「アディダスとプーマが兄弟だって知ってた?」
黙々と雑誌を見つめたままで、そうコウが言ったのは2月初めの・・・・なんとも言えない天気の日だった。コウとアムロと、ガトーとシャアの四人は今年度の年度末試験がすべて終わったので、その日は京都市内にあるコウのマンションで、ささやかな『試験終了おめでとうパーティー?』を開いていた。
「・・・・・アディダスって・・・・」
「スニーカーのメーカーの、かい?」
アムロがワケわかんねぇよ、という調子でコウに聞きかけると、シャアがそう言って助け舟を出す。・・・っていうか、そんなのいくら俺だって知ってまーす!!分かってるって!そう思ったアムロは、思わずコタツのとなりに座っているシャアを睨み付けた。
「・・・そう、そのアディダス・・・・は、ドイツのスニーカーのメーカーで・・・同じように、プーマもドイツのスニーカーのメーカーなんだけど・・・」
コウは、まったくアムロにもシャアにも目をくれずに、雑誌を睨み付けたままそう言い続けた・・・・ファッション雑誌だ。まあ、若い男の子向けの。コウは、時々こういうことがある。誰かと一緒にいても、自分の世界に入ってしまってまったく出て来ない。スニーカーやらビンテージのジーンズやら、それからシルバーのアクセサリーは、妙に凝り性なコウの剣道以外では最大の趣味なのだった。
「なんだけど?」
コタツに入っている三人以外のもう一人・・・ガトーはといえば、先程からキッチンに立ってパーティの後片付けをしている・・・というと響きはいいが、要は洗い物だ。ともかく、アムロはコウがこっちの世界に戻って来ないかなあ、と半分諦めつつも声をかけた。すると、コウは神経は雑誌に注目したままながらも、一応返事はする。
「うん、そう、アディダスとプーマね・・・・アディダスの経営者の弟が、プーマの経営者なんだよね。・・・だから、兄弟。」
「そりゃ知らなかったな。」
そのコウの台詞に、シャアが煙草をふかしつつ、これまたやる気のない返事をした。・・・・あああ、なんだかダラけてんな!?俺達!!アムロは思った。そして、自分もスニーカーの話でもしてみようかと思ったのだが・・・話題が無い。自分が今履いているのは確かにスニーカーだが、○○靴流通センターとかいう、かなりどうでもいい量販店で3900円くらいで買ったコンバースのだ。・・・多分、コウが興味のあるような代物とは違うだろう。
「・・・・スニーカーのことは分からないが、クリスチャン・ディオールの『ミス・ディオール』という香水のミス・ディオールが誰の事かなら分かるぞ?」
すると、更に続けてシャアがこれまたアムロに興味の無いようなことを話し出した。・・・・だああー。ナニジンだそれはー!アムロは思わずコタツに足をつっこんだままコウの家の居間でごろんと横になる。
「へえ・・・誰の事?」
コウが興味を持ったようで、シャアにそう聞く。するとシャアがまったくマッタリしたままにこう答えた。
「いつも経営会議に遅刻して来ていたクリスチャン・ディオールの妹のことだ。」
「ははぁ・・・・」
「フランス人らしい皮肉の効いたイイ愛称だろう。」
「うーん、じゃ、さ、シャアさん、もうジーンズメーカーは世界にエドウィンとリーバイスしか無いって知ってた?」
どうやら、シャアとコウの二人は、マメ知識の大公開が二人して楽しくなって来てしまったらしい。あまりのつまらなさに、アムロは寝っ転がった姿勢で見えるコウの部屋の窓の外の風景に目をやった・・・・・・・・・・外には寒そうな風が吹いているらしい。・・・・ああ。去年の2月にも、俺達はこうして四人でいたよな?でも、あの頃はここまで打ちとけて無かった。ああ、ほんとに一年経ったんだ、早いね。
「そりゃ、どういう意味だい。」
「うん、この間ね、ラングラーっていうジーンズメーカーが倒産したんだ・・・それを引き取ったのが、エドウィン。その前にもね、エドウィンはリーっていう会社を吸収合併している。だからね、世界にジーンズ屋はエドウィンとリーバイスしか無くなっちゃったんだよ。」
「そりゃ・・・・・・」
シャアが腕を組んだ。
「・・・・究極の選択だな。日本人の作ったジーンズも履きたくはないが、アメリカ人ものもちろんゴメンだ。」
それを聞いてアムロは思わず吹き出した。・・・・ジーンズなんか一本も持ってないだろ、シャア、あんたさ!
「・・・・なんの話だ?」
そこへ、ガトーが完璧なお茶の支度をして入って来た・・・・おお。思わずアムロは飛び起きる。スニーカーの話はワカラナイが、食後のお茶は飲みてぇ!
「うん、知ってる『意外な事実』の話。」
コウが説明になっていないような説明をガトーにした。そして、お茶菓子の赤福に1人だけ先に手を出そうとして、ガトーに見事に手をひっぱたかれる。
「ふむ・・・では、私の知っているとっときの話をしよう。・・・・大判焼の事を、広島では二重焼き、長野では今川焼と言うらしい。」
「・・・・へ?」
「は?」
「だから、同じ菓子でも地方によって名前が違うと言うことを言っているのだ。」
そりゃ分かる・・・という顔をコウもシャアもしていた。しかし、それは意外な事実か?・・・なんか、もっとこう、マニアックな会話を・・・・。
「あー!それ、俺分かる!!俺、島根出身だから、広島と同じ中国地方で『二重焼』って言う!!」
だが、アムロは嬉しくなっていた。・・・やっと俺にも分かる会話だよ!!
「大学に入ったばっかりのときに、京都じゃそう言わないから驚いた・・・・でも、ガトーさん、なんでそんなこと知ってるの?」
「うむ、この間四条阪急の地下食料品街の『地方名産銘菓市』に行ってだな・・・・」
今度は、本当にコウとシャアが会話から放り出された。・・・でも、アムロはそれでも嬉しかった。
・・・去年の2月にも、俺達はこうして四人でいたよな?でも、あの頃はここまで打ちとけて無かった。ああ、ほんとに一年経ったんだ、早いね。
・・・・そうして、こんな下らない会話も、多分なにも言葉を交わさない時間でさえも、楽しく過ごせる『仲間』になったんだ。
「・・・・ええい、じゃあ、アムロ!君だけ『意外な事実』を話していないことになるぞ・・・・何か話したまえ。」
ガトーの持って来た赤福を器用に1つ取りながら、シャアが少し腹立たしげにそう言った。・・・・あ。そうだよな、ほんとならこんな知識は、日本のどうでもいい事に詳しいシャアが話すべき事柄だ。それをガトーが言っちゃったから、怒ってるんだな?・・・そう思いつつも、アムロは少し困ってしまって窓の外を見つめた。・・・・まだ裸の、木の枝が少しだけ見えた。
「・・・・・・・ああ。」
そこで、アムロはポンっと手を打った。
「何?」
コウが興味津々でそんなアムロを覗き込む。そこで、アムロは最大限にもったい付けて・・・・こう言った。
「・・・・・・梅だよ。」
「は?・・・ウメ?」
アムロ以外の三人が分からない、という顔をする。アムロは更に楽しくなってこう言った。
「梅・・・・が、京都で一番最初に咲くお寺なら知ってる。・・・・・スニーカーも香水も、お菓子の呼び名も知らないけど。・・・一昨年、大学受験に来た時に見つけたんだ。きっともう咲いてるよ。・・・・・見に行く?」
・・・・もちろん四人は、学年末試験も終わったことだし、その後梅を見に2月の寒空の元出かけることにした。コウのマンションを出掛けに、玄関でコウが派手に叫んだ。
「・・・・アムロ!おっまえ、そのスニーカー、良く見ればコンバースのワンスターの皮製じゃん!木村拓也がドラマで履いてたって有名になったヤツ!!ネットオークションで今、二万はするぞ、それ!!」
なんでも、コンバースという会社も最近潰れたらしい。だから、たかがスニーカーがとんでもない値段になるんだって。・・・知るかよ、そんなこと!!
アムロは容赦無く笑ったままスニーカーに足をつっこんだ。・・・だって、履きやすいんだって、これ。売りません。
・・・去年の2月にも、俺達はこうして四人でいたよな?でも、あの頃はここまで打ちとけて無かった。ああ、ほんとに一年経ったんだ、早いね。
・・・・そうして、こんな下らない会話も、多分なにも言葉を交わさない時間でさえも、楽しく過ごせる『仲間』になったんだ。
京都東山、詩仙院の梅は・・・・・・確かに満開だった。四人はそれを満喫した。一足早い、春だった。
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