俺が歌うからさ・・・」
そう言って、コウはガトーの出してくれる食事を待ちながら、サザエさんの歌を歌い出した。お魚くわえたドラネコー、追いかけてー、と、最初から全部である。
「るーるるるるっる〜♪今日もイイ天気〜♪・・・・・おわり!!・・・・な?ガトー、これって感動する曲じゃ無くて、どっちかっていうと面白い曲だろう?だから、サザエさんも面白い話なんだ。」
「・・・・・・・・・・・」
見ると、『サザエさん』を熱唱したコウを、鍋を手に持ったままガトーが非常に恐い顔で見つめている。
「・・・・・・・あれ?」
「コウ、貴様は・・・・・・・・」
うげ、どうしよう!!!サザエさんを汚したな、とか言って俺、斬られちゃうんでしょうか!?思わずコウはビビった。しかし、鍋をテーブルに置いたガトーの口から出て来たのは、こんな台詞だった。
「この前の『かっぱえびせんの歌』の時にも思ったのだが・・・・・・・とんでもなく音痴だな・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んがっくっく・・・・・・」
コウは非常に悲しくなってしまって、食事を食べる前にアムロに電話をかけようかと思った。そして、そ知らぬ顔で食卓に食事を並べているガトーを恨めしそうに睨み付けながら、ポケットから携帯を取り出した。
・・・・その時ちょうどセックスの真っ最中だったシャアとアムロが、いや、正確にはシャアの方が、非常に激しい『ユーロビート版「サザエさん」』のリズムにたまげた事は言うまでも無い。・・・・ともかく、アムロはシャアを蹴り飛ばして、その日は電話に出る事に成功した。
|