大型スーパーというのはたまに行ってみると実に楽しい所である。食料品に限らず、最近ではなかなか小洒落たものまで売っている。
「・・・・足りないもの・・・・あー、そういやシャンプーも足りなく無かったか?」
「それは足りている。・・・・・・・・おい、コウ!!そんなに勝手にものをカゴに放り込むな!買い物に来ているのは私だ!」
「だってさー・・・・ガトーんちって、なんかこう、簡素じゃないか?たまにはこう、せっかくスーパーに来たんだからドカっと買い物しようぜー。」
その、夏も終わりの九月のとある日曜に、ガトーとコウは珍しく大型ス−パーに来ていた。何故珍しく、なのかというと、ガトーが常日頃の買い物を下町風『商店街』でするのが大好きで、量販店には滅多に足を向けないからだ。しかし、今日はガトーは食料というより日用品が少し欲しいらしかった。日用品はさすがに小さな商店より、量販店の方が安い。
「・・・・よし。大体揃ったな。さて、帰るぞコウ。」
もちろん、ガトーはコウと一緒に日用品の買い物などしようとは思っていなかったのだが、いつも通りに自分の部屋に転がり込んだコウが、いつも通りにくっついてきてしまったので一緒に買い物をすることになってしまっていたのである。
「・・・・・コウ?」
レジコーナーに向かってすたすた歩いている途中で・・・急にコウの姿が見えないことにガトーは気付いた。・・・・まったく、何処へいった!!勝手についてきた挙げ句に迷子か!?しかし、あたりを見渡すと、しかしあっけなくコウは発見出来た。まだ、さっきのシャンプーやらのコーナーで立ち止まっている。
「・・・・コウ。何をしている、私はもう帰るぞ。」
「・・・・これ、」
すると、ガトーが脇まで歩いて来たことに気付いてコウが棚を指差す。そこには、『おススめ香水コーナー 全品一割り引き!』などと書かれた紙が貼り出されていた。
「・・・・・これ、ガトー使ってるのだろう?」
コウが指差す先にあったのは、確かにガトーの使っているジバンシーの『アンサンセ ウルトラマリン』である。・・・・まあ、そう高価な香水でもないが、ここまで雑多に商品の並ぶスーパーでその姿を見ると、有り難みも失せるなあ。ガトーは『香水』という自国(フランス)が産んだ文化のことを思い、そうしてその商品の日本での取扱いっぷりに少し憂いを覚えた。
「確かにそうだが。・・・・・それがどうかしたのか?」
見ると、コウは香水そのもの、というよりその下にくっつけられた、小さな説明書きが気になっているらしい。そこで、ガトーもその説明書きを読んでみた。そこには、こう書いてあった。
『ジバンシー「アンサンセ ウルトラマリン」 爽やかなマリン系の香り。男性にも女性にもオススメ。モーニング娘。の安倍なつみ愛用香水!!』
ガトーは、なんとなく嫌な予感がした。案の定、コウはなんとも言えない顔でその紙を見ている・・・・・・・が、遂に言った。
「・・・・ガトー、この間、『モー娘。』は辻ちゃんが好きだった言ってたよな。」
「・・・・言ったか?」
とりあえずそう答える。いや、ちょっとした機会に、確かにそんな質問を受け、そうして確かにそう答えたのだが実を言うとガトー自身は、『モーニング娘。』という集団については名前を知っている程度で細かい知識など全く持ちあわせていない。しかし、それでも「辻ちゃん」と答えたのは、以前にシャアという友人が『辻ちゃんと加護ちゃんのどっちかを選べ、って言われたら究極の選択だよー!!』とふざけて言っていたのを聞いて、たまたま覚えていたからである。そのシャアが目の前で、「加護ちゃん」の方を選んだので、では私が「辻ちゃん」と答えたら面白いだろう・・・・と、そうだ、その程度の気持ちだったのだった。
「・・・・・辻ちゃんだって言ったよな?」
「言ったような気もするな。・・・・なんだ、それがどこか問題か?」
ガトーは慎重に、買い物カゴを床に置く。次には、コウは叫び出すことだろう、その前になんとかこいつを止めなければ・・・!!
「・・・・嘘つき、ほんとうは安倍なつみが好きなんだろ!!そうなんだろ、だからこの香水使ってるんだろ!?」
と、止める間もなく次の瞬間にはコウは叫び出していたが、ガトーもすかさずコウのウエストポーチに手を延ばすと、勝手にコウの携帯を引っ張り出していた。なんだよ、返せよー!!と妙に怒った顔で叫びまくっているコウの頭を押さえて、とりあえずガトーは電話をかける。
『・・・・・もしもーし。・・・・どうしたコウ君、アムロの携帯は止められてたかい?・・・珍しいね、私に電話なんて、かわろうかー。』
電話は、シャアにかけたのだった。日曜の午後だというのに妙に眠そうな調子で、シャアは電話に出る。
「私だ。・・・・・今現在、大変な事態に陥っている。今すぐ私の質問に答えろ。」
『・・・・・なんだい、ガトーか・・・・』
シャアはチッ、と面白く無さそうに舌打ちをしていたが、ガトーは構わず続けた。
「『安倍なつみ』とはどんな人物だ。・・・・・分かりやすく簡潔に説明しろ。」
『はぁ?』
シャアはワケがワカラナイ、という声をあげる・・・・しかし、後ろから微かに聞こえてくるコウの叫び声と、スーパーのエンドレスでかかるBGMと、それからガトーのただならぬ気迫に事態を察したらしく、えーと、と言ってからこう説明してくれた。
『安倍なつみね。・・・・そうだな、確か1981年8月10日生まれのA型、北海道出身で・・・・どういったらいいんだ。モーニング娘。の中でも、フロントだな。』
「フロントとは?」
ガトーは相変らずコウの頭を押さえ付けていたが、コウはもう顔を真っ赤にして、ガトーを蹴りはじめている。ガトーはあまりにうっとおしかったのでそんなコウを羽交い締めにすることにした。そうして電話を続ける。
『フロントってのは、だからつまり・・・バラ売り出来るくらい、モー娘。でも人気のある顔の可愛いコ、っていうか・・・・』
「全然分かりやすくないぞ。単刀直入に聞こう、そいつは私の好みっぽい顔か。」
『いや!・・・・それは全く違うだろうねぇ、どっちかっていうとふっくら顔の可愛い系だってば。余計なお世話かもしれないが、好みの顔でないだろう上に、コウ君にも似て無い。・・・・・つまるところ、ここが聞きたかったんだろう、君。』
「分かった、恩にきる。」
それだけ言うとガトーはさっさと電話を切った。・・・・そうして、羽交い締めにしたままのコウを見る。相変わらず、コウはぎゃーぎゃー叫んでいたし、子供連れの主婦の皆さんなどに、実にアヤシイ目で見られていることに気がついて、ガトーは思わず肩を落とした。
「・・・・・・おい。・・・・・・と、まあ、今の会話からも分かるように、私は安倍なつみなんぞ名前も良く知らなかったし、香水が同じだったのは、だからたまたま偶然に、だ。大体、フランスに居た頃からこれは使っていたのだぞ?」
「・・・・・・・・・」
コウは微妙に納得していないようで、凄い顔でガトーを睨んでいる。・・・・・なんだというんだ!誰と同じ香水を使っていようが、それは私の勝手だろう!!どうして『辻ちゃん』とやらだと平気で、『安倍なつみ』だとダメなのだ!!
「・・・・・・・ほんとか?」
もっと根本的な問題点を言えば、こんなことでやきもちを妬く貴様の頭の中身が問題なのだ・・・・とガトーは思ったが、もうそのあたりは、諦めて放っておいた。そうして、コウに携帯を返すと、さっさと買い物カゴを掴んで今度こそレジに向かうことにした。・・・そうだ、貴様の頭の中身が問題なのだ。
やきもちを妬く頭の中身が。・・・・・恋人同士でもないのに。
・・・・恋人同士でもないのに!
「・・・・・ほんとか?なあ、ほんとに安倍なつみ、好きじゃないのか?」
「だから、名前も知らなかった、と言っているだろう。」
「・・・・・なあ、ほんとにほんとか!!??あー、良かった俺、もうちょっと丸顔にならなきゃとか思って焦ってしまって・・・!」
その返事もワケがわからん。・・・・遂に、ガトーは吹き出した。そうして、自分のまわりをぐるぐると回るコウはもう放っておいて、さっさと会計を済ませると家路についた。・・・・放っておいてもコウは勝手についてくることだろう。
愛して止まない日常というものがある。・・・・それは、実に儚くもくだらない。また、それに流されようとも思わない。しかし、そんな些細なことで大騒ぎの日常も、別に悪くはないな、とガトーは珍しく思った。・・・・部屋への帰り道は夕焼けがとても綺麗で、ガトーは思わず鴨川に架かる橋の上に立ち止まってそれを見る。
コウの興味は、その時にはもう夕飯のメニューに移ってしまったらしく、食べたいものを大声で連呼しながらガトーのまわりを相変わらず楽し気に回っている。・・・・まったくそれは、確かに素晴らしい日常、であった。
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