コウの家に全員が集合していた。シャアとガトーの家はいわずもがな、留学生用に大学が用意した『留学生会館』で、それなりに設備は整ってはいるものの決して広いわけではない。アムロの家は実に大学生らしい狭苦しいワンルームマンションである。それに比べてコウの家は、大学生が一人で暮らすには贅沢この上ない、2
LDKという広さを誇っていた。
「・・・・・・・」
その、コウの家の居間で、ガトーは満足気に新聞を広げていた。・・・・何故自分がそんなことをしなければならないのかはともかくとして、コウの家の大掃除に成功したからである。掃除の成功は実に嬉しいことだった。今、居間はこたつが上げられ、広々としたフローリングに午後の太陽の光がさんさんと差し込み、その中でガトーはこたつ布団をベランダから取り込むタイミングのことだけを考えつつ、新聞に目を通している。・・・・平和だ。軽くあぐらをかき、新聞の地方面を読みながらガトーは思った。・・・へぇ、御香宮で祭りがあるのか。・・・・伏見だな。・・・・・・平和だ。
「・・・・あ、片付いている。広いなー。」
と、玄関に向かうドアが開き、ひょこっと最初の一人が顔を出した。・・・・シャアだ。他人の家で思う存分風呂に入ったらしく、髪の毛からは雫を垂らしたままで、スゥエットを着てのびをしている。・・・・なんでコイツが。『掃除が終わった美しい部屋』という幸せに浸る時間を邪魔されたガトーは(そもそもシャアの存在、それ自体がなかなか気に食わないのである)、なんの返事もせずに新聞に向き直った。・・・だがしかし、シャアも慣れたもので、部屋の中をきょろきょろ見渡して、自分の趣味に適いそうなものを見つける。
「あ、今月の『Smart』だ・・・まだ読んでない。」
そう言って、部屋の隅に積み上げられていた雑誌の中から一冊を抜き取ると、何故か更に部屋の中を見渡して、そしてガトーの真後ろにやってきた。・・・・なんだ?と思う間もなく、急にシャアが背中を向けて座り込む。そして、トンッ、と寄りかかって来た。
「・・・・・うん。・・・・ちょうどいい、ちょうどいいね、素晴らしいよアナベル・ガトー君!」
・・・・・・・・・・どこが素晴らしいというのだ!要するに、ガトーの広い背中を背もたれかわりにしようと言う算段である。さすがに払い除けようと思ったが、そうするのも過剰な反応のような気がして放っておいた。・・・コウとアムロは、コウの寝室になっている部屋でゲームか何かをやっているらしく、居間にやってくる気配は見えない。もっとも、居間の大掃除の為に三人を追い出したのはほかならぬガトーだったのだが。ともかく、これ幸いとシャアは雑誌をめくりはじめる。・・・・仕方がないので、ガトーも新聞に戻ることにした。
十一月ももう残りわずか。今月は学園祭とやらがあったので、なにかろくに大学に通わなかったような気がする。かわりに、紅葉の綺麗な寺にいくつか行ったな、東福寺や、永観寺に。・・・・・拝観料がとんでもなく高かったな。フランスの大聖堂などはどこも無料なのに、何故京都の寺はこんなに拝観料が高いんだろう、そして・・・・・そうか、もうすぐ年末か。東寺の晦日市には、しばらく出かけていないな。あの市は入場は無料だが、良い古本の掘り出し物があるからついつい金を使ってしまう・・・・・・・などとガトーが考えていた時だった。
「・・・・ガトー、何か飲み物・・・・」
また玄関に向かうドアが開き、廊下から今度はコウが顔をだした。・・・・何故かコウは、部屋の中の光景を見て一瞬足を止めたが、首をひねりながらそれでも入って来た。
「コウ君、『Smart』を借りてるよ。」
「うん、いいよ、シャアさん。ナンバーナインの特集凄いから。それで、ガトー、飲み物・・・・」
「自分の家だろうが。・・・・それくらい自分でなんとかしろ。」
うー、というへんなうなり声を上げて、コウは台所に消えてゆく。・・・と、ポカリスエットのペットボトルを持ってすぐに戻って来た。
「・・・・・よし、決めた!!」
・・・・・何を?と、ガトーは思ったが、コウは何故かペットボトルをガトーの右脇に置くと、走って寝室に戻ってゆく。そして、一瞬で戻って来た。
「おれ、俺こっちね!!いい?シャアさん。」
「好きにしたまえよ。」
そして、何故かガトーではなくシャアに許可を貰うと、手に持ったGBAと共にガトーの右側に座り込み、トンッ、と寄り掛かってくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おい、という声が咽まで出かかった。忘れていたわけではないが、コウは負けず嫌いなのである。・・・しかし、シャアを払い除けなかったのにコウだけを払い除けたとしたら、後で大騒ぎになるのは目に見えている。忘れていたわけではないが、コウは執念深いのである。
思わず舌打ちをしながら、ガトーは窓の外を、そしてベランダを見た。・・・・西向きのその窓からは、贅沢なくらいに西日が差し込み始めており、それは平和な午後であり、実際自分は幸せだった。・・・・つい、三十分ほど前までは、更に!
しかし勝手にシャアは背中で雑誌を読み、コウは右肩に頭を乗せてゲームをしている。ポカリスエットを飲みながら。
仕方がないので、ベランダに干してあるこたつ布団を眺めつつ、ガトーも新聞に戻ることにした。
「なあ、コウ、いつまでセーブしとくんだよドラクエVIII・・・・」
そう言いながらアムロが眠そうな目をしてドアを開いて居間に顔を覗かせたのは、更に三十分も経った頃だった。ああ、なるほど、一緒にゲームをしていたわけではなくて、アムロはコウの寝室で勝手に寝ていた、ということらしい。
「・・・・・うお?」
そしてアムロも、部屋の中の光景を見て一瞬足を止めた。それから、眠そうだった目をパチクリと開いた。
「・・・・・左側はダメだ。」
これ以上誰かに寄り掛からせてなるものか、と思ったガトーは、牽制した。・・・・・アムロはしばらく考えていたが、そのうちにこう言った。
「・・・・・これ、なんの新しい遊びだ?・・・・陣取り?」
「そんな訳があってたまるか。」
ガトーは不機嫌に、まだ新聞をめくっている。・・・・見ると、雑誌を読む格好はしているものの、タオルを首にかけたままでシャアは半分寝ている様子で、コウも手に持ったゲーム機から音楽だけは響き渡っているものの、舟を漕いでいるのは明らかだった。
「・・・・・・ふーん・・・・・・・」
アムロは面白そうにガトーとシャアとコウの回りを一周した。・・・・部屋は大掃除をしたので広々としており、大変ウロウロしやすかった。じっくりと眺めた。・・・・・それから、こう言った。
「・・・・なるほど。・・・・・んじゃ、俺は・・・・・」
「やめろ!もう一杯だ!」
ガトーは一応断ったが、アムロは気にしていないようで新聞を持っているガトーの左手を持ち上げる。
「左側に寄り掛かっちゃダメらしいんで、あし、足。・・・足ならいいだろ?」
「いいわけがないだろう!」
「・・・・大きいのにケチだなあ・・・・」
ともかく勝手に、アムロはガトーの左足の上にトンッ、と自分の頭を乗せた。そして、それを膝枕にして西日で暖まった床の上で丸くなる。まるで猫のように。
「・・・・なんだよ、全然余裕あるじゃんかよ。・・・・・・俺眠いんで、ちょっと寝るけど・・・・・・おやすみ。」
・・・・・・・恐ろしいことに、アムロは雑誌やゲーム機すら持って来なかった!・・・・最初から、寝る気まんまんだった!
さて、それでもしばらくガトーは執念で新聞を読んでいた。ちなみに、毎日新聞である。・・・・が、やがて寝息の合唱の中で、自分だけが我慢強く起きていることが無意味に思えて来た。・・・・・慎重に、床に全員を降ろしてゆく。・・・・そして立ち上がってベランダに向かい、最高の出来上がりの暖かいこたつ布団を取り込んで戻って来た。・・・・・そして、それを、静かに三人の上にかけた。
・・・・・しばらく考える。考えてはみたのだが、だんだん午後の日射しのなかで、どうでも良くなって来る。そこで、自分も適当にこたつ布団に潜り込み、
トンッ、と床に頭をあてて横になることにした。
・・・・・こうしてその十一月末のある日の午後、四人は昼寝をすることとなった。
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