酒が入れば理性が吹っ飛ぶ・・・・・というワケで、その晩四人は酔っていた。もうまんべんなく、しかし程よく、なおかつ全員が、である!!
「・・・・前方に『しかくいの』はっけーん!!」
「はっけーん!!」
「・・・・おおお、電話ボックスだああああ!」
「だあああぁーーー??」
アムロとコウの二人がいつも通りに暴走して、更に酔いが回るというのに走ってゆくが、いつもならそれを止めるガトーも、今晩は止めすらしない。・・・いや、何故って、もうまんべんなく、しかし程よく、なおかつ全員が酔っていたから、である!!ガトーですら例外ではないのだ。
「・・・・ああ、確かに電話ボックスだ。」
「今どき珍しいかもしれんなあ。」
そんな気の抜けた台詞を言いながら、シャアとガトーの二人も電話ボックスに近寄ってゆく。先に走って行ったアムロとコウの二人は、もう楽し気にベタベタ電話ボックスを触りまくっているところだった。・・・いったい、何が楽しいというのやら!!
「明かりがみどりいろですーー!!」
「電話ボックスだからなー!!」
「みどりいろって、マトリックスみたいだー!!!」
「だって、電話ボックスなんだからーーー!!!」
・・・・会話として成り立っているのやらどうなのやら、まったく分からないが、ともかくアムロとコウの二人は笑い続けている。暖かくなりはじめたばかりの夜風が、四人を包んで心地よいそんな春の夜。外で飲んで、ここまで全員が出来上がるのは珍しいことかもしれないな、などと、まったく自分も陽気な気分に浸ったままでガトーはちらりと考えた。目の前には、携帯の普及によって昨今では珍しくなった電話ボックスが、確かにぽっつりと街角に立っている。
「・・・・おれ・・・俺はつねづねぎもんに思って・・・いたのらけろ・・・・」
回らない舌でアムロが急に思い付いたように言い出した。
「電話ボックスには・・・なんにん人が入れるのでしょうか!!!!!」
・・・・・意味不明である。いや、だがしかし、酔っ払いというのはそんなものである。
「えー!!・・・えー!!!たぶん、よにんくらいだと思います、先生!」
何故かコウが元気に手を上げてそう答え、シャアが「じゃ、私も四人に一票。」と笑ったままそう言った。ガトーはしばらく考えていたが、「めんどうくさいから四人でいい。」と言った。・・・・・めんどうくさいと言い放つガトーというのも珍しいものである!
「うえ・・・じゃあ、俺は、おれは三人ね!!コウ、ぜったいだな、ちがったらどうする、なに賭ける!」
アムロがニヤーっと笑いながらそう言ったので、コウはちょっと考えたらしかった・・・・が、よっぱらいなので、考えがまとまらない。
「えー・・・・ええっと、んー・・・と、」
コウが考えている間にアムロが陽気にこう言い放った。
「じゃ、ベロちゅーな!おれが勝ったらコウにベロちゅーするからな、わはははは!」
「ぎゃーふざけんな、なんでおれがアムロとベロちゅー!」
「ぜったいするからな!!」
「ふつうのちゅーにしてください先生、普通の!」
それではまったく問題は解決していないのだが、コウがそう返事をして、シャアまでもが「ああ、アムロは酔うとキス魔になるからね」などと微笑みながらそう言った・・・・ともかくアムロは、小さな電話ボックスの中に足を踏み入れた!!
「ひとーり!!」
「ふたりー!!」
続いてコウ。更に、シャアが入って来た、既にかなりぎゅうぎゅうだ。
「はい、私で三人・・・・やっぱ三人くらいで限界じゃないのか、電話ボックスってのは・・・。」
「・・・・やりー!この賭け、俺の、か・・・・」
勝ち、と言いかけたアムロは後ろを振り向いて一瞬気が遠くなりかけた。・・・・うそっ。マジ!!?・・・・ムリだって!!
「・・・・・じゃあ私も入ってみよ・・・・」
『・・・・・やめろぉおおおおお、つぶれるぅううううううううう!!!』
ガトー以外の三人の悲鳴が電話ボックスの中から響き渡る中、ガトーはまったく気にしない様子で電話ボックスに強引に入ってきた。・・・・入ってくるガトーの大きな体。・・・・ああああああああ。
・・・・それが気を失う前、アムロが見た最後の景色となった・・・・。
「・・・・・生きてる!」
そう言って、アムロが次に目を覚すと、ありがたいことにそこは自分のマンションのベットの中だった。・・・・良かった。・・・・生きてる!!全く記憶がないまでも、生きて無事に戻って来れた!!ガトーに押しつぶされても、だ!!
「・・・・そりゃ、生きてるけどね、辛うじて。気を失った君は重かったよ・・・・」
隣から声がしたので顔を向けると、いつも通りにシャアが寝ていた。ベットに突っ伏しているので顔は見えない。窓の外を見ると薄らと明るくて、だけど頭は痛くて、ああ、二日酔いだなあ、とアムロは実感した。実に大学生っぽい。飲み会の次の日の朝だ。
「・・・・って、それはいいけどな、なんで俺、服を着てないんだ?」
隣に眠る男から返事はない。・・・・まあいいけどさ。良く見ると、シャアも服を着ていなかった、あれ、なんだよ、
「・・・・なあ、聞いてもいい?・・・・意識が無くてもセックスって出来るのか?」
「・・・・君ね、私のことをとんでもない変態だと思ってないかい?」
シャアはついに眠そうな顔を上げた。・・・あ、ちょっと怒ってる?その説明によるとこうだった。−−−アムロは四人で無理矢理入ってみた電話ボックスの中で器用に意識を失った。実をいうとコウも潰された。・・・で、結局シャアはアムロを、ガトーはコウを背負って帰ることになったらしい。
「なんというか・・・さすがに君を背負って帰る途中で酔いが覚めたよ、これから先、どんなに酒を飲もうとも、自分は気を確かに持とうと!!そう神に誓ったね!君があまりにめちゃくちゃだものだから。」
コウにベロちゅー・・・とか言ったあたりはなんとなく憶えてる。アムロはちょっと気まずくなって、ベットの脇に常備してあるはずの煙草を探した。・・・・が、煙草ではなくて、かわりにへんなものに手に触れた。
「・・・・・なにコレ。・・・・うん、それで、大体の事情は分かった、だけど、俺が裸の理由は?」
「そりゃ、君が脱ぎたがったんだよ、苦しそうに唸って、暑がってね!!だからここまで戻って来て、私が脱がせてやったわけだ。」
「・・・・そりゃ分かった。どうも。・・・・で、アンタまで脱いでる理由は?」
「・・・・、」
シャアはしばらく沈黙したが、どうやらフランス語で悪態をついているらしかった。・・・それから更にしばらくたって、やっと言った。
「・・・・下は履いてる。・・・・暑苦しかったんだ、私も。」
そう言われて、確かにそのとおりであることに気付いた。自分の素足にシャアのズボンの布が触れたからだ。
「・・・・いや、いろいろスイマセン。・・・・で、なにコレ?」
そんな会話を交わしながらアムロがまくらもとに発見したのは、なんと・・・・一冊の電話帳、であった。・・・こんなの、昨日までウチには無かったよな???
「ああ、それ!!・・・・それねえ、私もここまで戻って来てから気がついたのだよ、どうりで重いはずだ・・・と思ったんだが、君、それ、電話ボックスからしっかりつかんで持って来てしまったんだよ!」
えええ!・・・・・って、しかし何故!!アムロはさすがに、ベットの中に電話帳をひっぱり上げて悩んだ。・・・・確かに俺は、時々ジャンプとか拾う。・・・・でも、ジャンプはジャンプじゃんか!・・・これ、電話帳じゃないか!!・・・・拾って来てどうするんだよ!
「どうにかして手からはずそうとしたのだけどね、君が離さなかったんだぞ?あの電話ボックスで拾ったんだろうな。」
「ぅえー・・・・・」
アムロはなんとも言えない声を上げた。・・・・ダメだ、俺。しばらく禁酒しよう。・・・そうしよう!!
「・・・・・なんか大変御迷惑をおかけしました・・・・」
と、何の気なしにアムロが持ち上げた電話帳を開いて眺めはじめると、とても暖かい腕が背中に回ってきた。
「・・・・なに。」
思わずアムロはビクリとする。
「いや、このベット狭いものだから。こうしてないと本来落ちる。」
・・・・そりゃ分かってるけどさ。まあいいか。・・・アムロは電話帳をパラパラ眺め続けた。・・・・少しづつ回された手がアムロの背中を撫でてくる。・・・それでも、電話帳を見続けた、そして気付いた。
「・・・・無い。」
「何が。」
そのアムロの台詞に、少し興味を持ったらしく、シャアが体を上げた。そして、腕は相変わらず回したままで少しアムロの上に乗りかかるようになる。肩口あたりにシャアの頭が来て、その髪がさらさらと自分の身体の上に乗ったのを、アムロは感じた気がした。・・・・髪の毛なんて軽いんだから、こんなに気になるはずないんだけど。
「・・・・だから、無い。電話帳に、『シャア』って名前。」
「君ね・・・・」
肩口に、本当にシャアが頭を沈めるのが分かった。・・・・何故かため息をついている。・・・・うわ。これはちょっと、もう動けない。今、顔を電話帳から上げたら、間違い無く物凄い美形が俺の真横にいる。アムロは思った。
「一言ツッコんで構わないなら、私の名字は『シャア』じゃない。・・・『アズナブル』の方。それから、携帯しか持って無いから、電話帳にも載っているはずはない。」
「・・・・・いや、今『ア』の方も見たんだけど、『安室』も載って無い。」
そう答えながら、アムロは観念してシャアの方を見た。・・・・果たして、とんでもなく綺麗な、とんでもなく綺麗な、そして二日酔いの自分に暖かさを与えてくれる人間がそこにいた。アムロは、『京都市内』とか書かれているハローページを閉じた。
「・・・・・日本の人口って、今、何人。」
アムロは少しなげやりにそう聞いた。
「一億二千万人くらいか・・・?」
「それじゃ、世界の人口は何人くらい?」
「何百億だろう?・・・・知らないよ、そんなのは。」
シャアは真面目なのだか不真面目なのだか分からないが、その綺麗な顔で、半分くらいはきちんと答えてくれた。・・・・アムロはその頬に触れてみた。
「・・・・・あのさ、それで、今俺が何を考えてるか分かる?」
「・・・・・・それは分かるかもな。・・・・・ああ。」
・・・・しょうがないよな。アムロは思った。
・・・・しょうがないだろう。シャアも思った。
何故か二人は出会った。・・・・電話帳にすら載って無い名前なのに。・・・・こんなにも広い世界の中で。・・・・しょうがないよな。そこで、電話帳は適当に床に放り出して、とりあえず互いに触れてみることにした。ふかく深く、くちづけた。それはそれは暖かかった。
ああこの広い世界では、まるで奇跡のような確率の、そんな出会いをありがとう。
「・・・・・食べれない。」
同時刻、留学生会館のガトーの部屋では立派に並んだ二日酔い対応の朝食を前に、コウが鼻をすすっていた。
「・・・・・食べれないです・・・・」
「私の飯が食べれないというのだな?・・・・よし、理由を話せ。」
「・・・・昨日の晩、指を挫きました・・・だから箸が持てません・・・・」
コウはもう、泣き出しそうなイキオイであった。・・・ああ、シジミの味噌汁。これ、二日酔いには、とても良いんだよなあ。美味しいんだよなあ。ガンガンに痛い頭を振りつつ、でもコウは繰り返す。
「・・・・やっぱ食べれない。・・・・箸が持てない、だからフォークをくださ・・・」
「貴様、日本食をフォークで食べようと言うのか!!・・・・それでも日本人か!!」
何故か目が覚めた瞬間から、ガトーは妙に不機嫌であった。・・・理由は良く知らない。いや、正確に言うと、どうやって自分がここまで戻って来たのかも知らない・・・だけど!!
「だって!無理だっていうのにガトーが電話ボックスの中になんか入ってくるから、俺びっくりして指を挫いたんだろ!!??・・・寄りによって右手の人さし指だよ!!」
ついにキレてコウがそう叫ぶと、ガトーも負けじと怒鳴り返してきた。
「そんなことで剣道は出来るのか!!!」
・・・・ってねー、アンタねー!!!!!
「竹刀はテーピングすれば握れるだろ!!・・・・でも箸は無理だ、俺このままじゃ御飯が食べれないっ・・・・!!!」
ドカっ、とコウが左手で机を殴りつけたところで、ガトーがはー・・・と実に長いため息をついた。
「・・・・分かった。」
「・・・・な、何が??なにが、どう、分かったって???」
「・・・・しょうがないだろう。・・・しかし、この立派な日本食に私がフォークを添えるなどとは、死ぬまで思うな!!」
「ああそうですか、分かったよ、分かりました!!!・・・・・ガトーのばか!」
「ばかは余計だ・・・!!」
そう言いながらガトーが自分でお茶碗と箸を持った。・・・・なので、コウは、
・・・・しょうがないよな。そう思いながら口を「あーん」と開いた。
・・・・しょうがないな。そう思いながら、コウにメシを食わせてやることにした。
ああこの広い世界では、まるで奇跡のような確率の、そんな出会いをありがとう。
ちなみに、アムロが勝手に持って帰って来た『ハローページ:京都市内版』には、浦木は数件あったが、ガトーという名字ももちろん載っていなかったらしい。
|