2004/02/29 お題:がとーらぶ姉様

 ばらいろ小咄。『日射病』

 

 ・・・・・・・・・・・暑い。





 残暑の日射しは実に容赦なく地上に降りそそいでいて、でも俺達は家に帰るために炎天下の大学の前庭を突っ切るしかなくて、だいたいどうして夏ときたら、夏そのものより『初夏』やら『残暑』やらのほうがやたら暑さがキビシかったりするんだ・・・・・・と、その午後アムロはそう思っていた。ちいさくため息をついた。



 ・・・・・・・ぺきょっ、ぺきょっ。



 脇からは妙な音が連続して聞こえてくる。・・・・見たら、隣を歩くコウがペットボトルを鳴らしているのだった。少しだけ飲んで、ほとんど中身は残ったままのミネラルウォーターのペットボトルだ。・・・暑さが増すだろ。やめろよ。・・・・アムロは思ったが、コウは止める気がないらしい。ぺきょっ、ぺきょっ、とペットボトルはへんな音を立て続けた。
 ・・・・・会話が無いなあー。
 ふとそう思った。今、自分達は四人で、いつも通り四人で、炎天下の前庭を横切ろうとしているが、いつもより言葉数が少ない。四人というのは、俺と、コウと、シャアとガトーの四人だ。そうだいつも通りだ。・・・・じゃ、理由はなんだ。・・・・・ああ、暑さのせいだけじゃないよな。アムロはそう思って二度目のため息をついた。
 どうやら喧嘩しているらしいのである。・・・・コウとガトーが、だ。
 どんな喧嘩かなんて、理由は知らない。興味も無い。ともかく、コウがほとんど口をきかないのだった。実は、いつも騒がしいコウが話し出さないと、この集団は妙に口数が少なくなる。そこで、ジリジリと焼け付くような太陽の元、ひたすら無言で歩くことになっているわけだった・・・と、アムロがそこまで考えた時だった。
「・・・・・我慢出来ない。」
 コウが言った。・・・・ぺきょっ、ぺきょっ。・・・・・ペットボトルは鳴り続ける。・・・・我慢が出来ないのか。ああ、そうか。
「・・・・・やる。・・・・・・だから、ちょっと遠くに行っててくれないか。」
 まったく主語を省いて、コウが唐突にそんなことを言った。・・・・・・やるのか。それじゃ、ヤバいよな。俺は足を止めた。すると、それにひきずられたように、シャアとガトーも足をとめる。
「・・・・・何を?」
 辛うじてシャアがそう聞いた。・・・・俺はそれを何度か見たことがあったから、おおよその想像はついた。とりあえず、炎天下の前庭でコウから三メートルほど離れた場所に逃げ、それ以上コウに近寄らないよう、他の二人の前に腕を広げる。・・・・ガトーの方は無言だった。・・・・無言で、コウを睨み続けている。腕を組んで仁王立ちになっている。・・・・その光景をみて俺は気付いた。
 ・・・・・ああ、この二人、怒り方もまったく違うよなー。
 コウは『ガトーを見ないで明後日の方向を向いて』怒り続け、ガトーはその凄まじい眼光で、『容赦なくコウを睨んで』怒り続けている。・・・・分かった。二人が怒って、喧嘩してるのは良く分かった。だからさ、なんていうか、被害は最小限にとどめてくれないか?・・・・せめて。
「・・・・だから、何を・・・?」
 分からない風のシャアがそう言うのをとにかく押しとどめて、俺はもっと逃げた方がいいのかな、と足元を確かめた。良く見ると、隣に立つシャアの額には、大きな汗が浮かんでいる。その向こうのガトーの額にも。・・・・ああ、暑くてたまらないんじゃないの、アンタたち。アンタたちって、シャアとガトーの二人だけどさ。色素薄いし。・・・・アムロがそう思い、三度目のため息をつこうとしたときだった・・・・・・ついに、ぺきょっ、という音が止まった。



 ・・・・・ヤった。いや、イった。



 コウは手に持っていたペットボトルの蓋を開くと、思いきり頭の上にかかげて、そしてぶちまけたのだった・・・・・・ぼたぼたと、髪の毛から雫の落ちる音が良く聞こえる。・・・・確かに暑いよ。ああ。頭から水をかぶれば少しは涼しくなるのかもしれないよ。・・・・確かにな!でも、とんでもなく荒っぽい方法にアムロには思えた。しかし、コウは暑くてたまらないとよくこうする。
 アムロがちらりと見ると、シャアはまったく呆れた顔で、ガトーは相変わらず汗を浮かべて仁王立ちで、そんなコウを見ていた。・・・・いや、ヤバいのはここからなんだって!!
 ペットボトルの水を頭からかぶったコウは、満足したらしくそれを頭上にかかげて、しばらく微動だにしなかった。・・・・・ゴクリ、とのどが鳴るような音が聞こえる。のどが微かに動くのも見えた。かぶるついでに、すこし水を飲んだらしい。・・・・・・ちからいっぱいかぶった水が、そうして黒い頭をさらに黒く染めて、下へとしたたり落ち、Tシャツにしみ込んでゆくのが見えた。それは、湿気を持って纏わりついて、そしてコウの身体のラインを嫌でも浮き立たせる。水滴が筋となって、首筋を、上腕を、胸の筋肉を、筋になって流れ落ちてゆく。・・・・こんな人間は、大学の構内にいたら目立ってしょうがないのでは、と思われるかもしれないが、実はそんなことはない。実際、誰も水をかぶるコウになんて注目していなかったし、前庭の芝生の上にはこのクソ暑い午後、上半身裸になって寝転がる学生がたくさん見えていた。・・・・大学ってのは、そんなところなのだ。
「・・・・来る、よけろ!」
 次の瞬間、コウは身体を丸めると反動で思いきり頭を振った。・・・・・ああ、これはなんて表現したらいいのかな。大きな犬が、水を飛ばすために身体を振っている・・・・そんな感じ。そんな感だ。ともかくコウがひどく頭を振るものだから、冗談じゃないくらいの水滴があたり一面に散る。・・・・・しかし、コウ本人はまったく気にしていなかった。だらだら水を垂らしながらも。まだ明後日の方向を、キレた風で睨み続けている。水しぶきは、俺にも、もちろん他の二人にもかかった。しかしまあ、ガトーも仁王立ちのままで気にしてはいないらしい。アムロはこの結果を知っていたから水しぶきから逃げようと思ったし、逃げようとして体勢を崩して、思わずツッコんだシャアは、相変わらず呆れたような顔でびしょぬれのコウを見ていた。・・・・身体のラインの浮き上がったコウを。・・・・・しかし、思うところがあったらしく、シャアは呆れた顔で、だがきっぱりとこんなことを言った。
「・・・・・イヤラシイぞ。・・・・・エロいぞ、コウくん。・・・・私だったら見ていられないな、いや、なんとなく。・・・・・『私だったら』、だがな。」
 さらに次の瞬間、ゴトっ、と妙な音がした。アムロは思わず、水の苦手なネコのように飛び上がってしまって、その音のした方向を見た。・・・・見ると、ガトーが倒れていた。・・・・・仁王立ちの格好のまま、器用に、だ。・・・・ああ、もう、
「・・・・・ガトー!?」
「・・・・マズいな、これ、日射病じゃないのか・・・・オイ、おい、ガトー!」
 さすがにその有り様を見て、ガトーに向かってシャアが屈みこむ。・・・・アムロはガトーを木陰に引きずってゆく、そのシャアの手伝いをする前に、思わず芝生の上に立ち尽くしたままのコウを振り返って見てしまった。



 直上の太陽が濃い影を地面に落とすその前庭の真ん中で、何故かコウがニヤリと笑ったように思えた。・・・・・薄く笑いながら、ボタボタと水を垂らしている。垂らし続けている。・・・・ワザと。そんな風に、アムロには見えた。



 ・・・・・コウは明後日の方向を向いたまま水をかぶっている。・・・・ガトーは仁王立ちでコウを睨んだまま、炎天下でぶっ倒れている。・・・・ああ、喧嘩しろよ、勝手に。そうして好きなようにしろよ、勝手に。アムロはそう思った。・・・・・ああもう、





 ・・・・・愛しあえよ、勝手に。倒れるまで。





 アムロは四度目のため息とともに、深く心からそう思った。










 ・・・・今日は暑くてたまらない。
   






■お題リクエストはがとーらぶ姉様です!■
・・・・・・苦情は電話で・・・・・・・・・・(笑)。




2004/02/29




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