目が覚めたら、身体が動かなかった。・・・・これが俗に言う『金縛り』というものか?ガトーはぼうっとした頭で少しそんなことを考えてみたものの、頭上から聞こえてくる声にすぐに我に返る。
「・・・・・・・でさ・・・・・」
「・・・・・あー・・・・なるほど・・・・」
なるほど、身体が動かない理由は分かった・・・・・自分の上に人間が乗っている。それも右足の上にひとり、左足の上にもうひとりといった感じで。そうして自分の方を覗き込んでいる。何ごとだと言うんだ。寝起きでなかったらすぐにでも跳ね飛ばしたのかもしれないが、あいにくガトーはその朝疲れていた・・・・というより、まだ寝足りなかったのである。
「これがね、三角筋・・・・分かったか?」
「うん、分かった。」
ガトーの目が覚めたことに気付いているのか気付いていないのか知らないが、とにかく身体の上に乗っている『二人の人間』は、まだヒソヒソとそんなことを話している。ガトーは思わず溜め息をつきそうになった。
ガトーは留学生で、彼が通っている大学は今春休みの最中だった。だから、ほとんどの学生はのんびりとした時間を過ごしているはずだ。しかしそんな中、彼は実に多忙な生活を送っていた・・・所属している体育会系剣道部の合宿、留学生だけに課せられた補講やレポート提出。そんな忙しい生活の中で、たまにのんびり休めるかと思ったら、何故か自分の上にちびっこが乗っている。ちなみに、この「ちびっこ」という表現はあくまでもガトーの目から見て、の話だ。ガトーは195センチも身長があったので、大抵の人間はちびっこに見えるのだった。
「で、これが鎖骨乳突筋でこれが大胸筋・・・・覚えたか?」
「うーん・・・・覚えたけど、覚えてどうするんだ?コウ。つか、なんでそんなに筋肉にくわしいの・・・・」
「日々鍛練のくり返しだから!・・・・・ウソ。ほんとは、ちょっとガトー見てたら調べたくなって。」
「・・・・・・・はあ・・・・・・・・」
ガトーに言わせるとちびっこ・・・・しかし、実際には普通のサイズの大学生男子、ガトーの通っている某私立大学の友人でもあるコウとアムロは、まだそんなことを言いながらガトーの身体にのしかかっている・・・・・そうして、ついに大胸筋のあたり・・・つまりは胸のあたりを、ぺたぺたと触り出した。
「大胸筋の下にいって、腹斜筋、腹直筋・・・うーん、どうだよ、やっぱ凄いよなあ、ガトーの身体・・・!」
「はあ・・・・そりゃまあ確かに・・・・」
なんだ。一体なんの話をしている。さすがに、目もすっきり覚めてそのあまりにプライバシーを無視した(たとえ友人と言えどもだ!)二人の行動に怒りを覚えたガトーは、ついにがばっと起き上がった。とたんに、「うわー」「うわー!」というような声を上げながらコウとアムロの二人がガトーの上から、ついでにベットからも転がり落ちる。
「あ、大変だ、起きてたのか・・・・・・」
コウがそんなことを言って面白そうに部屋の隅にあるテーブルの下にわざとらしく隠れる。・・・アムロもちょっと考えてから真似をした。何のことは無い、ふざけているのだ。ガトーは、思わずプライバシーとは何か、について延々と説教を垂れそうになってしまったが、そうするにはあまりに眠り足りない。なので、ジロリ、と二人を睨んだだけでもう一回今度は、触られないようにうつ伏せにベットに倒れ込んだ。・・・・・大体何故この二人は、鍵がかかっているはずのこの部屋に入れたのだ!
「・・・・・寝ましたかー。寝ましたねー。」
すると、またそんな声がして、コウとアムロが自分に近寄ってくるのが分かった・・・・・ガトーは、全く無視することにした。
「んじゃ、こっち側な!背中の筋肉です、きょく上筋、菱形筋、小円筋・・・・」
恐ろしいことに、コウはまたガトーの足の上に股がると、今度は背中の筋肉について説明を始めた。アムロは、さすがにもう止めた方がイイと思ったのかこう言う。
「いや、あのでもそろそろ止めた方が・・・」
「何言ってんだよ。こんないい筋肉見る機会滅多にないんだから。」
「つーか、ガトーの筋肉を観賞してどうすんの・・・・」
結局、アムロも面白いと思う方が先に立ったのか、すいません、と小さく呟いてからもう一回ガトーの上に乗った。・・・・・大して重くはない。・・・・・が、気色悪いだろうが!
「上腕三頭筋、下部僧坊筋・・・あー、凄い!どうやったらこういう風な身体になれるかなー・・・」
「って、えっ、コウがこうなるのか?・・・・・俺、ちょっとやだなそれ・・・・」
アムロとコウはまだ好き勝手なことを言っているばかりか、ついに後ろからガトーの腕まで押さえ込む。・・・ああ。何故かガトーは、昔読んだ『ガリバ−旅行記』を思い出していた・・・・・小人の国に流れ着いたガリバーは、目が覚めたら縄でぐるぐる巻きにされていてどうしても身体が動かないんだ。確かそういう話だった。
「えっ、こうなっちゃダメか?・・・・俺、これくらい凄くなってみたい、そんでガトーに勝ちたい・・・・・あ、そうか、そういやアムロ、よくシャアさんと一緒にいるよな。シャアさんもこんな身体?見たことあるか?ガイジンさんて、みんなお腹割れてるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えー・・・・・」
それでもまだ二人を無視しようと心に決めていたガトーだったが、コウがそんなとんでもない質問をアムロにするので、思わず目眩を覚えた。・・・・・コウは知らないが、アムロとシャアは付き合っているのだ。つまり、アムロはシャアの裸なんぞ飽きるほど見ているに違い無いということだ。・・・・・しかし、そのせいで逆に、そんな質問には答えようがあるまい!!!
「・・・・・・・・・えー。えっと、シャアは・・・・・うわあ!」
「うわー!!」
というか、あのナンパと身体を比べられるのが不愉快だ!そう思ってガトーは遂にもう一度起き上がった。コウとアムロはまたベットから転がり落ちそうになったが、その首根っこをガトーはひっつかむ。
「・・・・・・貴様ら、」
そのドスの聞いた声と、自分達二人を軽々ベットの上に引きずり上げた腕力に、さすがに二人は怯えた。
「何だと言うのだ!私は眠りたいんだ、邪魔をするなら叩き切るぞ!」
「・・・・・・・すいません、昨日深夜番組でWWFを見てしまい・・・・・・」
「そうしたら、ここに来るまでの最中で筋肉話で盛り上がってしまいまして、えー・・・・」
二人は、なんだか言い訳をしていたがガトーはイイ方法を思い付いた。そこで、右腕でコウを、左腕でアムロをがっちり抱え込むと、そのままもう一回ベットに横になった。・・・・・狭いな。
「・・・・・って、苦しい!」
「うわあ、すいません、もうしないから離してー!」
「うるさい!これならごちゃごちゃ言わずに大人しいのだろうが、お前達!」
と、その時。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実に絶妙なタイミングで留学生会館の部屋の扉を開いて、そうしてシャアが「おまたせー」というような事を言いながら入って来たのであった・・・・・・・。
「いや、済まなかったちょっとヤボ用があってね・・・・・しかし、鍵は渡しておいたから入れただろう?それで今日はこれからどうす・・・・・・・・・・・・」
そこで、シャアは言葉を切った。部屋の中の有り様に気付いたからである。ベットがある。そうして、ガトーが寝ている・・・・のはいいのだが、何故か両腕にコウとアムロを抱えている。まあ、それも百歩譲ってよしとしよう。主にコウ君の方は。・・・・・しかしだ!
「・・・・・・・・・・・・・・・よし。」
シャアは、しばらく考えていたが、やがて三月だと言うのに丁寧に手にはめていた手袋を外すと、左手の方をガトーに向かって放り投げた。・・・・・とりあえずアムロは離せ!それは、私の物だ!
「・・・・・・・・決闘だ、アナベル・ガトー君。」
「・・・・・いいだろう、受けてやる、そもそも貴様かこの部屋の鍵をこいつらに渡したのは!」
その後、ガトーとシャアが決闘をしたのかどうかは分からない。しかし、四人が揃ったのでガトーも眠ることを諦めて、暖かくなりはじめた京都の郊外へ遊びに出かけたことだけは確かである。
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