「私は常々疑問だったのだが・・・・・」
そう言いながら、シャア・アズナブルは難しい顔で椅子に座っていた・・・それだけを見ると、なんだかシャアはめちゃくちゃ不機嫌そうである。だが良く見ると、その後ろのキッチンでは、アナベル・ガトーがそのシャアの五百万倍くらい不機嫌そうな顔をして包丁を持って立っているのだった。
「・・・何がだ。さっさと言え。」
ガトーが包丁を持ち直しながらそう言う。・・・なんだか今にもそれをシャアにぶっ刺しそうな感じだ。が、シャアはあくまでマイペースにこう答えた。
「うん、学食の『竜田丼』の事なんだがな。」
「竜田丼?」
ここは、京都市内にある某私立大学の留学生会館であった。・・・この部屋はガトーとシャアが二人で住んでいる部屋なのだが、シャアがこの部屋に戻って来る事は滅多に無い。だから、この二人が夕食時にこんな話をしているのは、非常に珍しい事と言えた。おまけに、この二人と来たらフランス人同士だというのに、何故か今は日本語で会話を交わしている。おそらく最初に日本語で話し始めたら、フランス語に切り替えるのが面倒臭くなったのだろう。それはなんだか、妙に面白おかしい光景だった。
「そう、竜田丼だ。・・・あれはだな、竜田揚げを御飯の上にのっけただけではないか?」
「・・・確かにそうだ。」
「ならば、『竜田揚げ定食』という名前で別々のお皿に盛ってもいいと思わないか?」
「・・・・・・・・言いたい事はそれだけか。」
ガトーはそう言いながらもう1回包丁を持ち直す。そうして続けた。
「私は非常にしかたなく、貴様に飯を作ってやろうと思っているのだ。・・・さっさと食いたいものを言え。」
ガトーは本気であった。・・・いや、このままシャアがバカっ話を続けたら、本気でシャアに包丁を突き立てそうだ、という意味においてである。
「・・・エラそうだな、アナベル・ガトー君。・・・しかし私は当然の権利として、君に食事を作るように要求しているのだぞ?」
身の危険を感じたのか、シャアはそう言うとズボンのポケットから、一枚の紙を取り出す・・・・それには、シャアとガトーの共通の友人であるコウの字で『ガトーがシャアさんとアムロに御飯作ってあげる券!』・・・と書いてあった。
「・・・・・・・」
それをふりかざされて、ガトーは言葉に詰まる。・・・ええい、コウがこんなものを面白がって作るから!!思わず、ガトーは包丁を持っていない方の手でその紙を奪い取りかけたが、シャアに軽く身をかわされた。
「往生際が良く無い。・・・ついでに言うと、君に見せる前にもちろんあのデジカメの画像はアムロのパソコンに落としてあった。だから、実を言うとあの画像は今も無事なのだ、ふふふ。」
・・・要するにだ。非常に珍しい事に今現在、ガトーはシャアに弱味を握られて強請(ゆす)られているところなのであった。その弱味が何かと言うのは、また別の話であるのでここでは割愛する。
「それは貴様とアムロ、二人に食事を作ってやる券、であって貴様1人に食事を作ってやる券ではないぞ?」
ガトーはとりあえずそういってみた・・・が、シャアは軽くこう返した。
「では、私に二食分作ってくれたまえよ。」
「−−−−−−−・・・・・・・・」
どう頑張っても、ガトーの分が悪いようであった。・・・ああ。ガトーはあまりに苦々しい気分になって来たので、留学生会館の窓から見える十一月の空を思わず見つめてしまった程である・・・それから、はた、と我に返ってこう言った。
「・・・・ともかく!!さっさと食いたいものを言え!」
「いや〜、それでだな、今日私が朝、ワイドショーを見ていたら・・・・」
まだ下らない話を続ける気か!?・・・一向にメニューのリクエストを言い出しそうにないシャアに、ガトーは包丁を握りしめながら思った・・・貴様はもうちょっと、こう、言いたい事だけ話せんのか!!
「なんというか、面白い食べ物の紹介をしていてね、それで、学食の竜田丼の事を思い出したのだよ。」
「・・・・ほう、それで。」
あと、一分でもシャアが下らない話をし続けたら、自分はまな板をひっくり返すかも知れない・・・と、ガトーは思った。同じ食事をねだるのでも、こうなったらコウの方がよっぽどマシである。・・・食べたいモノの名前を、まっ先に叫ぶからだ。
「うん、ワイドショーでやっていたその食べ物とはね・・・・」
シャアは分かっているのか分かっていないのか知らないが、ゆっくりと話し続ける。
「『ソバメシ』だよ!!・・・これがなんと、焼きそばと御飯を合体させたものだと言うんだ!!!・・・・日本人って、つくづく面白いと思わないか?別々に食べればイイのに!!」
「・・・・・・・それで。」
・・・面白いのはワイドショーなどという通俗テレビ番組を本気で面白がって見ている貴様の頭の中身だ。・・・ガトーがそう思いながらそれだけ答えると、遂にシャアがこう言った。
「ええ、君!・・・話を聞いていなかったのか?・・・その『ソバメシ』が、私は食べてみたいのだが!」
「−−−−−−−−−−−−−−−−・・・・・・・・」
思わずガトーは、包丁をまな板においてシャアに掴みかかろうかと思った。
「・・・一つ聞くが・・・貴様は、それを言いたいが為に、えんえん学食の竜田丼の話から始めたのか?」
「そうだが。・・・これが、話題の優雅な運び方と言うものだ、アナベル・ガトー君。」
「・・・・・・・・・・・」
ガトーはもう、返事をする気も失せていた。そうして、冷蔵庫を開けて焼きそばの麺が入っているのを確認した。
「ガトー?・・・このように、日本人は二つの食べ物を、べつべつというより一緒に食べたがる風習がある。だから、私は常々疑問だったのだが・・・・」
「それ以上、」
その時、ガトーはコンロにフライパンを乗せた所であった。そうして、シャアに背中を向けたままこう言った。
「一言も喋るな!・・・・叩き斬るぞ。」
「・・・・えー・・・・」
そのガトーの台詞に、シャアは部屋の隅においてあるガトーの剣道の道具に目をやった。・・・叩き斬る。そりゃあ、痛そうだ・・・・。そうして、小さく肩をすくめた。
「ところで、学食のメニューで・・・」
「人の言った台詞が聞こえなかったのか、貴様。」
「・・・・・・・・・・黙っているとも。ああ、もう、もちろん。」
数分後には、留学生会館のその一室にはとてもいいにおいが満ち始めた。・・・・シャアは、ガトーに御飯を作ってもらうのは命がけだな、と思った。ガトーも、もうコウ以外の人間には二度と食事など作ってやるものかと思った。・・・・その度に竜田丼だのソバメシに関する講釈を聞かされていたのではたまらない。・・・ガトーが先日剣道部のメンバーで飲みに行った白木屋で、『ソバメシ』を食べた事があり、その実体を知っていたのは、全く不幸中の幸いであったと言えよう。
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