
そのひどく冷え込んだ一月の朝、何故かコウは深々と帽子をかぶって大学にやってきた・・・いや、寒いからこそまさに帽子をかぶってきたのかもしれないのだが、それにしたってあまりに変なかぶり方。
「・・・・・・なんだ、」
「何ごとなのだい?ソレ。」
なので、大学の敷地内でそんなコウに合流したアムロとシャアは、思わずそう聞いてみずにはいられなかった。・・・なんていうか。帽子は大きめのウール素材のキャスケットで、さり気なく地味な色でストライプなんか入っていて、実に暖かそうなのだが、やはりどこか異様だ・・・やっぱり、その深すぎるかぶり方が異様なのだ!!
「いや、ごめん・・・・明日には脱ぐからさ、かぶらないから、今日は見のがして・・・・」
コウはそう言いながら、何故か少し後ずさりする。後数日で後期試験が始まるという、そんな日のことであった。
「・・・・・・いやまあ、コウがそこまで言うのなら・・・・・」
「深くは聞かないでおくけれどもね、その帽子の理由・・・・・・・なあんて、」
アヤシイ!そう思ったアムロとシャアの行動はただ一つ、であった。そんなものをかぶって来られて、その帽子の下が気にならない人間なんているものか!
「・・・俺達が言うと思ったか!!」
「・・・・っ、ぎゃああああああ!」
コウが凄まじい叫び声を上げるのも構わずに、アムロとシャアの二人は必死に帽子を押さえるコウに飛びかかる。・・・ちょうどその時、待ち合わせをしていた最後の一人、ガトーもそんな三人の姿を見つけて近寄ってきたところだった・・・・・と。
「!」
「!!!・・・・・・やあ、こりゃあ、凄い!」
そう言って、コウの帽子を取り上げた二人は絶句した。・・・・・なんてことだ!!
「・・・・・・・貴様。なんだ、その頭は!!」
しかしコウの頭について文句を言うのは、何故か後からやってきたガトーの方が早かった。・・・・茶色だ!真っ黒なハズの、いや昨日までは確かに真っ黒だったハズのコウの頭が、そりゃあ見事な明るい栗色になっている!!!
「ま、待って、だから待ってってば、これには理由が・・・・」
「よし、言い訳があるというのだな?では聞いてやろう。」
「言い訳じゃ無くて、理由が!」
「どんな理由があろうとも、主将がみたら即、剣道部をクビにされるぞ貴様・・・という話を私はしている!」
「今試験前だから部活は無いし・・・・ぎゃああ〜!!!」
後からさっそうと現れた挙げ句にコウの首ねっこをひっつかんで、そうして待ち合わせ場所のすぐ脇にあった学食にさっさと入ってゆくガトーを、アムロとシャアの二人はしばらくの間、ぽかんと口を開いて眺めていた。・・・が、やがて首をすくめて眺めながらもガトーの後に続く。そうだ、ガトーとコウの二人は体育会系剣道部なのだ!チャパツなんぞが許される平和な世界に、そもそも彼等は住んでいないのであった。
「・・・・だからさ。昨日、たまたま天田先輩と会って、飲んだんだけどさ、天田さんちで。」
コウは実に心細そうに茶色い自分の頭を押さえながらそういう。・・・・返してほしいなー、という顔で奪い取られたキャスケットを眺めていたのだが、それはいまや、シャアがアムロの頭に戴せて遊んでいるところだった。・・・・試しに手をのばして取りかえそうとしたのだが、その手はガトーにピシャリ!と叩かれる。
「いて!」
「・・・・それで。その、天田とやらいう人物と会ったのと、そのふざけた頭とどう関係があるというのだ。」
ガトーがそれは恐い声でそう言った・・・・茶髪のコウは、いつもより少しかわいらしく、さらに軽やかに見えてアムロはちょっといいじゃん!などと思いはじめていたのだが、ガトーはとにかく気に入らなかったらしい。
「関係あるんだよ!・・・天田先輩って今年修士の一年なんだけど、来年修士が終わったら就職することにしたらしいんだ。」
「いや・・・・全然どのあたりが関係あるのか分からないのだがね。」
「だから、ひさしぶりに会ったらさ、天田さん、ヒゲをはやしてたんだ。」
「はあ!?」
今度はアムロが頓狂な声を上げた。・・・・天田さんが!天田さんというのは、アムロも良く知っている同じ工学部の先輩である。そして、ヒゲをはやすような柄の人じゃ無い!実に清潔そうなイメージの人だ。顔もつるっとした感じの。
「ホントに??」
「ホントに。・・・・それで、だから理由を聞いたら『就職活動始めることにしたから、だからその前に記念に、って思ってさ』って。笑いながらさ。」
シャアはだんだんと話が読めてきていた・・・・なるほど。ひげ面やら長髪やら茶髪やらで、就職活動をするわけには確かに行くまい!
「すると、あれか・・・・脱色用の薬剤もその、たまたま天田先輩とやらの家にあったのだね?そういうことかい、コウ君。」
すると、コウがそうなんです、と言わんばかりにぶんぶんと頷いた。
「そう!それでね、酔っぱらってしまって『それじゃお前も脱色とかしたことないだろー、浦木!』って言われたものだから、『そりゃないっすよー!わはははー!!』なんて答えてしまい・・・・」
「酔った勢いでおもしろがって二人で頭を脱色して・・・・・」
「・・・・それでこのふざけた色になった、と。そういう訳なのか?」
話を黙って聞いていたガトーの、最後の台詞はやはりドスがきいたままであった。「はい・・・」とコウは小さく頷いた。
「・・・・・ま、そんなに怒らずに!」
シャアがにやにやと笑いながら、しかしなだめるようにそう言う。
「コウ君も、このままじゃなくてちゃんと元に戻そうと、思っているらしいのだからさ。・・・・・ところで話は変わるが、アムロ、君は今デジカメを持っているか?」
「え?あぁうん、持ってるけど?・・・・え、何、記念にやっぱ撮っとく?」
「ああ、撮っておこうよ。・・・・・もうちょっと遊んでからね。」
見ると、何故かシャアは自分の鞄の中をごそごそと物色している・・・・それから、ヘアムースとスプレーの缶を取り出し、にんまりと笑った。
「遊んで、って・・・・・」
コウがまた頭を押さえたまま後ずさる。学食の椅子がガタリ、と鳴った。
「せっかくなんだから君!・・・・ここはひとつ、アムロとお揃いの『無造作ヘアー』とかになってみたまえよ!」
「無理!いやだ!うわあっ!!!」
「押さえろ、アムロ!」
「ここ学食だぜ・・・・!!つーか、無造作って、モノは言い様だなぁ・・・、何もして無いだけだぜ俺の頭。」
「たすけてガトーーっ!」
ガトーは眉をぴくぴくさせながらそんな他の三人を見ていた・・・が、やがて腕を組んだままきっぱりとこう言った。
「・・・・・助けてやらん!少しは反省するといい!」
「っ、ぎゃあああああああ〜!」
もちろんコウは、面白い髪型の写真を大量に撮られたのだが、次の日にはあっさり黒髪に戻った。髪の毛がのびて本物の黒髪に戻るまで、染め直すのにえらく苦労したらしい。ガトーも、何もそんなにも怒らなくて良かったじゃ無いか、と思ったアムロが後でこっそり聞いてみたところ、ガトーに言わせると「コウには黒髪が似合うのだから!」ということらしい。・・・・それこそなんだ、そのふざけた理由は!
更に蛇足すると、天田先輩が博士課程まで進まずに院を卒業して就職しようと思った理由は「早く世帯を持ちたくなったから」らしかった。そんな相手に巡り会ってしまったのだ。・・・・・・・茶髪がコウに似合っていたのかはともかくとしても・・・・・学生達は今日も実に賑やかな日々を送っていた。
|