2004/03/12 お題:TAJさん

 ばらいろ小咄。『洗濯機』

 砂が舞うような強い風の吹く、春の午後だった。
「・・・・お、誰だろ。」
 留学生会館のガトーの部屋のチャイムが鳴り、何故かコウがそう呟く。・・・・何故かコウが。もちろんここはガトーの部屋なのだが、そして正確にはほとんど帰ってこないシャアの部屋でもあるのだが、もはや休日の度にコウがこの部屋に来ることに、そしてダラダラと過ごすことに、ガトーは抵抗を覚えなくなっていた・・・・いや、これは憂慮すべき事実なのかもしれんな。そう思ったガトーはともかく立ち上がって、ドアを開きに行くことにする。・・・放っておいたら、そのままコウが飛び出してドアを開きそうな有り様だったからだ。
「・・・・・なんだ、貴様か。」
「あ、いらっしゃーい。」
「・・・・やぁ、お邪魔しますー。」
 そう言いながらにこやかに部屋の中に入って来たのは・・・・本来この部屋の住人であるはずのシャアだった。だから、微妙に挨拶が間違っていないか?・・・・そう苦々しく思うガトーを尻目に、コウは嬉しそうに『おひさしぶりタックル』をシャアにかましている。シャアはよろけそうになりながら笑ってそれを受け止めて、何故か大量の紙ぶくろを床に降ろしたのだった。



「つまり・・・・?」
 シャアの説明と言うのはつまりこういう話であった。あまりに大量の紙袋を抱えてシャアが帰って来たものだから、最初、ガトーとコウはアムロと喧嘩でもしたのか、ついに実家に戻って来たのか!!??などと心配した。
「簡単に説明すると、壊れたワケだよ。アムロの家の洗濯機がね。・・・・多少難しい説明をして構わないなら、それはリサイクルセンターで買って来た中古品で、いつ壊れてもおかしく無いくらいのシロモノだった。ベランダに置きっぱなしだったしね。」
「・・・・ってことは、これは全部・・・・・」
 コウはおもしろそうに紙袋を見渡す。・・・・それは御丁寧に、全部ジャーナル・スタンダードというセレクトショップの紙袋だった。とても高くて有名なセレクトショップである。
「・・・・・そう、『洗濯物』だ。」
 シャアも面白そうに肩をすくめてそう言った。・・・・・うわー!!コウは思わず吹き出しそうになった。もしも・・・もしもだ!!モデルのようなルックスの外国人が、この紙袋を大量に肩から下げて京都市営地下鉄に乗っていても、誰もその荷物が『洗濯物』だなんて・・・思いもしないことだろう!!
「考えたね、シャアさん・・・・それじゃ、留学生会館には、洗濯をしに戻って来たの?」
「・・・・ま、そういうことになるね・・・・というのも、アムロがだ。アムロが、諦めて新しい洗濯機を買えばいいのに・・・・」
 そうシャアがため息をつきながら答え、コウがその洗濯物の量を見て思わず「手伝おうか?」と言いかけた、その時、まさにその時だった。
「・・・・あ、電話だ。・・・・・アムロか?」
 携帯が急に鳴ったのでそれに出るため、コウは部屋の隅のバックのところに走っていってしまう。すると、それまでずっと黙って話を聞いていたガトーが、少し怒ったようにこう切り出した。
「洗濯機が壊れた。・・・・だから、洗濯をしに戻って来た、というのは良く分かった。だが、ならば勝手に洗濯をして帰ればいいだろう。ランドリーは一階だ。何故、これだけ大量の洗濯物と一緒にここに転がり込む必要がある?」
「・・・・・君ね、ここは一応私の部屋でもあるんだぞ?ちょっと顔を出して何処が悪いというんだい?」
 何とも言えない空気がガトーとシャアの間を流れる。・・・・しらじらしい!!ガトーが次の台詞を怒鳴りかけた、その瞬間に、コウが二人のところへ戻って来た。
「え、シャアさん?・・・・うん、来てるけどさ。・・・あぁ。・・・・うん。・・・えー、ちょっと待って、書くモン探すしさ・・・・あ、電話、やっぱアムロから。」
 そうして、一触即発の危機に容赦なく顔を突っ込んだコウは、二人の間で優々と紙とペンを取り出し、何かをメモに取りはじめる。・・・・ガトーとシャアの二人は言い争いをする気も失せて、しばらくコウを見守ることにした。
「・・・・あーっと、まって、銅線?・・・ニクロム?・・・はいはい、直径は・・・それを三メートル。それから・・・え、ネジの号数言えよ、わかんねぇって。・・・・うん。二センチのね。数は。五個くらい・・・」
 コウはアムロと何の話をしてるのやら、ともかく何かを紙に書きとめている。
「パッキン替わりの?・・・・ゴムでいいだろ、無理だよそれ。あ、チューブならイケるか・・・・そのサイズのロッカクは俺も持って無い。・・・・うん。はい。分かった。・・・・すぐ行く、家に寄ってドライバー持ってからいくから一時間くらいじゃねぇ?・・・・うん。分かった。」
 ・・・それでどうやら電話は終わったらしい。すると、コウがいきなり立ち上がって、こう宣言した。
「俺!・・・・ごめん、シャアさん、洗濯手伝いたかったんだけど・・・アムロの方も大変みたいなんで、そっちに行くよ!・・・・ガトー、洗濯手伝ってあげなよね、シャアさんの!!」
 それだけ言うと、コウはバックに携帯をねじ込んで、部屋を飛び出していってしまう。・・・・その後ろ姿を見送って、しばらく経ってから、ガトーがボソリと呟いた。
「・・・・・・何が始まったんだ・・・・・・・」
「・・・・だから、アムロときたら、諦めて新しい洗濯機を買えばいいのに・・・・」
 シャアは少し頭を抱えるとこう言った。
「・・・・『洗濯機の修理』を始めてしまったんだ。・・・・ああ、いつになったらアムロの家で洗濯が出来ることやら・・・・・」
 ・・・・・結果、仕方ないのでガトーはシャアの洗濯を手伝うことにした。



 留学生会館にはたくさんの学生達が住んでいて、洗濯機は共同で使用することになっている。ちなみに洗剤は自分持ちである。ランドリーには幾台もの洗濯機が並んでいたが、その午後、洗濯をしようと思っている住人は、どうやらガトーとシャアだけのようだった。
「・・・・・ひとこと言ってもいいか。」
「愚痴以外ならな。・・・・あっと!説教もゴメンだな。」
 洗濯機を回しながらなんとも言えない会話を交わすフランス人が二人。・・・・どこか薄ら寒い光景である。
「・・・・・アムロはシマ柄のトランクスしか穿かないのか。」
「・・・・・・・・・・・そう言われればそうかもな・・・・・・・・・・」
 目の前では三台の洗濯機が全力で回り続けているが、シャアの持ち込んだ洗濯物も相当の量なので、なかなか洗濯は終わりそうにない。
「・・・・・あと、洗濯物を溜め過ぎだぞ、貴様ら。」
「・・・・洗濯機は壊れたままで、アムロにもなかなか直せなかったのだから仕方がないだろう!・・・・それは説教とみなすぞ、君!!」
「よくもそんな偉そうな口がきけたものだ、だいたい貴様、私が注意しなければ色物と白い物を一緒に洗うところだっただろうが!!」
「そう言われると思ったから、コウくんに手伝って貰おうと思っていたのに・・・・アムロがコウくんを呼び出すなんて、計算外だったんだ、私が洗濯など得意なものか!!得意に見えるというのかい、えぇ!!??」
 何故かシャアが堂々と逆ギレし、胸を貼ったときに洗濯機が止まる。・・・・・ここで会話一時中断。二人は、あまり性能の良く無い二漕式の洗濯機から洗濯物を取り出すと、黙々と脱水機の方に入れ替えた。留学生会館の洗濯機がいまだにレトロな二漕式なのは、ただひたすら、水道代を節約するためである。
「・・・・それでだ。この洗濯物をだな、脱水まで済んだら、全部屋上にもってゆくからな。そして干す。いいな?」
「・・・・なんだって君!!・・・・部屋で良く無いか、それか乾燥機で全部乾かして・・・・」
「麻や綿の物も多いだろうが!!・・・・貴様、洗濯を甘く見ていないか、そもそもこの量を全部干せるほどの物干を持っていないから、屋上の物干竿を使わないと無理だ!!・・・・それに、洗濯物が縮むと恐ろしいことになるんだぞ、分かっているのか・・・・そもそも、洗濯とはだな・・・・」
「ああもう、分かった。わかったとも、ガトー!!・・・・確かに、午後いっぱい干せばある程度乾くだろうよ!!・・・・言う通りにするから!!分かったから!!」
 ・・・・洗濯はまだまだ終わりそうになかった。



「お待たせー・・・・・・来たけど。調子どうだ?」
「・・・・おー、上がれよ、俺ベランダー。」
 コウはアムロのワンルームマンションに到着していた。・・・・部屋の中に山積みになっている、雑誌やらコンビニのビニール袋やらを乗り越えながら、ベランダに到達する。・・・・いや、それにしても、食べ終わったコンビニ弁当はそのまま袋にツッコまないで、捨てた方がさすがに良くねぇ?
「・・・・・・すげえな。」
「・・・・おー。・・・・・七号のネジとプラスドライバーくれよ。」
 ベランダでは洗濯機の大解体作業が行われていた。
「・・・・風、強いよな、今日。」
「もう、春だからじゃねぇ?・・・・・やった、思った通りだ、このネジで合ってる!!・・・どう思う、コウ、これさ。」
 アムロはコウから部品だけを受け取ると、脇目もふらずにまた洗濯機の修理に集中し始める。・・・・見ると、ゴム手袋をはめていた。トイレの掃除に使いそうな、不格好なゴム手袋である。感電避けだろうか?それにしてもへんな手袋!
「・・・・こっち、俺が繋ごうか?」
 そんなアムロの脇に、コウも腰を降ろす。・・・・ああ、そんなに複雑じゃないな、やっぱ洗濯機の中身って。
「・・・・・症状は分かりやすかったんだ。・・・・まず、動きが不安定になる、時々止まり、そのあとバチッ、って大きな音がする、そして動かなくなって焦げ臭いにおいがする・・・・」
「電気系統だな。」
「うん、そう。・・・・どっかが焼き切れたに決まってる。で、バラしてみたら当ってた。・・・・それなのに、クソっ、シャアったら直せるもんか、なんて言うから・・・・・」
 ああ、悔しくなっちゃったんだろうね。・・・・分かる、俺も分かるな、俺も洗濯機壊れたら、捨てたり、新しいのを買う前に、やっぱ解体するな。・・・・そう思いながらコウも、幾つかの配線を繋ぎ始める。そんな二人の脇を、強い風が吹き抜けていった。
「・・・・・・・・なあ、それでいつから壊れてたんだよ、コレ。」
「・・・・・・・・一週間くらい前?・・・でもちょっとさー、俺放り出しっぱなしで、コレ。」



「・・・・壮観だ・・・・!!」
 ガトーとシャアの二人は、やっとの思いで洗濯物を全て、留学生会館の屋上に干し終わったところだった。それは留学生会館の共同の物干場なのだが、ありがたいことに今日はあまり洗濯物がそこに無かったため、ほとんどすべてをシャアが持ち込んだ洗濯物で占領する事が出来たのだ。
「・・・・そこで感心するな、洗濯物をここまで溜めない努力の方をしろ、溜めると何でも恐ろしいことになるのだぞ・・・!!」
「あーはいはい。・・・・終わったんだからいいじゃないかい、実際!」
 洗濯物が風にはためいている。ばたばたばた。・・・・強い風だ。そして洗濯物の向こうに、輝く太陽が見える。・・・ガトーとシャアは風に吹きさらされながら、しばらく無言だった。
「・・・・今日は風が強いな。」
 ふと、ガトーが言った。
「・・・・もう、春だからじゃないのか。・・・・君、感謝しているよ、だから・・・・・洗濯を手伝ってくれてありがとう。」
「・・・・・・別にいい。」
 砂が舞うような強い風の吹く、春の午後だった。・・・・ガトーはシャアの言葉をそこで遮ると、もう一回物干竿の上で風にはためく洗濯物を見た。・・・シャツとか、ジーンズとか、それから・・・シマ柄のトランクスとかをだ。
「・・・・・・・ああなんてことだ、本当に春じゃないか。・・・・・修理は終わると思うか。」
 すると驚いたことに、とても嬉しそうな表情でシャアがこう言った。
「・・・・・終わると思うよ、きちんと洗濯機は直るだろうね。・・・・ひどく優秀なエンジニアが、二人がかりで直しているからね。」
「・・・・・・それじゃあ、」
 ガトーは風の中で髪を押さえながらこう言った。
「・・・・今日のことは我慢しよう。・・・・あの二人は、夕食に来いと言ったら来ると思うか。」
 そうガトーが言い終わった頃には、シャアはすでに携帯を引っぱり出しているところだった。



「・・・・電源入れるぞ、せーのっ・・・・・・」
 ガタン、というような音を出した洗濯機は、次の瞬間にはカラッポのままでガタタタタ・・・!と回りはじめる。
「・・・・・・・やった・・・・っ!!」
 奇妙なゴム手袋をはずしてベランダに叩き付け、アムロが嬉しそうに叫んだ。その顔は、機械油にまみれてひどい有り様だった。
「・・・・・やった、直った・・・・・!!」
「・・・・・良かったな、これで洗濯物を溜めずに済・・・・・・」
 コウもそう言いかけた時、携帯が鳴るのが聞こえて来る。コウはまたしても慌ててそれに出た。・・・・夕日だ。アムロのワンルームマンションのベランダから眺める空は、いつの間にやら夕焼けに染まっている。そんな風景をチラリと横目でみながら、コウは電話に出た。
「・・・・もしもし。・・・・ああ、シャアさん、そっちどうでした?うん、こっちは今直りました・・・アムロに替わる?・・・・いい?・・・・ごはん?・・・・はい、うん・・・・うん、今すぐ行きます!!」
 コウは非常に簡潔に、事実だけをアムロに伝えることにした・・・アムロときたら本当に嬉しそうに、夕日の中で直った洗濯機を眺めている!!
「・・・・アムロ!!・・・・ごはんだってさ、洗濯物はちゃんと片付いたって。・・・・・だから、御飯食べにいこうぜ!!・・・・ガトーんちに!!」
 ・・・・そこで二人は、そろってアムロの家を飛び出し、留学生会館に向かうことにした。・・・・油まみれの顔のままで。








 ・・・・・その日吹いた風が今年の、春一番だった。

   






■お題リクエストはTAJさんです!■
今日、あまりに暖かくて、そして風が強かったので、こんな話になりました(笑)。
どうかなー、TAJさん!あんまり女性向けっぽい話じゃなくてごめんなさい・・・・(笑)。
でも、洗濯するガトーさんとシャアは、すっごく奇妙で、そしてのどかな風景なんじゃないかと思いながら書きました。
・・・もう春ですね。春ですよねぇ。




2004/03/12




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