あたたかな夜だった。
「・・・・・アムロ?」
ガチャリ、と玄関の扉の開く音がしたのでシャアはテレビの画面から入り口の方に顔を向ける・・・・が、何故かなかなかアムロが現れない。不審に思ったシャアが、テレビを消して・・・・ちなみに、『エンタの神様』を見ていた・・・・立ち上がりかけた、その時だった。
「・・・・・・」
エヘヘヘヘ、というようななんとも言えない顔をして、アムロが玄関の方から顔を出す。・・・・こう、狭苦しいワンルーム・マンションだというのに、わざとこっそり、壁から覗くような感じで。
「・・・・・なんだ、やっぱりアムロじゃないか。・・・・・おかえり。」
一言も言葉を発しないアムロに疑問を憶えたものの、とりあえずシャアはそう言って、もう一回座り直そうかと思った・・・・・次の瞬間。
「・・・・ただいまぁあああああああ!」
・・・・・・・・・これは。
アムロが凄まじいイキオイで(しかも凄まじい笑顔で、)急に飛びかかって来た。・・・・・酔っている。これはもう、間違い無くまんべんなく酔っている!シャアは受け身の体勢を取ろうとしたのだが間に合わず、飛びかかって来たアムロもろともベットの上にひっくり返った。
「・・・・・・あのだな、アムロ、」
「ただいま!ただいまあ、シャア・・・・それでさ!」
「よし分かった、飲み会だったというのだな。それで、誰と飲んだ?」
「それがさ、だからさ・・・・・・うひゃひゃひゃひゃ!」
・・・・・ダメだ。アムロは、何が楽しいのか知らないがシャアをベットに押し付け、その上バシバシとシャアの身体を叩いてくる。・・・・・・泣き上戸よりはマシなのかもしれないが、アムロは酔っぱらうとめちゃくちゃ陽気に、そして暴力的になる。
「今日はぁー!学部の飲み会でー!・・・・ええっと、コウだろ、それからハヤトだろ、コウだろ、あとコウに、それからカイさんと・・・・」
「よし、コウ君が三人いる飲み会だったんだな。・・・・それは分かった。」
・・・・・すると、アムロは急に静かになった。・・・・さらにマズいな。シャアはちょっと冷や汗が出て来た。・・・・次はアレだ、間違い無く・・・・、
「・・・・・・なあ、シャア。」
一応笑顔のままアムロを引き剥がそうとするのだが、上手くいかない。
「なんかさー、俺さー・・・・すっごい気持ちいいんだよね、だからセックスしたいわけなんだコレが!!・・・・・分かるか!!??」
うひゃひゃひゃひゃ、とアムロはまた大爆笑である。・・・・・そりゃ分かる、いつもそうだからな。しかし自分にも体勢というものが・・・・・・違った、気分とというものが・・・・と、シャアが作戦を練り直そうとしたその時、とても恐ろしいものが目の端に映った。・・・・さきほどのアムロと同じように、壁際で笑っている・・・・・、
「・・・・・・あははははー!!」
・・・・・・ちょっと待て、なんでコウ君がここにいる!!??
結論から言えば、なんのことはない飲み会の帰りに、アムロがコウを家に誘い、コウも「まあ自分の家に帰るのめんどうくさいよね!」と寄った程度のことなのだが、シャアとしては笑えない。アムロと一緒にコウもやって来ていたことに気付かなかった、自分の不覚である。
「・・・・っ、コウ君・・・・・!!??君、いつから・・・・」
「・・・・・・・楽しそうーーー!!!」
・・・・・・・・・・・・アムロと同じくらい素敵に酔っぱらっているらしいコウは、実に恐ろしいことにそんな台詞を吐いた。・・・・・えぇい、二対一か、かなりピンチだぞ・・・・!?
「いや、これはそんなに楽しく無いからな、二人ともまず水を飲んで・・・・」
「・・・・うるせぇな、セックスしてぇっつってんだろ!」
「しかしコウ君がいるだろうが!!正気に戻りたまえ、君!!アムロ!!」
するとアムロは、今思い出しました、と言わんばかりにコウの方を振り返ってこう言う。
「・・・・・あ、そうか。・・・・・んじゃ、コウもいっしょにやる??」
・・・・・一緒にやるものでは無いだろうが!!とシャアは思ったのだが、コウは元気に右手を上げて言う。
「うん、俺、やるー!やりますーー!!わーい!!」
・・・・・いや、それはちょっと凄そうだし、ひょっとしたら楽しいかもしれないが、でもやっぱり無理・・・・!!
「待てっ・・・・!」
今しも自分にキスをしそうなアムロの腕から、やっとシャアが逃れ、ベットから転がり落ち、そうして入れ代わりにコウがベットに飛び乗って来たその瞬間・・・・まさに、その瞬間だった。
世界が暗闇に包まれた。
「・・・・・えっ・・・・・」
停電か?・・・・などと言う冷静な判断が働くのはシャアの頭のみである。
「おっ。・・・・・さ〜て、うっかり電気も消えてまいりました〜。ちゃっちゃらっちゃっちゃ〜・・・」
アムロは歌っている。
「暗い、暗い!!・・・・・超暗ぇ、わー!!」
コウは叫んでいる。・・・・・シャアは起き上がると急いで、おそらくたくさんのものを踏みつぶしながら窓際に走り、窓を開いた。
見ると、遠く市内の方向に京都タワーの電飾は見えるのだが・・・・あたり一体は本当に停電らしく、暗闇に包まれている。付近の住民は皆一様に驚いたらしく、同じように窓を開く音や驚きの声などが、暗闇から聞こえて来た。
「・・・・おい、君達大変だぞ、本当に停電だ・・・・・・」
シャアは真っ暗な部屋の中を、慌てて振り返った。・・・・・・だがしかし、なんということだろう!
「ぱっぱらっぱっぱ〜・・・・ぜんっっぜん問題ありません!!」
「問題無いって、なんでだ?なんでだ、アムロ??」
「答えは・・・・セックスするのに電気要らないから!うひゃひゃひゃひゃ!」
「・・・・・そっかー、いらないんだー!!頭いいなあ、アムロー!!」
・・・・・・・・・・・・・・・いや、バカだよ君達。シャアはそう思ったのだが、楽しそうな酔っぱらい二人に、それを伝える術が無かった。それから、どうしようかと思った・・・・これでは、危険な状態が更にいっそう、危険になっただけのことではないか!!
「・・・・・・あれ、なんかシャアいない感じがするけど、ま、予定とおりやるか!!」
「うん、やるんだな、って・・・・・何をだっけ、えへへへへへ・・・・・」
・・・・・・・この二人、へんなこと(具体名:セックス)を始めそうなんですけど!!・・・・・シャアは焦った、本当に焦りながら、何か方法は無いものかと考えた・・・・そしてひらめいて、おそらく自分のジャケットが脱ぎ捨ててあるはずの、部屋の片隅へと走った。
「・・・・・うーんとね。・・・・どうやるんだっけ、うーんと、それじゃ最初、チューしような。」
「・・・・・えー、チューすんのか、王様ゲームとかじゃないのにー?」
「やなのー?」
「えー・・・・なんだよ、アムロ泣くなよー。」
「泣いてねぇだろバーカバーカ。」
「暗いから見えねぇし・・・!!」
ジャケットを拾い上げたシャアは、暗闇の中で必死に携帯を探し出した。・・・・・そして更に部屋の隅に移動すると、とにかく電話をかけた・・・・・停電でも、電話だけは繋がると聞いたことがある・・・・きっと、携帯電話でも繋がってくれるに違い無い!
「もしもしっ・・・・・」
『・・・・・今何時だと思っている。』
叩き起こされたガトーの機嫌はすこぶる悪かった・・・・が、それどころではないのだよ!!とシャアも思っていた。
「そっちは停電していないのか?」
『何を寝ぼけたことを言っている。・・・・・電気なら付くぞ?』
ならば、京都市内は(竹田のある伏見区も一応は京都市内だが、)停電しているわけではないのだ・・・・シャアはほっと胸をなで下ろしつつ、電話を続けた。
「実は、今、非常な窮地に立たされているのだよ。」
『それはおめでとう。そんな貴様を隣で眺めて笑ってやれないのが、唯一の心残りだ。』
・・・・・おい、敵がもう一人増えていないか?とシャアは思ったものの、今は他に頼るべき人間が思い浮かばない。酔っ払いの相手も、アムロひとりならなんとかなると思うのだが、自分とほぼ同じ体格のコウ君をなだめる自信がない。とにかく、今はなんとしてもガトーに来て貰うしか無いのだ!
「とにかく来い。・・・・いや、来て下さい。アムロの家に、だが・・・・」
すると、ガトーも窓辺に向かったらしく、窓を開けるガララ、というような音と、それから驚いたような声がした。
『・・・・おい、停電しているのか?・・・・・京都駅から向こうが、南の方が、真っ暗に見えるぞ。・・・・これはおかしい。』
「だから、非常な窮地に立たされていると言っている!」
そんな電話をかけている間にも、真っ暗やみの部屋の中からは、いや、正確にはベットの上からは、「やっぱセックスっつーと服を脱がねぇと!ばああっとな!」「ばああってか!ばああ!」というような、筆舌に語りがたい台詞が聞こえて来る。・・・・・あぁ。携帯電話からもれる、わずかな液晶の光の元で、シャアは涙が溢れそうだった。
『しかし・・・・それならば、なお無理だろう。』
なのに、なんということだ!!・・・・・ガトーの返事はどこまでも冷たかった。
「・・・・どうして!今すぐ来てくれと私が頼んでいるのだぞ、コウ君もここにいるんだ・・・!!」
すると、ガトーは呆れたようにこう言った。
『全員無事なのだろう?ただの停電なのだろう?・・・・しかし、停電では電車が動くまい。・・・・別の意味でそこまでたどり着けないだろうが・・・・・』
・・・・・もうダメだ。他に方法がない・・・・!!と、思いつめたシャアは、携帯電話を真っ暗な部屋の・・・・ベットの方向に向けた。・・・・・相変わらず・・・・・アムロは歌っているし、コウは笑っている。
「セックスセックス楽しいな〜・・・・るるるぅ〜・・・・♪」
「なー、ほんとに楽しいのかぁー???・・・・先生、ボタンがはずれません!っていうかボタンがちゃんと持てないし、おれ・・・・・!!だめだ!ほんと、だめだ!」
「しょうがねぇな!じゃ、やっぱ服を脱ぐのあとにして、チューにしてみましょっか!!??」
「してみましょっか!・・・・あははははー!!」
・・・・・恐る恐る携帯をもう一回耳もとに持って来る。・・・・・ガトーも、今のコウとアムロの会話を聞いたはずだ。とてつもなく恐ろしい内容の会話だ。・・・・しかし、なかなか返事は返って来なかった。
『・・・・・・・・・・・・・・・酔っているのだな?』
ながらくたってから、ガトーから返って来た返事はそんな言葉だった。
「非常に、だ。・・・・非常に酔っぱらっている。酔っ払いが二人もいては手に余る。・・・・その上停電で、手の付けようが・・・・いや、手の付けよう、の前に、二人が今どんな格好かも分からない。」
『今すぐ行く。』
ガトーの返事は非常に短かった・・・・いや、しかし一体どうやって!走ってでも来るつもりなのか!!ガトーならやりかねない!今度はシャアが逆に焦った。
「え、」
『自転車を借りよう。・・・・隣のロンさんに。・・・・フルネームはロン・コウさん、中国人留学生だ。同じ名前だというので、コウが最近妙に仲良くなった。彼ならきっと自転車を貸してくれることだろう。そして、ここから伏見なら10キロ程度のはずだな?・・・・すぐに行く。』
・・・・ガトーが来るまで、私の理性が持てば良いのだが・・・・!!・・・・・あぁ!!シャアは、神に祈った。ノリノリの二人に混ざって3Pにもつれ込んでも(自分はまったく)構わないのだが、きっとガトーに殺される・・・・・しかし、止めそこねてコウ君とアムロがいちゃいちゃしていても、きっとガトーに殺される・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結局ガトーに殺されるのか、私が!!この私が!!・・・・・・ああ!!
結論から言うと、かなり大規模だったらしい京都市伏見区の突発的な停電は、関西電力のお詫びとともに、わずか十分ほどで回復した。・・・・・それは構わないのだが。
「・・・・・・おい。」
それから更に十分ほどたって、競輪選手もかくも、というようなスピードで息を切らせてアムロの家に到着したガトーが見たものは、かなり乱れた服装で(しかし酔っぱらっていたのでボタンはうまく外せなかったらしい)だが幸せそうに手を繋いでベットでピヨピヨと眠るコウとアムロの姿と・・・・、
「・・・・・・手は出さなかった。・・・・・本当に出さなかったんだ、たまには私の言うことを信じたらどうだ!」
・・・・・・・・・半分泣きそうになりながら、部屋の隅で毛布に包まっているシャアの姿だった・・・・・。
ちなみに、次の日目の覚めたコウとアムロは、なんでガトーとシャアが毛布を奪い合うように狭苦しい部屋で寝ているのかな、と、かなり疑問には思ったのだが、
停電はおろか、飲み会の後半あたりからまったく記憶が無かったので、そのあたりはつっこまないでおいた。・・・・・・・・・・・こうして、シャア最大の受難の日は終わった。
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