ちょっと言ってやりたかったけど、ちょっと言ってやりたかったけど、まあほうっておいたってどうでもいいくらいのことだからとりあえず言わないでおいたんだよ。
「・・・・俺、実は今バイクが欲しいんだけどさぁー。」
「え?・・・うっそ、アムロ中免持ってたっけか。」
「まっさか。全然。限チャしか持って無い、高校のとき取ったヤツ。」
「え、そんじゃ限チャ欲しいのかよ。」
「んんー・・・・」
アジサイの季節だった。雨は降っていなくて、だけど妙にじっとりとした夕暮れ近くの住宅街を、コウとアムロの二人はのんびりと歩いてゆく。
「・・・・っていうか夕飯どこで何買う。外で食う?」
「いやー・・・お財布さびしーんで・・・・なんかあの、五時過ぎから半額のドンブリとかで。」
「ドンブリとかな。・・・・イズミヤ?どうする、他になんかあったか。」
「いや、確かちょっと歩くとダイエーがあったな。・・・・藤森のほうに。」
「分かった、んじゃダイエーでドンブリとかで。・・・・俺、二個買ってもいいか?」
「そりゃもう、全然オッケー。」
二人とも、今日はちょっとばかり散歩をしたい気分だった。・・・といっても別に何かしらあったワケじゃあない。だた、だた・・・思い返すと非常に久しぶりに、アムロの家にコウが、泊まることになったのだった。逆はこれまでにも結構あった。コウのマンションは広くて泊まりやすかったからである。・・・・いや。言葉を濁してもしょうがないだろう、実際大学に入ったばかりの頃は、コウはよくアムロの家に転がり込んでいた。何故なら、アムロの家の方がぶっちゃけ大学に近いからだ。厳密には、二人が授業を主に受ける工学部のある校地に。工学部は生半可な学部では無い。クソ忙しいし夜も遅くなるし、そういう時にはアムロの家の方が便利だった。何しろ近い。
「・・・・んで、欲しいのって何だよ。」
「あ?」
「だから、バイク。」
「あー・・・・ホンダのモンキー。」
・・・・どうしてコウがあまりアムロの家に転がり込まなくなったのかというと、そりゃあ一言で言ってしまうと微妙な関係の人間がアムロに出来たからだった。つまり同棲している、みたいな。そんなことになったら、いくら親友でもその家には近寄りがたい。が、今晩はたまたまその相手がアムロの家に居ない、というわけで、コウはありがたく泊まりに来たワケだった。・・・・そんなのも微妙だ。あまりに微妙すぎて、二人ともそのことを思い出してしまって、部屋に遊びにゆくのに気兼ねするようなことを思い出してしまって、それで微妙な感じで夕暮れ時に買い物にゆくことになってしまっていた。
「あー?・・・・ホンダのモンキーって、すげえ色の種類あるだろ。どれ?」
「んー・・・・2001年くらいに出たヤツでさー・・・限定カラーのがあったんだよ・・・・トリコロールのがさー・・・・」
「ホンダのモンキーの赤・白・青・・・・って、ああ。・・・・なんか分かる、でも結構高いんじゃねぇの。」
「ネットでちょっと調べたけど、20万くらい?」
「ゲェ、50ccでそりゃ高いって、アムロ・・・・」
国道二十四号線を超えた。・・・・・二人はだらだらと歩き続ける。・・・・アジサイの季節の中を。どうもお互いの家に泊まりづらくなっちゃった理由なんてのを、考えるのも面倒臭くて、微妙な会話を交わしつつ。・・・・ああ実際、夕飯を買いに出ただけにしては、すげえマッタリ散歩しちゃっているよなー、俺ら。
「やっぱか。・・・・高いか、確かに、免許取れるよな、フツーに・・・・20万あったら。」
「取れよ。てか車の免許が先だろ?やっぱさ。そこでなんでさ。・・・妙に高い限チャ買うよ。」
「えっ・・・・理由?・・・・・欲しいから?男のこだわり、っつーの?」
「いや、考えろよ、そこ。ジーンズとか買いまくってる俺に言われたかねぇーかもしんねーけどさ。・・・っつか、ちょっとこの道、墨染の方に向かってる?」
コウがそう言って急に顔を上げた。・・・・・あー、来るなー、とアムロは思った。・・・絶対言われる。・・・・きっと言われるだろう、シャアのこととか。そういや、二人でじっくりそのヘン話し込んだことねぇんだよ、確かに。
「・・・・・通るかな。・・・・通ろうと思えば通れるぜ。・・・ちょっと回り道だけど。墨染駅の方だろ。」
「だったら、あれだ。・・・・藤森神社が近いってことだろ。・・・・アジサイの名所だ。・・・・寄ってかないか。」
・・・・・おっどろいた!!・・・コウが話をはぐらかした!絶対シャアのこととか、シャアのせいでウチに遊びに来れなくなったこととか、言われると思ったのに!!
ちょっと言ってやりたかったけど、ちょっと言ってやりたかったけど、まあほうっておいたってどうでもいいくらいのことだからとりあえず言わないでおいたんだよ。
「・・・・・アジサイですか。」
アムロが思わずコウの方を振り返って、やや焦ってそう言うと、コウがちょっと面白そうにこう返してきた。
「・・・・アジサイですね。・・・・見たく無いか?」
それで二人は寄り道をしてからダイエーに向かうことにした。・・・・藤森神社のアジサイ。・・・アジサイ!!・・・・満開の、色が次々に変わる、大きくて重たそうな、まんまるのアジサイ!!
「・・・・・あのさ、シャアのせいで・・・・」
「・・・・・・」
藤森神社のアジサイは気持ち良いいくらいに満開だった。
「・・・・・なんかコウとあんまり一緒に遊べなくなったのとか。・・・・・・本当は気にしてる。ゴメン。」
・・・・結局アムロの方から、この雰囲気に耐え切れなくなって小さくそう言ってみた・・・・・・惜しむべくは、夕暮れ時だったせいで、満開のアジサイのその繊細な色合いを、思う存分楽しむことが出来なかったことだ。・・・・・うーん、夕暮れ時にアジサイの名所である京都の旧跡に、ヤローと二人連れ立って、今ふたり。・・・・って、微妙。
「・・・・・・いや別に全然。・・・・・・気にしてないけど、なんだろう、まあ、つまり・・・・」
コウは、いいんだよ、とでも言いたそうにアジサイを見たままでこう返した。
「駈馬、って知ってるか?・・・・いや、この神社で、藤森神社で毎年あるんだけどさ。・・・・馬に乗って、早駆けをして弓を射るんだ。那須与一みたいにだぜ。・・・・それさ、俺、今年、ガトーと見に来たんだ。・・・・そうしたらガトーが感動しちゃってさ。・・・・・弓道もやってみたいとかさ。ほんと、めちゃくちゃ言うもんだから俺、腹が立ってさ。それで喧嘩してさ、で、それ思い出したらさ。・・・・アムロと夕飯買いに行く途中なのにこの神社に急に来たくなっちゃってさ。・・・・ゴメン。」
ちょっと言ってやりたかったけど、ちょっと言ってやりたかったけど、まあほうっておいたってどうでもいいくらいのことだからとりあえず言わないでおいたんだよ。
「・・・・・なんだよ、シアワセだなー・・・・」
アムロがなんだか呆れながら、脱力と共にそう言うと、コウは実に天然らしく目を丸くしてこう答えた。
「あぁあ!!??・・・・なんだよ、ワケわからねーって、待てよオイ。」
「いやまあ、互いにこう・・・・・・・ツッコまないでおいた方がいいんじゃねぇのか。そのヘン。・・・・心は広く持とうぜ。」
「・・・・いや、本気で良く分からねぇし・・・・・」
「・・・・コウ大好き。」
「なんだよー、それなら良くわかるー。俺知ってるって、そんなのー。」
アジサイアジサイ、綺麗な季節。まんまる。しっとり。夕暮れ時。大好きな友達と二人で、大切なところは触れないでおいて、遠回りして、買い物。ダイエーに向かってのんびりと。アジサイアジサイ。
「・・・・コウってほんと単純だよな、あーあ・・・・」
「俺もアムロ大好きー。うっひゃっひゃ。・・・・あ、マッドカプセルマーケッツのニューアルバム、聞く?貸して無いよな、まだ。」
「おー。聞く聞く。・・・・そうか、夏フェスの季節か。・・・・・行きてぇなあー、どれ?どれか出る?マッド。ロッキン?フジ?サマソニ?」
「マッドは今年サマソニとライジングサン。・・・・って、んな金ねぇだろ、バイクどーするよ・・・・」
「・・・・・あー、どうするよ・・・・・マジでカッコいいんだって、ホンダのモンキーのトリコロールカラー・・・・よし、後でコウにも見せてやる。」
ちょっと言ってやりたかったけど、ちょっと言ってやりたかったけど、まあほうっておいたってどうでもいいくらいのことだからとりあえず言わないでおいたんだよ。
満開のアジサイを後にして、二人はダイエーに向かった。そして、念願の五時過ぎから半額のドンブリを大量に買って、アムロの家に戻って来たのだった。・・・・そうなんだよ。
俺達ったら仲が良くて、だから毎日楽しくって、余分なこと言わなくたって全然大丈夫な感じなんだ。・・・アムロは機会があったら、コウに聞いた藤森神社の駈馬、ってのを、今度シャアにも教えてやろうと思った。・・・・あと、あの満開のアジサイなんかを。
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