2001/01/17 初出

 ばらいろ小咄。『まがりかど』


 コウは、その曲り角が嫌いだった。・・・・・大嫌いだった。





「・・・そんじゃあ。」
「ああ。」
 それは、コウとガトーの家のちょうど真ん中あたりにある、何でも無い曲り角で・・・・京都の、どの曲り角ともさして変わらない、奥に長い家々がずうっと続く通りの、そう、ちょうど住所では『○○通上ル』と表記されるような場所だった。
「・・・・・・また明日。」
「ああ。」
 ちょうど二人の家の真ん中あたりにあるのだから、コウとガトーはそれぞれの家に帰る為、いつもそこで別れる事になる。その晩も、その年の初めのひどく寒い晩もそうだった。
「・・・・なんで後ろ向かないんだよ。」
「・・・お前こそなんでさっさと帰らない。」
 剣道部のメンバーと、ちょっとした新年会があって、その帰りだった。・・・・すこしお酒が入っていて、イイ気分だったような気がする。少なくとも最初は。
「俺は・・・・・なんだ、うん、そうだな、ガトーが後ろ向いたら帰るよ。」
「では、私もそうする。」
 最初は、というのはあまりの寒さに、あっという間に酒など抜けてしまったからだ。それで、二人はなんだか黙々と、暖かい家への道を急ぐ事になってしまった・・・ともかく、せっかくここまで急いで帰って来たのに、ここで家に帰る事をためらってどうする。いや、こんな事で張り合ってどうする。・・・だが、その自分達らしさに、思わずコウは笑い出さずにはいられなかった。
「ガトー、俺さっむいよ・・・ガトーも寒いだろ?・・・・ほら、月だって寒そう。」
 コウは上を見上げてそう言った。・・・あー、俺の息も当たり前だけど真っ白。もちろんこんな真夜中近くでは、近くを歩き回っている人間も一人もいないから、それが更に一月の京都の空気をひどく透き通ったなにかにするのを手伝っている。
「・・・・そうだな。では帰るとするか。」
 ガトーもそう言ったものの、相変わらず二人は動かずに、なんだかバカみたいに立ち止まってお互いの顔を見ていた。・・・なんだよ。今日、ちょっと変だな。何回も何回も、この曲り角でおやすみって言ってきたのに。
「・・・よし、こういうのどう?昔、『東京ラブストーリー』ってドラマがあってさ・・・小学生の頃見たんだけど、それで、どうしても家に帰れない二人がいてさ、『せーの!』で後ろ向くのな。・・・やってみる?」
「・・・・ここは京都だぞ?・・・・大体ラブストーリーってなんだ。」
 そんなちょっとズレた、ガトーの返事も妙に笑えたが、コウはちょっと深刻な気分になって来ていた。・・・ああ、このままじゃ俺、今日は家に帰れないかもしれない。・・・そしたら凍死しちゃうじゃないか!
「とにかくやってみよう・・・・せーの!」
 コウはそう言うと、勢い良く後ろを向いた・・・・もちろんガトーもそうした。ラブストーリーではないのだから、それくらい簡単に出来る。
「・・・・後ろ向いたか?」
「向いたとも。」
 ガトーのそう言う返事が聞こえて来たので、コウは安心した・・・・そして、歩き出した。
「おやすみー!」
 しばらく歩いてから急に何かに気付く。思わず血の気が引いて、なんだか大変な事をしたような気がして慌てて振り返ると、案の定・・・ガトーがこっちにもう一回向き直って立っていた。
「・・・・嘘つき!」
 思わず、コウがそう叫ぶ。すると、ガトーはちょっと笑った。
「さっさと帰れよ!」
「帰るとも!さっさと行かんか!」
「言われなくたって行く!」
 ・・・だけど、なんてことだろう。足が動かない。





 もう、絶対に動けない。・・・コウはそう思った。ほらみろ、帰れないよ。そう思って、泣きたくなった。





「・・・なんで帰らない。」
「帰るよ!」
 ・・・そうだよ、帰るよ。帰れるよ。だって、同じ家に住んで無いんだから、離ればなれになるのなんかしょうがないじゃないか!!頭の中ではそう思っているものの、やっぱり身体は動かない。・・・・分かってるよ、しょうがないじゃないか。コウはもう一回空を見上げた。くっそ。・・・月は相変らず寒そうだ。
「・・・・何で帰らない。」
「・・・・月が寒そうだから!」
 ついにコウは、泣いているんだか怒っているんだか分からないくらいの勢いで、そんな意味不明な台詞を叫んだ。・・・次の瞬間。





 ガトーがものすごい勢いで、しかも顔まで凄く恐ろしい表情で自分の方にやってきたのでコウは思わず目をつぶった。・・・・うっわ、怒らせたか?
 が、目の前までやってきたガトーは立ち止まると、何故か目をしっかりつぶったままのコウの額に手をやった。そうして、前髪が掻きあげられて、額に何かが触れるのだけをコウは感じた。
「・・・・なに?」
 コウが目を開けると、相変わらず凄い形相でガトーが目の前に立っている。
「・・・・なにした?」
「・・・・・月が寒そうだったからな。」
 ガトーはそう答えた。





 ・・・・分かってるよ、しょうがないじゃないか。自分達は、シャアさんとアムロじゃないんだから。・・・そういう風なものじゃなくて、そういう風なものじゃない方法を、選んでしまったんだから、しょうがないじゃないか。





「・・・・・・・・ええっと。」
 でも、このままじゃ俺は泣く、とコウは思った。
「・・・・おやすみ。」
「ああ。」
 それで、今度こそ帰る為に後ろを向こうと思った。
「・・・・せーの、」
 コウが小さくそう言うと、今度はガトーがきちんと後ろを向いた。・・・・そうして、今度は振り返らなかった。





 わかってるよ、しょうがないじゃないか。





 ガトーの姿が見えなくなってから、コウもやっと後ろを向いた。そうして、曲り角をまがった。・・・涙が止まらなかった。










 それはコウとガトーの家のちょうど真ん中あたりにある、何でも無い曲り角だった。
 そこで、いつも二人は別れた。それぞれの、家に戻った。
 ・・・・二人は一度だけ、その曲り角でキスをしたことがある。
 コウは、その曲り角が嫌いだった。・・・・・大嫌いだった。










 ・・・・・大嫌いで。















 ・・・・・・・・・本当は泣きたくなるほど好きだった。・・・・・今日も月が出ていた。


      




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