アムロは焦っていた・・・こう言って良ければめちゃくちゃに焦っていた。・・・何故!!・・・今!!・・・・自分は!!・・・・・・・・・・・こんなところにいるのだろう!!
・・・・分かりやすく簡潔に言うと、そこは『ラブホテル』であった。
事の起こりは、というと、こういうことである。ある日、シャアがコンサートのチケットがあるのだけれども一緒に行かないか、と言い出した。・・・聞くと、現代クラッシック音楽のコンサートだという。バンドのライブですらない。クラッシックだ。クラッシック。
「・・・なんで俺が。・・・そんなの、適当に女を誘って行けばいいじゃねーか。デート向きだろ。」
もちろんアムロは、丁重に(?)その申し出を断った。冗談じゃ無いが、どうしてそんなものに俺が行かなきゃならないというのだろう・・・・・・寝る!絶対寝てしまう!クラッシックだなんて!それくらいなら、コウと、四条あたりのライブハウスで飛び跳ねてた方がよっぽどマシだ。
「って、言うけどね。これが違うんだな、分かるか?」
ところがシャアは食い下がった。そのコンサートは、新神戸オリエンタル劇場、というところで有るらしかったが、シャアの言い分がなかなか面白かった。
「自分はね、この作曲家がとても好きだ。・・・この、作曲家の曲もね。そうなるとね、デートどころじゃない。ゆっくり曲を聞いて、楽しみたいってもんだろう。気侭にね。ところがだ。これに、女性を連れて行ったと、まあ仮に考えてみたまえ。そうしたら、当然コンサートに集中するどころではなく、女性をエスコートしなければならなくなり、デートのコースを考えたりであるとか、そういう余分な手間が生まれてくるだろう?そうしない為にはだな・・・・・・・」
このあとも延々シャアの熱弁は奮われたのだが、そのあたりは割愛する。・・・・要するにだ!女連れだとコンサートに集中出来ないから、だから俺に一緒に行け、ってそういうことか?男だと気が楽だし?
「・・・・いや、そこまで言うんなら、もう1人でいけばいいじゃねーか。」
「君、それじゃつまらないだろう、コンサートなんて!!」
・・・・・シャアは全く、わがままで、めちゃくちゃだった。いい加減にしてくれよ。アムロは思ったが、京都から新神戸までの電車賃、おまけにコンサートのチケット代まで全部出すから!・・・と言われて、だんだん、もうどうでもいいか、という気分になってくる。
「・・・・分かった。ほんじゃ、ま、行くけどさ。そこまで言うなら。・・・・ただし、俺が途中で寝ても文句言うなよ?」
「言わない。」
そう言って頷いたシャアが思いのほか、嬉しそうだったので、アムロは少し驚いた。
果たして、そのコンサートの日、とやらがやって来て、二人は出かけていったのだが・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
不覚にも、アムロは感動してしまっていた。そもそも、あまりコンサートやらライブやらに、自分はあまり出かけて行かない。だから、それがどんなジャンルのものであろうとも、自分が『会場のド真ん中』にいて、音が四方から渦のように聞こえて来て・・・というような経験をすることがない。それで、当てられてしまったのだった、つまりは軽く酔ったような状態だ。シャアは、実際この作曲家がかなり好きだったらしくて、幕間に次の曲を口ずさめるくらいにはコンサートを楽しんでいたが、意外なことに蘊蓄(うんちく)を垂れなかった。それも良かった。本当に意外だった。こんなに心から楽しそうなシャアを見たのが初めてだった、と言ってもいい。
「・・・・で、どうだった。」
コンサートが終わって、その小劇場サイズのコンサートホールから出て来てやっと一言、シャアがそうアムロに聞いた。
「・・・・うん、良かった。」
そうか、とシャアが非常に珍しいことに、言葉少なに嬉しそうにそんなことを言う。・・・・あー、凄かった!音が、音って、音の中で・・・・そうか、何かを『生で見る』って、実は凄いことなんだな!
「まだ、充分時間はあるし・・・」
シャアが時計を見ながらそう言った。
「どこかで夕食を食べて帰るか。・・・・いい気分だ。」
ああ、本当に。新神戸オリエンタル劇場は、新幹線の新神戸駅の真上に立つホテルの中にある劇場なのだが、さすがに二人の学生に、新神戸から京都まで新幹線で帰る金はない。とりあえず、在来線に乗れる三ノ宮にでも出ようかと、地下鉄に乗って神戸の市街地に向かった。時計の針は、まだ午後九時を回ったばかりのところだった。大丈夫、京都までは余裕で戻れる。
・・・・・と、そこまでは良かったのだ。ここで場面は、冒頭のシーンに戻る。
「・・・・・・何がどうしてこうなった・・・・」
アムロは焦っていた。先ほどまで美味い飯と、美味い酒を飲んでいたはずなのだが、それとはあまりに掛け離れた、たった今置かれた現実に焦っていた。・・・・と、洗面所から出て来たシャアから、呑気な声がかかる。
「なんだか、普通のホテルとあまり変わらないじゃないか?・・・初めて入ったんだけれども、こういうところ。」
違う!ぜんぜん違う!そう思って、ベットの上に座りこんでいたアムロは思わずシャアを睨んだ。・・・・ああ、あまりにコンサートが凄くて、あまりに楽しくメシを食って、あまりに陽気に酒を飲んでしまったのがいけないんだ!!・・・・アムロは思った、時計の針は今、午前二時を差している・・・・つまり、京都に帰る電車はもう無かった。盛り上がって入ってしまった、最後のバーが良く無かったんだ、だけど今頃反省してももう遅い!
「・・・・って、あんたラブホ入ったこと無いのか!?」
アムロは何故かベットの上で後ずさりしながらそう答えた。・・・・確かにここは、装飾過多な、ビラビラなラブホでこそ無かったが、しかし間違い無くラブホだ!それ以上でも、それ以下でも無い・・・何が悲しくて、こんなところに男と入っているんだ、俺!!
「無いね。」
あっさりと、シャアはそう言ってアムロの脇に腰掛けると、靴を脱いだ・・・・って、あああああ!くつろぐなぁ、俺がどうすればいいか分からなくなるだろぅううう!!
「・・・・なんで女と付き合いまくってるのに、ラブホ入った事ないんだよ!」
「・・・はぁ?・・・そうだな、理由は幾つかあるが、まず、フランスには日本でいう『ラブホ』のようなものが無いのがまず一つ。似たものならあるけどね。それから、日本で女性と懇意になると、その女性の家に転がり込むパターンが一番多かったからで、それ以外は普通のシティホテルを利用してきたから、というのがもう一つ。それから・・・・」
やけに落ち着いて、真面目に返答をしてくるシャアがむかついた。・・・っていうか、それより俺が緊張し過ぎか?・・・・・そうか。そうだよな。よし、落ち着け。男とラブホに雪崩れ込んでしまったからってなんだっていうんだ。・・・・シャアとはもともと、寝るような仲じゃないか。・・・落ち着け。
「・・・・って、アムロ。君、ちょっとおかしくないか・・・・」
しかし、やはりそう言って、気付いたように手を延ばして来たシャアに、思わずアムロは過敏に反応してしまった。その手をはねのける。
「・・・・・・・・・アムロ?」
いい加減、シャアはアムロがおかしいことに気付いたらしかった。確かに、ここは華美なラブホではない。それだけはせめてもの救いだった。回るベットもなければ、ガラス張りの天井もない。いや、そんなもんがあったら、自分は本当に死んでいたかもしれない。宿泊代もシティホテルより確かに安い。・・・それにしたって!
「・・・・いや、待て。・・・・これはなんだ?」
シャアは、固まったままのアムロの向こう・・・その向こうに、気になるものがあったらしく手を延ばした。アムロは、じっとりと汗をかいていたのだが、ちょっと息をついてシャアが指差した方を見た・・・そして、沈黙した。
「コンドーム・・・は、分かる。これは?」
「・・・・・ポラロイドカメラだろ。」
仕方ないので、アムロはそう答えた。ベットのまくらもとには、申し訳程度にコンドームが二つほどと、それからポラロイドカメラが置いてあった。あとはポットの脇に置いてあるカップ麺、そのサービスくらいがここがラブホだと思い出させる唯一の物である。
「それは見れば分かる。・・・・何故、ポラロイドカメラがここに?」
シャアは分からないようで、更に聞いてくる。・・・・あぁ、もう!アムロは天を仰いだ、いや、面倒臭くなってベットにつっこんだ。
「ラブホだからだろ・・・・!!」
「いや、だから、ラブホだと何故ポラロイドカメラ?」
自分は説明してやらないといけないのだろうか。・・・このフランス人に?そういうサービスもこの世にはあるのだと?・・・しかし、シャアは面白そうにポラロイドカメラを手に、アムロの顔を覗き込んでいる。
「だから、どうしてだ?」
「・・・・あのね。愛しあう二人がラブホに来ちゃってですね。感極まって、ヤバい写真を撮ったとしますよね。」
しかたなく、アムロは説明してやった。・・・・シャアは、面白そうに聞いてた。
「・・・それで、普通のカメラだと、現像に出さないといけないですよね。でも、そこらのプリント屋だと、焼いてくれなかったりするんだよね、そういうヤバい写真さ。あとで、投稿雑誌とかに投稿されたりしてしまうかもしれないし。」
「・・・・へー。」
「・・・最近は、デジカメが普及したから、そういうのあまりないんだけど、でも、昔からラブホで撮る写真、って言ったらポラロイドカメラで、って、そう相場が決まってたような・・・・」
シャアは少し面白そうに目を細めて、で、君はそんな経験があるのか??などと聞いて来た。そう言われては、アムロもムカツクのでとりあえずシャアに蹴りをかまさないわけにはゆかない。
「・・・・ねぇ、君。それで、ここは『ラブホ』なわけだけど・・・・・・やるべきことはやるかい?」
「・・・・・・風呂は別々がいいです・・・・・・・」
アムロは辛うじてそう言ったのだが、その意見はシャアに却下された。理由は、アムロのワンルームマンションのユニットバスより、このラブホの風呂の方が大きくて、ジャグジー機能なんかもついていて、更に鏡ばりだったりなんかしたからだった。
・・・・・二人は、しょうがないので一緒に風呂に入った。
風呂から出て来て、へんなガウンみたいのをひっかけて、とりあえず二人で写真を撮った。ポラロイドカメラで、そうヤバくもない、並んでほかほかで湯気をたてながら笑ってる、そういうヤツを。・・・・・・その写真を持って、明るくなった次の日の朝に、ラブホを出て帰ってくる道すがら、アムロは思った。
・・・・ああ、俺達、男同士だし、別にデートってんでもないし、恋人とか、そういう凄いのですらないし。・・・・だから、一緒に写真撮ったのだって、今回が初めてだったんだ。・・・・ホントに。
三ノ宮から、小豆色の阪急電車に乗った、あとは寝ていても京都、四条駅にたどり着くことだろう。
「・・・・楽しかったな。」
なんて、ひどくマヌケなことを、走り出した電車の中でシャアが言う。窓の外を見たらまだ岡本だった。・・・・コンサートで感動して、帰れなくなって、ラブホに泊まったのが?・・・・ああ、そう?
「・・・・・・・まあね。」
アムロも答えた。それから、ポケットにつっこんだ、ポラロイド写真にそっと手を触れた。
「・・・・・・・まあね。」
もう一回言った。そして思った。
こんなにもカタチのない自分達なのだから。
こんなにもカタチのない自分達なのだから、もう一枚くらい、一緒に写った写真を、ポラロイドカメラで撮って。そうして二人が離ればなれになっても、持っていられるようにしても、良かったかもしれない。・・・・・こんなにもカタチのない自分達なのだから。
・・・・・・考えるのに疲れたので、アムロはシャアの肩に頭をのせて、とりあえず寝ることにした。
|