2003/07/05 初出

 ばらいろ小咄。『ベルサイユのばら』


 本当に直前になってから、四人は気が付いたのだった・・・明日から丸々三日間、全員がヒマであると言うことに。
「えー・・・」
「えー、でもなあ・・・」
「今日になって分かってもね。」
「・・・・無論、旅行になど行こうとしても無理だろうな、宿が取れまい、そう遠くにも移動は出来まい。」
 ガトーがひどく簡潔に事実を述べて、大学からの帰り道の坂の途中で二人の日本人と二人のフランス人は、しばし沈黙することになったのだった。・・・・後期の授業も、やっと本格的になってきた九月末。

 九月、十月というのは何故か日本は連休が多い。世の中では行楽シーズン、などと言うらしいが、要するにそんな事情で発生してしまった土、日、祝日合わせて三日間の「ヒマ」である。何故全員がヒマかどうかギリギリまで分からなかったのかというと、この友人達の中ではコウとガトーが体育会系剣道部に属していていつも忙しいせいだ。しかし非常に珍しくその部活動が、諸処の事情により今回休みになったのだった。
「・・・ま、立ち止まっててもしょうがねぇしさ。」
 アムロが結局そう言って、四人はまた大学前の坂道を下り出す。
「そうだな、何も絶対一緒に過ごさねばならない、というものでも無いと思うよ。」
 シャアもそう言った。
「確かに気になっている調べ物が幾つかある・・・」
 ガトーまでがついにそう言い出したところでコウが「えーーー!」と大声を上げた。
「何でだよ!楽しそうじゃんか、三日も、って!えー、なんかやろうよ、どっか行かなくてもいいからさーー!」
 そこで四人はまた足を止めた。・・・大学の最寄り駅の近くまで歩いて来ていて、ちょうど駅前の本屋の目の前だった。
「しかしねコウ君・・・・」
 シャアがまだ何か言いかけた時、ガトーが遮ってこう言った。
「出かけるのでは無く一緒に過ごすのだ、などとなったら貴様の家くらいしか集まるところはないぞ。それでもいいのか。」
 うーん、とコウは考え込んだ・・・・そっか。そーだな。アムロもそう思う。ガトーの住んでいる留学生会館も、アムロのワンルームマンションも、男四人が集まるには少し小さかった・・・そして三日も過ごすには。ちなみに、シャアは『住所不定、無職』のような人間なのでこの際計算外である。
「・・・うん、じゃ、それでいい。・・・・俺の家で三日間遊びまくろうぜ、何する、ゲームでもなんでもやってやろうじゃないか!!」
 しばらく考え込んでからコウはそう言った・・・・何故か、俄然燃えて来たらしい。え、何故?
「ゲームねぇ・・・・」
 シャアがちょっと考え込んで、ガトーが三日分の食事・・・四人で、三日分十分に足りる食事の食材について考えはじめた時だった。
「・・・・あ、俺ひらめいた。」
 脇にある、本屋の店先をぼうっと眺めていたアムロが急にそう呟いた。
「え、なに、なんだアムロ!?」
 勢い込んでコウがそう聞く。・・・するとアムロは、本屋の店先のラックに置いてあった一冊の雑誌を指差した。
「・・・・これ。ビデオ観賞会。」
「・・・・へ?」
 コウは少し気が抜けたらしい。
「いやしかしそれは・・・・」
「前にもやっただろう、『オースティン・パワーズ』で。」
 シャアとガトーもそう言ったがアムロはゆっくりと首を振る。
「・・・・いや。あんな短いのじゃねぇ。超長いやつ。・・・・うわっ、すげえ、いいぞ、絶対笑える!」
 そう言ってアムロの指差す先には・・・・ヅカ雑誌、つまり宝塚歌劇団の専門雑誌が置いてあった。こんな雑誌が何種類も置いてあるところは、さすがここが関西、と言うべきなのか。
「・・・・宝塚・・・・?」
「宝塚のビデオを見るのか?」
「違う。」
 ニヤリ、とアムロは笑いながら遂に雑誌を手にとった・・・・そして、表紙に載っている小さな文字を指差した。
「『ベルサイユのばら』・・・・・・・・・」
「・・・・・とは、なんだ?」
 フランス人二人はさすがにその内容を知らなかったらしくそう言うが、コウは気が付いたらしくこう言った。
「・・・・分かった!!・・・・アニメの方だ!あー、姉さんが好きで見てた、そう言えば!一番上の姉さんが好きで、他の姉さんも全員ハマっちゃって!」
「・・・これを、このアニメをいっぺんに全部見る!!・・・・って、どうだ、スゲーぞきっと!」
 うわああああああ、と変なテンションで日本人二人は盛り上がり、フランス人二人は顔を見合わせた。
「・・・・で、」
「『ベルサイユのばら』・・・とは一体?」
 二人とも宝塚歌劇団に関する知識くらいはあったらしいが、さすがに少女漫画が原作の大昔のアニメに関する知識は無かったらしい。ともかく、四人は電車に飛び乗ると、途中のレンタルビデオ店で『ベルサイユのばら』全40話のDVDを借りつつコウのマンションへ向かったのだった。

「ほら、確かフランスの話なんだよ。」
「そうそう。確かな。だから二人にもちょっと関係あるしさー・・・」
 結局、夕食を食べてごろごろして、コウのマンションの居間で『ベルサイユのばら』観賞会が始まったのは午後九時を回った頃だった。大体、アニメが40話ともなると時間にして20時間、ということになる。・・・ぶっ続けて見ても終わるのは次の日の午後五時だ!・・・・無意味だ!たまらなく無意味だ!・・・なんて大学生っぽい!
「まあ、なんでもいいけどね・・・・」
「私は少し、夕食の片づけをしてこよう。」
 フランス人二人は相変わらず乗り気では無かったが、ともかく観賞会は始まった。・・・・薔薇は薔薇は。ああー、オープニングから大爆笑である。アニメというのはどちらかと言うとシャアの専門である俗っぽいサブカルチャーとしての日本文化に属すると思うのだが、やはり見たことは無かったらしい。
「・・・で、どういう話だって?」
「うーんと・・・確か・・・・」
「このさ。オスカル、って人が女なんだけど、男として育てられてさ。」
「そうそう・・・って、俺もそれくらいしか知らねぇ。」
「ああ、すげえなー!!このまつげ!うわっ、ほんとすげーー!」
 日本人二人の説明はまったく説明になっていなかった・・・というか、事実、話を知らないのだからしょうがない。念のために説明すると、日本少女漫画史上に惨然と輝く『ベルサイユのばら』という物語は、男として育てられたオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェという人物がベルサイユ宮殿で近衛隊隊長として過ごし、のちのちフランス革命に巻き込まれてゆく・・・というような物語である。
「そういやさ、高校の時の社会科の研究室って、何故か『ベルサイユのばら』が置いて無かったか?」
「・・・・あぁ!そう言われればあった気がする、あとさー、国語科の研究室には『あさきゆめみし』が置いてあったよな!!あれ、何でだ?」
「知らねーー!」
 あまりにアムロとコウの説明が説明になっていなかったので、シャアは諦めて真剣にアニメを見ることにした・・・・が、不思議なものだな、日本のアニメで物語られる自国(フランス)の物語、というのも!つまるところ、『レ・ミゼラブル』のようなストーリーなのだろうか?
「・・・・コウ、貴様またゴミをきちんと出さなかったな・・・・!」
 台所から、そんなドスの聞いたガトーの声が聞こえて来て、コウは慌ててゴミを片付けに飛んで行く。
「・・・・ごめんなさい、今捨てます!」
「どこへだ!・・・・明日の朝は生ゴミの収集日ではないぞ、えぇい・・・!」
 ・・・そのように、まったく不真面目に『ベルサイユのばら』観賞会は進んでいった。

 時刻は回って、おおよそ午前三時頃。
「・・・・・・・コウ、寝た?」
「・・・・・・・だいたいねてる・・・・」
「ね、ちょっとパソコン借りてネットやってもいい?」
「うん・・・・あの、ベットのへやのテーブルのうえー・・・」
 ・・・・恐ろしいことに、まだ『ベルサイユのばら』は十五話程しか進んでいなかった!!コウは半分以上眠ったような状態で夏の名残りのタオルケットにくるまり、居間の片隅にのびていたし、アムロはそろそろ他のこのとがやりたくて仕方なくなってきていた。
「・・・おい、眠るなら寝室にしろ。」
 ガトーがあくびをしながら、それでも夜食ののったテーブルに肘を付きつつそう言った・・・・思えば、一番真剣に『ベルサイユのばら』を見ていたのはシャアだったかもしれない。
「いつになったら終わるんだ、これは・・・」
「ええっと・・・・」
 アムロがコウのパソコンを運んで来つつ、もう一枚のタオルケットにくるまりつつそう答えた。
「・・・二十話。・・・で、一応一区切りで、次のDVDに・・・・」
「あと二時間か!?」
 ガトーは叫んだ。・・・・ああ、アニメ四十本をいっぺんに見る、というのは凄まじい作業であったのだ!!
「そこで一時中断だ。・・・いいな、アムロ。」
「もー、なんでもいいよ、コウは寝てるし・・・・」
 見ると確かにもうコウは本当に寝ていた。・・・・はしたない。ガトーは思わず口をあんぐり開いてぐーすか寝ているコウの口を押さえに走りそうになった。
 実を言うと、コウの家に泊まる時の四人というのはいつも寝る場所が決まっていて、今回のような大騒ぎにならない限り、コウとアムロは寝室にあるコウのベットで、そしてシャアとガトーは居間にふとんを敷いて眠るようになっている。コウの家は、いわゆる学生用のワンルームマンションとは違う。幾部屋もある分譲マンションである。だから、それだけの余裕があるのだった・・・・ああ、しかし今日はそれほどの余裕は無いようだな。
「・・・・なんてことだ!」
 何故か真剣に(?)『ベルサイユのばら』を見続けているシャアも、勝手にパソコンをいじりだしたアムロもこの際放っておいて、ガトーはそろそろ自分も寝ようかと思った・・・普段朝の早い生活をしている分、幸せそうに眠っているコウを笑えないくらいには自分も確かに眠い。そう考えると、アムロとシャアはよほど夜型なのだな。
「・・・・・・・・・」
 そこでガトーは、勝手に客用のタオルケットと引っ張り出すと、それにくるまって横になることにした・・・・相変わらずシャアは『ベルサイユのばら』を、アムロはパソコンの画面を覗き込んでいた。

 ・・・・・・・夢を見た。

 二十話が終わったら一時中断で、続きは眠ってからだ・・・などと訴えたガトーの叫びは却下されたらしく、意識の片隅で誰かがDVDを交換しているのだけは分かった、ああ、ぶっ続けであの凄まじいアニメとやらを見るのか・・・・・だから夢だ・・・・・・ああそうだ、そうなんだ、これは夢だ。しかし、夢だと言うことは分かっているのだが、どうにも身体が動かない。
『・・・・あ、ガトー。』
 見ると目の前に、唐突にコウが立っていた。自分はそんなコウの目の前にやはり突っ立っていた。・・・さすが、夢だな。ガトーは何故かしみじみそう思った。・・・・が、どこかコウがおかしい。
『・・・・・コウ?』
『・・・・・あのさ、ガトー。・・・・・・・・今まで秘密にしていて悪かったんだけど、あの、実は、俺って・・・・・・』
 目の前では、何故かコウが下を向いているところだった。
『・・・・「俺って」?』
『・・・・・うん、実は俺って・・・・・・女なんだ!
『・・・・・・・・・・・・は?
 ガトーは思いきり固まった・・・・が、まあ夢だしな。だから、それは分かっているのだが、どうにもしようがないのである、都合良く目は覚めてくれないというか。
『だから・・・ほら、俺の家って姉さんばっかだろ。姉さんばっか四人。』
『・・・ああ、そうだな、そう聞いた。』
『それでさ、それだと家が継げないだろ。それでさ、やっぱり女の子で五人目の俺が生まれた時に父さんが言ったんだ、・・・・「この子は男の子として育てる!」』
『・・・・・・・・・・・・は?
 ガトーはもう一回固まった、ほら、あれだ・・・・コレはあれだ、ついさっきまでそういうアニメを見ていたような気がするぞ、その影響だ!!・・・・しかし、目は覚めないのである。
『・・・・それでね。だから、俺、男のフリしてたけど・・・実は女なんだ。』
 遂に、夢の中で目の前のコウは目にいっぱい涙を溜めて、悲しそうにガトーを見上げた・・・・ちょっとまて、いつもよりサイズが小さくなっている気がするぞ、身体が丸くなっている気がするぞ、何より胸がある気がするぞ!!・・・・・いやだがしかし落ち着け、これは夢だ!!
『・・・・だから?』
『だから、ごめん。・・・・あの、嘘ついてて。』
 コウはそう言ってガトーに謝るのだった。
『でも、あの・・・ガトー、俺が女だって分かってたら、俺と戦ってくれなかっただろ・・・・』
 そう言って肩を震わせるコウは、女だと思ったら妙に可愛く見えた。・・・・黒目がちの瞳であるとか、和風で大人しそうな風情であるとか、・・・・いや、だからちょっと待て!これは夢だ!
『・・・・それは分かった、いや、良く分からんが、それで・・・・』
『ごめんなさい!』
 急にそう言ってコウが自分の胸に飛び込んで来たのでガトーはどうしようかと思った!!・・・・いや、夢なんだが!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待てよ?夢ならいいか?
 どこからどう見ても、もしコウが女だったらめちゃくちゃ好みのタイプだったのであった。和風で。控えめで、儚気な容姿で。・・・・自分の腕の中で今、涙を溜めて震えていて、

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっ!!!!」

 そこでガトーは飛び起きた。声にこそ出さなかったが、そのあまりの勢いに、眠そうな目でパソコンを覗き込んでいたアムロは顔を上げた。
「・・・・あれ、ガトー。・・・・・どうかした?」
「・・・・・・・・」
 見ると、シャアは相変わらず『ベルサイユのばら』に集中したままである。・・・あぁ!ガトーは思いきり頭を掻くと、目の片隅で時計を見て時間を確認した・・・・午前十時。『ベルサイユのばら』が二十五話あたりまで進んだ頃である。
「・・・・・・・・・えぇい!」
 それから、コウに向かって突進した。・・・・コウは相変わらず、居間の片隅でタオルケットにくるまって、幸せそうに口を広げて寝ていた・・・・と、その上にガトーが覆いかぶさる。
「・・・・・ガトー・・・・さん?」
 たまげたアムロがそう言ったが、ガトーには聞こえていないようだった。アムロは慌ててシャアに目をやったが、こちらはこちらで『ベルサイユのばら』に集中するばかりで、現実世界に戻って来そうもない。あ、俺、今シャアが心から「ジュテーム、オスカール!!」とか叫んでも驚かないな。
「・・・・え、なに・・・・」
 コウは迫り来るあまりの気迫に目が覚めたらしく、寝ぼけた声でそう言った・・・と、そんなコウに馬乗りになって、ガトーがまずタオルケットを引き剥がす。
「・・・え?えぇええええ!?」
 そしてそのまま、コウのパジャマ替わりのTシャツも、思いきりめくり上げて胸にベタっっ、と触ったのだった。
「・・・・な・・・・・・」
「・・・・・・・良かった。・・・・胸が無いな。」
 当たり前である。まあ、胸はもちろん無いし、体毛も薄い方なので胸毛などもない、ただガトーほどではないにしても胸筋と、それから腹筋のある身体に、ただべたべたと触れたきりである。
「なっ、な・・・・・」
「・・・・男だな?・・・・・・間違い無いな?」
「な・・・・・・」
 一気に目が覚めたらしく、コウは叫んだ。
「・・・・なにす、え、やだ、う・・・・わあああああああああああああああああああああっ!!」

 これほどまでに面白おかしいガトーであったというのに、惜しいことにその瞬間のガトーをシャアは見ていなかった。その後、何ヶ月でもからかい続けることが出来るほどの、実に面白いガトーであったというのに!・・・では、何をしていたのか、といったら『ベルサイユのばら』にはまりまくっていたのである。ガトーがコウを押し倒したちょうど、そのあたりでシャアが見ていたシーンというのが、アンドレが我慢できなくなってオスカルを押し倒したあたりだったのだ。・・・・それで、私をどうしようというのだ!!うん、名場面だ、このシーンは。
「・・・・・・・落ち着いて。まあ、二人とも落ち着いて。」
 アムロは眠い頭で、なんとか事態をまとめようとそう言った。
「分かった。・・・・『ベルサイユのばら』を一気に見よう、なんて言った俺が悪かったから!!!」
 ・・・・その瞬間もやはりシャアはテレビに集中していた!

 さて、その後シャアはしばらく『ベルばら』にハマりまくってしまい、『宝塚を見に行こう!!』などと頻繁に言うものだから、アムロがへきえきしたのはまた別の話、

 そしてガトーが『もしコウが女だったら』などと仮に夢などであったとしても考えてしまったのも、また別の話・・・・ということにしておこう。

   








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