
朝起きたら、電話が止まっていた・・・というのはビンボー大学生には良くあることなのだかなんだか知らないが、ともかくアムロの家の電話はその朝起きてみたら止まっていた。・・・・オーイエー。
「・・・・・オイ。起きろ金髪。」
毎朝の習慣であるメールチェックに失敗したアムロは、眠い目をこすりながら非常に不機嫌な顔でベットに引き返すと、中で寝ている男を蹴り飛ばす。素晴らしく陽気な気候の三月の末のことだった。
「・・・・まだ大学は始まらないハズだが?・・・・ああ、そうだとも、始まらないはずだ。寝かせてくれ・・・」
「・・・・電話が止まってる。」
「どの電話が。アムロの携帯がか?」
さて、ぬくぬくと惰眠をむさぼっていたシャアは蹴り飛ばされて一応目は覚めたようだったが、しかし顔を出そうともしない。アムロは、ふとんを思いきり引き剥がすと叫んだ。
「家電(イエデン)だ!・・・うちの、うちの電話が、見事に止まってるぞ!」
「・・・・・携帯があればいいではないか・・・・・」
「ふざけんな、ネット出来ねぇだろ!あと、止まったの絶対アンタのせいだぞ、なんか喧嘩してた先月あたり、有料アダルトサイトとかやたら回ってただろ!!それで金払わずにいたから止まったんだよ!」
「・・・・・・・」
そこまで聞いてやっと、さもしかたがないと言わんばかりの格好でシャアは起き上がる。
「・・・・君ね、アダルトサイトとかそんな、人を怪し気なオタクかなにかのように・・・・どこにそんな根拠があって!」
するとアムロはIEの履歴をわざとらしく広げて見せながらこう言ったのであった。
「・・・・あぁ!悪いね、半分くらいは違う、アダルトサイトじゃなくて『モー娘。』サイトとかだったね!!」
「・・・・君ね・・・・・それで一体、私にどうしろと!」
それでもシャアはキザったらしく首をすくめながらそう言った。・・・・アムロはまったく、モー娘。に詳しいフランス人に人権は不必要だ、くらいにその瞬間思った。
「・・・・払って。先月の電話代。そしたら、家電復活するから。」
「幾らだい。」
「・・・・・ええっと、請求書、請求書・・・・NTTの請求書・・・・あった、38,601円。」
シャアはさすがに沈黙すると、裸の腕をのばして自分の上着を取る。そして、胸ポケットから財布を取り出して中身を確認した。
「・・・・無理だ。そんな持ち合わせは無いな。得に今月は。・・・・大体君がBBにしていればこんなことには・・・・」
「一日中家にいるわけじゃないんだから俺一人の時はテレホで十分だったんです!!・・・・それでも払え、責任をもって払え。とにかく今すぐ払え!!モー娘。サイトを見た責任を取れ・・・・!!」
「・・・・・・ええい、分かった!何度も何度もモー娘。とかいうな!・・・・悪かったな!」
「・・・・・で、それは分かったが何故うちに来る。」
ガトーは納得できない顔でお茶を煎れながら、そういって自分の部屋の電話でフランスに電話をかけるシャアと、テーブルの両端に座るコウとアムロとを見渡したのだった。・・・・なんのことはない。シャアは、母親にお金を送ってもらうことにしたのだが、その電話をかけるにしてもアムロの家の電話は止まっている。そこで、留学生会館のガトーの部屋にやってきたのだった。
「・・・・・凄いなあ、本当にフランス語で電話かけてるよー。」
当たり前と言えば当たり前なのだが、そしてフランス人に対して言うにしてはあんまりな台詞なのだがコウはそんなことをつぶやきながら感動してシャアの電話に耳を傾けている。アムロはまだぶすっとした顔をして、ガトーの煎れてくれたお茶をズズズとすすりあげていたし、ガトーは今回の国際電話代も、ではシャアに払ってもらわねばな、などと考えていた。
「**********,**---,」
そんなアムロの機嫌を知ってか知らずか、ともかくシャアは必死でお金を母親にせびっているように見えたし、コウは大学の第二外国語がフランス語なのでわずかならば、そしてもちろんガトーはシャアの会話の意味がすべてが分かるのだが、実を言うとアムロにはさっぱり電話でシャアが何を話しているのか分からなかった。時々『マリー』という単語が分かる程度で、マリーというのは確かシャアの母親の名前なのだ。
「*******!!」
「・・・・あんまり、うまくいって無いようだよ、『お金送ってくれ交渉』・・・・」
するとアムロのいら立ちを察したのか、コウがそんなことを言う。・・・・確かに。フランスと日本の時差は八時間ほどだったと思うのだが、その地球の反対側に、現在午前十一時ほどだろうその国に、もう五分ほどシャアは電話をかけ続けていた。
「・・・・・ふむ。」
すると、お茶を煎れ終え、どっかりと椅子に座り込んだガトーが、急にこんなことを言い出した。
「・・・なんなら、『訳して』やるぞ。・・・・シャアの電話の台詞を。」
「・・・・・は?」
「・・・・・へっ?」
その意味が分からない、と言った風で二人の日本人学生はガトーの顔を見る。
「だから。・・・・今、シャアが電話をかけているだろう。その内容を、今ここでお前達二人の為に『同時通訳』してやろう、と言っているのだ。」
・・・・驚いた!そんなちょっとしたイタズラみたいなことに、ガトーはどうやら乗り気のようである。そりゃ、訳してもらえるならそれはそれで面白そうだけど・・・と、アムロがシャアを覗き見ると、シャアにもその会話は聞こえていたらしい。少し焦った様子で声を低くして、出来るだけ部屋の隅の方へ後ずさりしようとしているのが良く分かった。
「うわ、じゃあそれ・・・・」
アムロは少しだけ面白くなって来た。・・・・金をせびる内容のシャアの電話!うん、考えてみると面白いかも!!
「やってくれよ、是非!わー。」
コウも同じように思ったらしい。すると、ガトーは更に何か思い付いたらしく急に手を打った。
「よし。同時通訳してやる、が、ただの同時通訳では面白くなくはないか?・・・・こういうのはどうだ、『甘えん坊の女の子風』か『マザコンの息子風』、そのどちらかで訳してやる。・・・・どちらがいい。」
「−−−−−−−−−−−−−−−−−」
「−−−−−−−−−−−−−−−−−」
このガトーの発言には、さすがにコウとアムロは考え込んだ。・・・・いや。ガトーの日本語能力をもってしたら、きっと同時通訳しつつも、それらの口調の日本語で話すことは容易いことなのだろう。・・・だけどちょっと待て!
「俺、『甘えん坊の女の子風』がいいなあ・・・!!ぶははは、その口調でシャアさんの台詞訳したらきっと面白いよ!」
先ほどから電話を続けているせいで口を挟めないシャアが、凄い顔で他の三人を睨み付けているが知ったことでは無い。コウはさっそく、女の子風の方をガトーにリクエストしたのだがアムロは考え込んだ。
「・・・・・まって。『マザコンの息子風』にしておいてください。」
「ええっ、なんで!」
残念そうなコウにアムロは首をすくめながら答えた。
「・・・だってさ!『女の子風』は面白いけど、良く考えるとそれを訳して話すのはガトーだろ!ガトーが女の子風の日本語を話すんだぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
果たして、嫌がるシャアを尻目にガトーは同時通訳を始めた。
「『・・・・だから、マリーそれは誤解だよ・・・!ボクは無駄遣いなんかしていないってば!うん、貯金だってまだあるよ、だけどね、今月はほら、日本で言うと年度末っていうのになってね』・・・・おい、ウソ八百を話しているぞ、この男は。」
「くっくっくっくっ・・・・・」
「ひっひっひ・・・・」
「・・・・『だから、何度も言っているじゃあないか!マリー、ボクを信じてよ。今月だけだよ、』・・・・『うん、今月だけちょっとお金が足りないからさ。』・・・・・・・『だって、マリー、それいつの話だい?』・・・・・『そう、留学用のお金の方はあまり使いたく無いんだよ、だからさぁ・・・・』・・・・・『うん、来月には教科書を買わなきゃならないんだよ、ね、聞いてる?』」
「・・・・・だ、ダメだ面白すぎる・・・・・っっ」
「・・・・・ちょっと、アムロひどいよ、シャアさん一応、アムロの家の電話代の為にさ・・・・その為にさああっっ!」
「そういうコウも笑いすぎ・・・・!!」
「・・・・・・ぷぷっ、だってさ・・・・!!」
ガトーはなかなかに芸達者で、まるで役者のように訳を話し続けるので、コウとアムロは笑いが止まらない。ちなみに、ガトーの顔はあくまで無表情のままである。
「『・・・・分かったよ。分かったよマリー、そんなにボクを信じてくれないわけだね!だってそうじゃないか!ああっ、もう25年もあなたの息子なのに、ボクは!!』・・・・・『え?違う?そんなつもりで言ったんじゃ無い?だけどね、ボクにだって都合ってものが・・・・え?ああ、うんうん。』・・・・『ところでマリー、今家にいるんだよね?うん、それじゃあさあ・・・・』・・・・凄い、親子のやり取りとは思えないくらい情熱的だな。」
「いや、なんか申し訳なくなってきた・・・・・腹が痛くて・・・・」
「ホントだよ・・・こんな面白い会話を聞かせてもらえたんだから、電話代くらい俺が払ってやろうかという気にすらなってきた・・・・・ひー。」
回りの野次馬とは対照的に、シャアの方はこうなったら絶対に母親にお金を送って貰おう、という気分になってしまったらしい。そりゃそうだ。ここまで笑われたのだから、もはやある種の意地である。
「・・・『そう、それじゃ二階に行ってよ。うん、ボクの部屋。部屋の鍵は開いてるでしょう、そうしたらさ、机の一番上の引き出しを開いてみてよ。・・・・うん、鍵のついている引き出し、でも鍵はかかって無いから。』・・・・なんだ?作戦を変えたらしいぞ、この男は。」
ガトーが訳しながらもそう呟いて、コウとアムロは電話の意外な展開に思わず耳を傾けた・・・・なんだ!マザコンの息子風、のこの人は、一体何をやろうというんだろう!どうやら、母親は実家にある息子の部屋に向かったようだ。
「・・・・・『うん、それ。・・・・分かった?マリー、そうなんだ、ああ大丈夫、泣かないで。』・・・・なんだ?何があったっていうんだ?母親が感動して泣き出したらしいぞ。・・・・・『そうなんだよ、マリーの今年の誕生日の為に、って思って。用意しておいたんだ、だってボク、日本から帰れないかもしれないだろ?・・・・いいんだよ、マリー泣かないでよ。だって欲しがってたじゃない、アンティークパールのネックレス。ちょうどそんなのだろ?やだなあ、ボクはマリーの好みはこの世で一番良く知ってるよ!』・・・・・なるほど、プレンゼントを渡したらしいな。」
「おぉー・・・・」
「凄い!凄い作戦だ・・・・」
「『ねぇマリー、それでね、ボクには今マリーに渡せるものはそれしかないんだけど・・・お願い、ボクを信じて、少しでイイからお金を送ってもらえない?・・・・え、ホント!本当に、マリー!?』・・・・・・やったな、遂に仕送りをさせることに成功したらしいぞ。・・・・『・・・・ありがとう、あぁ、愛してるよママン!』・・・・・以上だ。」
・・・・と、ガトーが訳すまでもなく、最後の一言はコウとアムロにも分かった。・・・・・愛してるよママン!・・・・感動した。素晴らしい同時通訳、『マザコンの息子風』だった!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて、君たち。」
もっとも、感動に浸っている三人とは裏腹に、受話器を置いたシャアの声は恐ろしい程の殺気に満ちていた。顔にはいつも通りにこやかな笑顔が浮かんでいるのだが、ゆっくりと振り返るその動作にはどこか隙がない。
「・・・・・・・君たちが、実に友達甲斐の無い連中だと言うことはよーく分かった・・・・・」
「・・・・あっ、やっぱ怒った?」
さすがにアムロがすまなそうな顔をする。
「ごめん!ごめんなさいって、シャアさん!」
コウも、素直に謝った。・・・・・だって本気で怒るとシャアさんマジでめちゃくちゃ恐そうなんだし!
「・・・・・・普段不必要に格好つけているのだから、たまにはこれくらい良かろうが。」
・・・・ところがぜんぜんガトーは謝らなかった!!!
さて、その後どのようなやりとりがガトーとシャアの間で繰り広げられたのかは知らないが、無言で外に出て行くガトーとシャアの後を追ったコウの話によると、『総天然色ワイドビジョン ゴジラVSキングギドラ』みたいな闘いが留学生会館のロビーで繰り広げられた、ということだ。・・・・わけわからん。ともかく次の日にはワンルームマンションの家電が復活したので、まあいいか・・・・・と思ったアムロだった。
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