2003/03/13 初出

 ばらいろ小咄。『ユルい』


 毎日学食でばかりお昼を食べていると飽きるから、たまには弁当でも買って、外でメシを食おうぜ!!・・・・というコウの提案を、実に丁寧にアムロとシャアは断った。何故なら、季節はまさに十二月・・・・十二月!!冬まっただ中だったからである。そんな季節に外で御飯を食べたいのは、世界中探してもコウくらいのモンである。
「そうかー・・・?残念だなー・・・・」
 コウは分かっているのか分かっていないのか、少し悲し気に首は振ったものの、それでも素直に学食に入って席についてくれた。あーよかった。アムロは思った。・・・・もうちょっとで確実に風邪をひくところだったよ!
「・・・・コウ君、なにかあったのかい。」
 アムロがいつも通りたぬきうどん(150円)を買って、そして席に戻ってくると、シャアがちょうどそんな風にコウに話し掛けている。・・・・何か、って、あれ?今日のコウはどっかおかしいか?
「うーん・・・・」
 コウは曖昧な返事をしている。そう言われると確かに今日のコウは少し暗いかもしれない。アムロはA定食とキツネうどんだけ、というコウにしては控えめな御盆の中身をちらりと見たものの、まあこういうのはシャアが得意そうだしな、と自分は口を挟まないことにする。
「実はさ、ガトーにちょっとしたこと言われて・・・・俺のせいじゃないと思うんだけど、でも俺が悪いかもな、ともちょっと思って・・・・・」
 ま、ガトーのことだろうな、とは思っていた。つーかコウはいつもガトーのことしか考えていないので、とても分かりやすいのだ。
「ほう、それで、何を言われたんだい。」
 シャアは、サラダをフォークでつつきながら、さも面白そうにそう聞いた。あー、この人はなんでこんなに、人の事に口を突っ込むのが好きですかねー。アムロはともかくたぬきうどんの温かいつゆを、ひとくちズズズとすすり、幸せな気分になった・・・・・くだんのガトーはこの場には居ない。今日は、どうしてもとある教授に質問をしたいので、一緒に昼は食えない、と、そういえば昨日聞いたような気がした。
「うん、だからガトーがさ・・・・」
 コウはタルタルソースのかかった魚のフライを行儀悪くつつきながら、しばらく考え込んでいたようだったが、ついにこう言う。
「ガトーが言うにはさ。・・・・・・・・・・・俺は、『締まりがわるい』んだって。」




 次の瞬間、アムロは思わずたぬきうどんのつゆをブーッッと吹き出し、シャアですらフォークを取り落とした。




「・・・・・・・・は?」
「・・・・・・・・なんだって?」
「うわー、アムロ汚ねぇー!!吹き出すなよーー!!」
 コウは自分の発言の意味が分かっているのかいないのか、ともかくそんなことを言って鞄からタオルを取り出そうとしている。
「・・・・・そりゃ吹き出すだろ、お前、食事時になんつー話を・・・・!!」
 そこまで言って、アムロはハッ、と気付いた。・・・・ちょっと待て。その台詞を言っているのはコウだぞ?・・・・言葉通りの意味であるわけがない!
「いや、落ち着け。・・・・まあ、落ち着け。」
「・・・・そうだ、落ち着こう。」
 自分も立派にフォークを取り落としたくせに、シャアもそう言って台詞を続ける。
「・・・・ベットの中でそう言ったのでも無い限り、この台詞にそんな意味はない。」
 すると今度は、実に不思議そうな顔でコウが目の前の二人を見る。
「・・・・あれ、良く分かったな?確かに、昨日の晩ベットの中で寝る前にこの話したんだけどさ・・・・・」




 ・・・・・・・なんですって奥さんーーーーー!!!???




「・・・・・・いや、それでもちょっと待て。」
「・・・・・・そうだな、今の我々に必要なのは多少の時間だ・・・・・あの、落ち着くための。」
 アムロはたぬきうどんを食べることを諦めて、そのうつわを脇に寄せると、じっとコウを見た。シャアもフォークをもう一回放り投げた・・・・・いつの間に、二人はそんな仲に!!??いや、それより何より、
「コウ君がそんなに『遊んでいる』とは思えない・・・・・『締まりがわるい』ほど・・・・」
「でも、遊んでいるようなもんだってさ!ユルすぎるんだってさ。」
 コウは思い出して少し腹がたってきたようで、身を乗り出してそう力説した。
「・・・・でも、そういうのって、生まれつきだと思わないか!・・・・だから、俺が悪いんじゃないよ!!・・・・・って、昨日の晩は思ったんだ。・・・・でも、なんかやっぱり俺が悪いかなあ・・・・という気もしてきて・・・・」
 シャアとアムロの二人は本気で返事に詰まっていた。・・・・・どうしよう。どうしよう神様、こんな状況は想像したことすらありませんでした!!
「・・・・・うん、分かった。・・・・いや、分からないけど分かった。とりあえず、コウ、声がデカすぎるからちょっと落として・・・・恥ずかしい・・・・」
「・・・・・それでだ。確かに、生まれつきの問題も多少はあるかもしれないが、経験者としてハッキリ言わせてもらうと、アレはキツい方が普通だ。・・・・いや、だから通常とは違うわけだし。」
 表面だって動揺しているようには見えないが、シャアもよほど混乱しているのか、今まで一度もコウ相手に話して来なかったようなことを話し出した・・・・って、ヤメロ!アムロは思わず焦って机の下でシャアの足を蹴飛ばした。
「・・・・・まあ、話をまとめてみよう。だから、昨日の晩、ひとつベットの中、仲良く話をしていた時に・・・・」
 アムロが何とかこの事態をまとめようとそう言った時に、コウが更にへんな顔になった。
「・・・・・何いってるんだ?・・・・俺、ガトーんち泊まる時はいつもシャアさんのベットだから一緒になんか寝て無いぞ?あ、シャアさん、いつもお借りしています。」
 そう言って、コウはペコリとシャアに頭を下げる。・・・・・・って、あれ?
「・・・・それでさ!!だから、これってさ、俺が思うには、これってどんな顔に生まれるか、とかと同じ問題だと思うんだよ!・・・・お金があるかどうかとかってさ。」
 ・・・・・・ハイ?
「つまりさ、自分がどんな顔に生まれるか、なんてのは子供の責任じゃないじゃないか。それと同じでさ、金持ちの家に生まれるかどうかなんて、自分では選べないんだから、だから『生まれつき』のものだと思うんだよ、俺は。」
 ・・・・・・ちょっと待て、これは・・・・・。
「・・・・・・ちょっと待ってくれ、コウ君。」
 アムロが思ったのとまったく同じ台詞を、シャアもその瞬間口にした。
「・・・・・・君、なんの話をしているんだい?」
「・・・・・・え?」
 今度はコウが食事の手を止める番だった。
「え、だから、俺がスニーカーとかジーンズをやたら買い集めて、金を使い過ぎだってガトーに怒られた話・・・・・『締まりがわる』くて、財布のヒモが『ユルい』って。・・・・でも、俺の家ってとんでもない金持ちじゃないと思うんだよね。人より少しは恵まれてると思うけどさ。大体、日本にとんでもない金持ちなんていないんだってば、法律で、三代相続したら全部国にもっていかれるようになってるしさ、貴族制でもないし、こんな国でさー・・・俺だって、そんなとんでもない無駄遣いをしているワケじゃないと自分では思って・・・・・」




 ・・・・・・その後も、えんえんコウの力説は続いた訳だったが、アムロとシャアはあまり聞いてはいなかった。・・・・・疲れた。・・・・・・しかも、余計な気を使って疲れた!!それでは、なにか。
「・・・・・あのさあ、思うんだけど・・・・もちろん、コウは『締まりがわるい』のシモネタ的意味なんか知らなかったと思うしさ・・・・」
 よほど経ってから、まだ愚痴を言い続けるコウを放っておいてたぬきうどんを再開したアムロはシャアに呟いた。
「・・・・・ガトーも、日本に来てからこっち、女となんか寝て無いだろうからな。・・・・フランス語だと、同じ意味のことを言うのに、この表現は使わない。日本語で「イク」が英語だと「come」になるのと似たようなもんだ、知らなかったんだろうな・・・・・」
「・・・・・ちょっと、二人ともボソボソ話しちゃって!!聞いてるのか!?・・・・確かに、俺もスニーカーとか買いすぎたかなーとは思ってるんだ。だけど俺、自分にだって金銭感覚はあるし、貯金くらい出来ると思うんだよ!!・・・・俺、ガトーを見返す為にお金溜めるから!!なあ、聞いてるか!?」
 アムロとシャアは顔を見合わせた。
「・・・・・・・聞いてるよ・・・・・・・」
 だめだ、本当に疲れが・・・・・・。
「・・・・・ちなみに、」
 激しい二人の沈黙とコウの延々と続いた愚痴の後、シャアが話をまとめようとしたのかどうかはともかく、こう言いかけた。
「もちろんアムロの『締まり』はとても・・・・・・」
 ・・・・・シャアがすべてを話し終える前にアムロはすかさずその顎を殴り飛ばした。・・・・・話すな、余計なこと!!




 後日、シャアは本当にガトーに事細かにシモネタ的『締まりがわるい』の意味を説明しに行ったらしい。シャアにしては珍しく、対ガトー完全勝利を治めたようだった。その証拠に数日間、彼は異様に機嫌が良かった。・・・・さて、自分の発言のとんでもない意味を知ってしまったガトーだが、同じように意味の分かっていなかったコウに面と向かって謝るわけにもゆかず、面白いことにしばらくコウを見ると・・・・・とてもへんな顔をしていたそうだ。




 ・・・・・もうすぐ今年も終わる。


   







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