
シャアとガトーというのはどうも根本的に気があわないらしく、下らないことで・・・本当に下らないことでだ、例えば「にっぽん」と「にほん」じゃどっちの読みがより正しいのか、とか!・・・良く言い争いをしている。どっちだって、食っていくのにはあまり困らないだろ、などとアムロは聞きながら毎回思うのだが、まあ売り言葉に買い言葉、みたいなものらしい。しかも、この二人はそれをある程度楽しんでやっているフシがある。つまり、彼等の会話はこれで普通なのだ、他人が聞いたら驚くかもしれないが。
「・・・貴様が『温泉のお湯は熱い方が普通だ』と思っていることは、よく分かった。」
「いや、そう思っているのは私だけではないハズだよ、そもそもだね、熱くなきゃあ温泉じゃないだろう。」
「そうは言うが、探せば源泉の温度がそれほどではない温泉も日本国内には存在するに違い無い。」
「ついでにもう一つ知っているのだよ、ガトー・・・・君が熱い温泉が苦手だ、という事実をね!」
「今、論じている問題はその一点では無い!」
・・・・どうやら今日、シャアとガトーの二人は、『日本の温泉の温度について』という、実に意味不明な問題に関して話しているようだった。まあ、確かにこの間、四人で有馬温泉に行ったけど。・・・ともかく、興味も無ければ知識もない問題には違い無いので(ちなみに、ガトーさんが熱い温泉が苦手、なのは本当だ)、アムロはひどく時間を持て余していた。・・・・ああ、なんだってこの二人は電車待ちの興戸駅で、こんな会話に突入するんだよ。・・・・ヒマだなー。
「・・・・なぁ。つまらねぇな。」
そこでついにアムロは、同じようにぼうっとしているコウにそう話かけてみた・・・・・コウは、なんだか携帯を覗き込んでいたのだが、その言葉に初めて顔を上げる。そして、さっきまで俺がしていたのと同じように、シャアとガトーの会話に耳を傾け・・・・それから、悲しそうに首を振った。
「・・・・あぁ、全然わかんねぇな。くっそ、確かに俺、温泉にはくわしくない、でもガトーが行きたいんだったら熱く無い温泉を、今日帰ってからネットで探す・・・・」
・・・・いや、何もそんなことしなくても!!問題はガトーさんが熱い温泉が苦手だとかそういうことではなくて、このクソつまらない電車の待ち時間を何かもっと有効なことに利用した方がいいんじゃないかとか、そのあたりなのでは!!??・・・・そう思ったものの、コウがガトーのことしか気にしていないのはいつものことなので我慢することにする。・・・・目の前のフランス人二人は、相変わらず負けじと自分の意見を述べあっていて、結論は出そうにない。・・・・つか、入れりゃ全部同じだろ、温泉なんかさぁ。そこで、俺はコウに違う話題をフッてみた。
「・・・・・・そういやさ、今日、俺、コウにもらったジーンズなんだ。」
アムロがそう言うとコウはちょっと嬉しそうな顔になる。
「うん、気付いた!・・・・嬉しかったけど、なんか言うと微妙だからやめといた。・・・・で、どうだ。はきやすいか、それ?」
実際、アムロがはいているジーンズはコウに貰ったやつで・・・なんでもそのジーンズはヴィンテージ・ジーンズという高いらしいものなのだが、『もういっぱいはいたからいい。』とかそんな適当な理由で貰ってしまったのだった。他にも、実は何本か貰ってる。というか、多分コウがジーンズを持って過ぎなのだ。
「うーん・・・・ごめん、フツー・・・かと思う、太さとか・・・・あ、前のボタンは面倒くさい。」
「ああ、リーバイスのヴィンテージってほとんどボタンフライだからな。・・・でも、あのさ、ソレ、自分で言うのもなんだけど、すっごくイイ『タテオチ』してると思うんだ。」
見ると、目の前のフランス人達はどうやら結論に少し近付きはじめたようだった・・・・シャアが小さく首をすくめるのが目の端に見える。アムロは長い時間をかけて知ったのだが、シャアとガトーが会話を交わしていると大抵ガトーの『勝ち』になる。・・・なんのことはない。ガトーが最後まで一歩も引かなくて、シャアの方がある程度の時間が経つと譲歩するからだ。どうやら、シャアはこの日の会話をそろそろ終わりにしたいと思ったらしく・・・それで、首をすくめたらしかった。
「・・・・ごめん、コウ、『タテオチ』って何?」
「え?・・・・ああ、うーんと・・・ジーンズの色落ちの種類でさ。そう呼ぶのがあるんだ。」
「だから、それが何?」
「ジーンズを『はきこんで』、そう言う風に自分で色を落として楽しむ趣味があるのな、それで・・・」
「えっ、ジーンズなんてはきたいときに適当にはいて、それで色が落ちるんじゃねーの!」
「いや、ワザと好みの色落ちにするため頑張る人とかもいるの、世の中には。ヤスリとか軽石とか使ってさ。」
・・・・俺はと言ったら、どうやら終息を迎えそうなシャアとガトーの温泉トークとはウラハラに、何やら難しい問題に発展しそうな自分とコウの会話の流れに焦りを感じていた。・・・・えー。ジーンズなんて、ほんとはければいいじゃん!それを何。色落ちにこだわって?
「・・・・いや、待て。それはどうでもいいかな、色落ちとかは、そうだ、それより・・・・」
・・・・そう言えば。そこでアムロは思い出した、そうだ、そう言えば、はいていてずうっと疑問に思っていたことがあったのだった。俺はもう一回、チラリとフランス人達の方を見やる。・・・・うん、なんか今回もシャアがお茶を濁して終わりそう。温泉は熱いばかりじゃない、で決定か。・・・俺との関係のこと、つまり俺とシャアが寝てしまうようなことに関しての話題で無い限り、まああの二人の言い争いはガトーさんがいつも勝って終わりなんだ。なんせほんと、自分の意見譲らないからな、あの人!(そして俺とのことになると何故かシャアが一歩も譲らない。)
「それより?」
そう、コウが言った瞬間に駅の中にアナウンスが流れた。・・・・電車が到着いたします、白線の内側に下がってお待ち下さい・・・・って、どうでもいいけどどうして駅とか、電車の中のアナウンスってヒソヒソ声っぽいかな。・・・・カマっぽいよなー、と、いつも思うんだけど。
「うん、それよりさ。・・・・あの、これさ、この貰ったジーンズさ、ちょっと長いんだ。・・・だから、裾とか踏んじゃってさ。それで、聞きたいと思ってたんだけどさ、コウって・・・・。」
シャアとガトーというのはどうも根本的に気があわないらしく、下らないことで良く言い争いをしている。いや、なんで改めてそんなこと言うのかといったら、そりゃ俺とコウの方は、滅多にそんな下らないことで喧嘩になったりしないからで。
「俺が、なに?」
コウが俺に向かってそう言ったのは、シャア達の高尚な(?)会話が本当に終わって、そして 電車が駅に滑り込んで来た、ちょうどその時だった。
「・・・・・うん、コウってさ。・・・・・『すそあげ』、やる?・・・・・ジーンズの。」
コウは驚いたことに少し考え込んだ。・・・・それから、少し呟いた。リーバイスのヴィンテージ・ジーンズの長さはどれも36インチ(91センチ)が普通で、それを洗濯すると平均2インチ(5センチ)くらい縮むから、34インチ(86センチ)くらいになって・・・・・・目の前に止まった電車の扉が開いたので、四人は全員だらだらとそれに乗り込む。
「・・・・・・・・・・ええっと。それでさ、通常に売っている、メンズのジーンズってのも、ほとんどは長さが34インチくらいなんだよな。」
よほど経ってから、コウはやっと結論に至ったらしくこう言った。
「・・・・・・・だから、うん。・・・・・・やったことないな、裾上げ。・・・俺、34インチで股下ってちょうどいいもの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シャアとガトーというのはどうも根本的に気があわないらしく、下らないことで良く言い争いをしている。・・・・・・・・・・・・・・・だがしかし。
「・・・・勝負だ、コウ!!」
「・・・・あぁあ!?」
「勝負だって言っている!!!」
「うそっ。・・・・アムロと!?・・・何で!!??」
「いいから喧嘩だ!」
「えぇーっ・・・・!!」
俺とコウの身長差はまさか、全部足の長さの違いなのかーーーッッッ!!!??
そうだ、俺はシャアとガトーの下らない言い争いをいつも呆れて見ていた・・・・・見ると、ジーンズの長さ、たかがその一点に於いてこれから大げんかを始めそうな、俺とコウを実に面白そうに、逆にフランス人二人が見つめている。・・・・・かまうもんか!!
俺の足の長さについて、ってのはすっごく重要な問題なんだよ!!・・・その日アムロは、「下らないことで言い争いをする」って行動も捨てたモンじゃないな、と、初めて思ったのだった。
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