2002/12/07 初出

 ばらいろ小咄。『ありんこ』


 大学生の春休みは長くて、幸せで、そしてヒマだ・・・とアムロは思っていた。なにしろ関西の私立大学ともなったら、丸々二ヶ月間ほどが休みとなってしまうのである。
「えー?良く聞こえねぇよ・・・」
『だからさー!ノート!試験前にアムロに貸してたノートさぁ、あれ、他の人にも貸してくれって頼まれたんだよなー!春休みに補講があるんだって!』
 もっとも、自分は下宿生だから実家に戻ったりしたって良かったのだが、父親しか居ないと分かっている島根の実家に戻ったってそんなに楽しくないし、単発のバイトするほど貧しくはないけど、海外旅行に行くほど金はない。微妙だよな〜・・・と暇を持て余していたところに友人のコウから携帯がかかってきた。最後に会ってからまだ三日くらいしか経ってない。うわ、春休みっぽくないなぁ。
「あー?ノート?・・・・って、げぇっ、返すの四月でいいかと思ってた、んじゃこれから探さなきゃ・・・」
『だー!電車来ちゃったよ!ともかく俺、これからアムロんち行くから!じゃな!』
 そこで威勢だけはいいけど電波状態の悪い(どうやら駅にいるようだった)、コウからの電話は切れてさすがにアムロは飛び起きる。
「・・・・なんだ。」
 隣に寝ていた男がいった・・・・あぁあ。ますます春休みっぽくねぇなあ。休みに入ったというのに何故か毎日自宅で顔を合わせているシャアである。ヤツはフランス人留学生だから、帰省しないのはまあ分かるが、それにしたって毎日ウチにいることないだろうに。そう考えながらベットから飛び出すと、アムロは慌てて服を拾い集めた。
「なにごとだ。」
「コウが来るってさ!・・・部活帰りかな。コウが来るってことは・・・・」
「・・・・ガトーも来るのか。あぁ・・・三日しか顔をあわさずに居られないとは短い逃避行だったな・・・」
 つか、あんた逃げてたのか!?とアムロは思う。それで、なんでさっきまで裸で男とベットになんか寝転がっていたかっていうと、アレだ。・・・俺達が、男同士なのに付き合っちゃったりしてるからだ。・・・そこまで考えてアムロは少しため息が出た。三日間昼も夜も顔を合わせてただけでこんな気分になるなんて、春休みが終わる頃には俺キレちゃってるかもしれないなぁ・・・。
「・・・ともかく起きろよ!掃除しないとノートも見つからないし、ガトーにも怒られる!」
「ノートは見つかるかもしれない。が、掃除は間に合わない方に百円賭けてもいいね・・・・・って、うおっ。」
 上半身は裸のままでジーンズだけ穿いたアムロは、ベットに引き返すと・・・・・とりあえず、ごちゃごちゃ話している男を踏みつぶしてみたのだった。



「・・・・・おまたせー!うわーうわーアムロ、元気だったか三日ぶりー!!」
 果たして数十分後、騒々しいくらいのイキオイでコウと、それから案の定ガトーも一緒にアムロのワンルームマンションに到着したのだが、その時にはようやっと部屋にいた二人は、『足の踏み場』を作ることに成功した程度であった。コウに借りていたノートは運良く掃除の合間に発見することが出来た。
「・・・元気だなあ・・・・」
「や、我々は疲れたよ、いろいろと・・・・」
 微妙にぐったりしているアムロ達を気にもせず、コウはやはり部活帰りらしく大きな剣道の防具と一緒にその狭い室内に上がり込んでくる・・・・うわあ、俺の家はもうダメだ!・・・と、アムロは思ったのだが、
「・・・・あれ?」
 その瞬間に妙な違和感に気付いた。・・・・・違う。
「なに?あ、そうだ、せっかくだから四人でメシ食わないか!!」
 そう言って靴下で部屋の入り口にいるコウはいつもと変わりない口調なのだが、どこか違うのだ・・・と、コウの後ろ、まだ玄関にのっそりと立っているガトーの顔を、アムロは思わず盗み見た。すると、ガトーも気付いたのか、という顔をする。
「・・・・コウ、変だ。」
「へ?」
 当の本人であるコウは分からない顔をしたのだが、アムロはやっと違和感の元に気付いた。
「・・・・そっか。分かった。・・・・『細い』んだ。」
 ・・・・妙な表現だか、コウが『細い』のである。・・・・あぁあ。これは、どう説明したらいいかな。シャアも気付いたようで、面白そうにアムロの後ろからコウの姿を同じく覗き込んでいる。
「だから・・・・そうだ、ジーンズが・・・・」
 さて、コウというのは、実は妙に凝り性なところがあって、ヴィンテージのジーンズやらシルバーのアクセサリーやらネットオークションやらにやたら詳しいのだった。平たく言うとマニアである。そうして、学生らしからぬ財力もそれなりに持っている金持ちのボンボンらしくて、いつも穿いているジーンズはリーバイスの○○年モデル501XX(ゴーマルイチダブルエックス)、とかなのだった。
「・・・ジーンズが違う。」
 アムロがそう言うと、コウはちょっと妙な顔をした。・・・・それから、何故か顔が少し赤くなった。
「うーん・・・・あの、そうなんだ。今日、ヴィンテージじゃないの穿いてるんだ。どうしても買ってみたくなってしまい・・・・」
 見ると、ガトーが見たこともないような渋い顔をしている。うぅん。・・・・え?アムロはいろいろ考えた。ええっと。・・・・・ええーっと。
「・・・・一本買ってみてしまったんだ、ローライズ!股上浅くて超細め!!」
 コウはまだ自分の穿いているジーンズをひっぱってそんな解説をしていたが、アムロは思った・・・・ああ、ひっぱる余裕が布にあるんですか!?・・・ってくらい、それは細い。これじゃタイツだよ。
「なるほど、ヴィンテージは復刻版で昔のデザインだから、どれもダボっとしたシルエットをしている。我々が日常にイメージするズボン、ってものもね。・・・・もう少しは余裕のあるデザインのものばかりだ、それでコウ君の足が本当はどれくらいの太さかなんて、今まで我々は考えてもみなかったものだから、今ちょっと驚いてしまっている・・・・というわけだ。」
 シャアがそんなことを言って更に面白そうにコウの足を覗き込んだ。・・・・うっわあ、細すぎる、とは言わないが、コウって本当はこういう体型だったんだ!と、体に張り付くようなそのジーンズを見ながらアムロはどこか感動する。モロバレじゃん、なんか!!それからふと気付いた。
「・・・・って、待てよ?股上が浅い、ってことは・・・・・」
 アムロは面白くなってコウの上着をがばっ、と急にめくり上げた。
「うわーーーっ!何をする!」
「あっ、やっぱり!!トランクス見えちゃうじゃないか!」
「いいんだよ、しょうがないだろ、そういうデザインなんだってば!!」
 アムロは俄然面白くなってしまい、部屋の中に移動しながらコウの上着を更に引っ張りあげる。
「つか、すげー!こんなんなのか!ローライズって!!」
「女性用のローライズだと、専用のアンダーウェアがあるんだけどね。」
「貴様はまた、いらん知識を持っているな・・・・」
 ガトーは、アムロとコウが部屋の中ほどへ移動したことでやっと自分にも上がり込むスペースが出来たと判断したようだった。シャアの台詞につっこみつつも、相変わらず渋い顔で靴を脱いで、部屋に上がってくる。つか、タイツ同然ものを穿いた男に辺りをうろちょろされたら、そんな顔にもなると言うものなんだろう。あまりいい眺めとは言えない。
「ひっぱったらどうなる・・・・・これ!!見えてるトランクス!うおりゃー!!!」
「ギャー!!!やめろー!!!」
 春休みはどうも退屈で、なんて思っていたアムロには、コウのローライズジーンズは格好の遊び道具になった訳だった。
「でもほんと大変だぜ、トランスクスだけ引っ張り上げられたら!」
「誰もそんなことやらねぇー!!マジやめろアムロ、手、離せ!!うぎゃーははは、くすぐったい・・・!!」
 アムロはトランクスがはみ出るようなデザインのジーンズが面白くてたまらないらしく、それだけを掴んで上に引っ張りあげる。コウはふざけんな、という感じでアムロに足蹴を食らわすと、なんとかその体をベットに放り投げた・・・ああ、死ぬかと思った!
「仕返ししてやる、仕返し!!・・・・・このっ!」
 コウはそう言うと、何故か急にアムロの穿いていた普通のデザインのジーンズの裾を捲りあげる。・・・二人のフランス人は呆れ果て、その低レベルな戯れ合いをもはや傍観しているだけだった。
「うわ、なにする!」
「こうしてやる!!」
 コウもまた楽しくなって来てしまったらしく、ジーンズの裾をめくり上げて出て来たアムロの臑に手を当てる。そして、がーっ、と手で丸めた。
「・・・・・ありんこ!」
「うわ、なつかし・・・!昔よくやった、それ!」
 ・・・・・・・何のことはない。生えているすね毛をがーっと勢い良く手で擦ると、丸まって「蟻」のように見える、というだけのことである。シャアは思わず頭を抱えた。ガトーに至っては、この二人とこの先も友人を続けていって間違いは無いのだろうか、というようなことまで考え出した。
「よくもやったな!コウも『ありんこ』にしてやる!」
 アムロもまけじとコウのジーンズの裾に手をかけた・・・のだが、コウが言う。
「残念でした!俺、ぽしょぽしょ、って感じにしかすね毛もヒゲもはえないからありんこ出来ない!」
「なにー!!」
 ・・・・・と、そこまでベットの上で大騒ぎをしてから、やっと日本人二人はずいぶんと自分達が脇道に逸れてしまっていることに気付いた・・・・それから、やけに冷たい目でフランス人の友人二人が自分達を見下ろしていることにも。
「・・・・・いや・・・・・」
「だから、これはですね・・・・・」
 コウとアムロはガトー達を見上げ、それからまた顔を見合わせた。・・・・だってさ!なんか面白かったんだし、しょうがないじゃないか!!気がついたら遊んじゃってた!!・・・・・・次の瞬間、コウとアムロは二人がかりでまず、ガトーの足に飛びついた。



「やめんか、貴様ら!」
 ガトーがそう叫んで二人を振払おうとしたが遅かった・・・・コウとアムロは猛然と足にしがみついている!!
「何だよ、すました顔しちゃってさ!」
「ガトーも『ありんこ』にしてやる!このーっっ・・・・・って、あれ?」
 ガトーのズボンを勢い良く捲り上げてから二人は気付いた。・・・・・ああっと。すね毛が無いわけではない。コウのように少ししかはえていないから『ありんこ』に出来ないわけでもない。・・・・が、



「『あかあり』ーーーー!!!」



 ・・・・結局、コウがそう叫んでガトーのすね毛も見事『ありんこ』にまとめられた。ガトーは、もう怒る気力も失せたようでそれぞれの頭にゲンコツをお見舞いして、それで我慢することにした。・・・・さて、残るはただ一人、である。
「・・・・・いや、私は遠慮するよ、『ありんこ』。」
 ・・・・・実に涼しい顔で、シャア・アズナブルはそう言ってのけた!
「そもそもに、『すね毛』ってキャラじゃないんだよ、私は。人々に夢を売っている仮にも美形、だからね。・・・・・そういう心の引き出しは持ち合わせていない。」
 そのにこやかな笑顔に、ようやっとコウとアムロは正気に戻った・・・・ああ、なんて。
 ・・・・なんてヤなやつ!!





 さて、その後シャア・アズナブルの人気が仲間内で地に落ちたのは言うまでもないことである。どこまでも涼しい顔をしたシャア!!・・・コウはあまりに「体の線が出過ぎてどうかと思う」というガトーの意見の元、その後あまりローライズは穿かなかった。そうしてアムロが、裸でベットの隣に寝転がっているシャアの隙を見て、
 そのすね毛で『ありんこー!』と遊べたのかどうかも、まったく謎のままである。

   







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