花束




 どこがいい?と聞いたら、「どこでもいい」という簡潔な返事だった。・・・・いつも通りだ。そして、実に君らしい返事だ。それならば、ということで、思いきり私の本拠地を選んでやった。スウィート・ウォーターと言う名のコロニーだ。後数カ月のうちに、この中途半端な構造のコロニーは、地球圏で最も有名なコロニーとなることだろう。そうなるように、私が日々動いているからだ。ともかく近日中に、私はこのコロニーである種の宣言をするつもりでいた・・・・だがしかし、今はまだ無名の、そこらにあるコロニーで、待ち合わせ場所としてそう悪くも思えなかった。・・・・もっぱら私にとっては、だが。
 大体、約束をしたからと言って相手が来るとは限らないのだった。おもにそのような関係だ。そのような関係だが、さすがに自分の家に招くのは憚られる気がしたので(私が良くても回りの人間が良いとは思わないことだろう、)私は適当に宿をとった。コロニーの中心部にあるホテルである。そこそこに豪奢なホテルだった。
 ・・・・で、結論から言うともう三十分も待ちぼうけを食らっている。・・・・来ないかもな。・・・あぁ、彼は来ないかも。おもにそのような関係だ。・・・・そう思って、私がソファに深々と座り直したその瞬間だった。
「・・・・悪い!・・・・・これでも急いだ!」
 彼はスィート・ルームのドアを蹴破らんばかりの勢いで急に飛び込んで来た・・・・私は目を丸くした。・・・・大体、ここは何処だ。ホテルのスィート・ルームと言うものは、本来もう少し静かな場所だと思っていたのだが。
「・・・・・やあ、遅かったな、アムロ君。」
「・・・・・やあ、だから急いだんだけど・・・・・」
 それだけ言うと、彼はめざとく冷蔵庫を見つけたらしく、それに向かって突進していく。そして冷蔵庫のドアを開くとペリエを取り出して勝手に飲んだ。
「・・・・・ちょっと遅れた。・・・・・・・・悪い、シャア。」
 ・・・・・おもにそのような関係だった。



 さて、彼が説明するにはこういう話であった。
「・・・・いや、俺は昨日の夕刻にはこのコロニーに着いてたんだ・・・・で、約束に遅れちゃ悪いだろ、と思って下見もした。・・・・だから、この悪趣味なホテルの下見をさ・・・・」
 彼は私が選んだこのホテル(そこそこに豪奢)を、悪趣味と思ったらしい。それは良く分かった。
「・・・・で?」
 ひどく久しぶりに生身で会っておいて、ペリエもなんだろう、と思った私は、もう少し上等な飲み物を冷蔵庫から引っ張り出してきた・・・まあ、それは部屋に常備されている白ワイン程度だったのだが。それをグラスに注ぐと、彼は思いきりそれを飲んで、そして今日ここに来るのが遅れた説明(いいわけ、とも言う)を、えんえんとし始めた。
「俺はもうちょっと下町の方にホテルを取ったので、そこからここへ向かって歩いてたんだ・・・・あの、目の前に見える道を。」
 彼は窓の外を指差してそう言った。私は確認しなかったが、おおよその道は見当がついたので失礼にならない程度に頷いた。
「公園に面した通りだな。」
「そう!・・・・その通りだ。・・・・するとだ。その途中に郵便局があるんだけど、知ってるか?」
 ・・・・・私は少し考えた。・・・・そうだな、そう言われれば郵便局があったような気がする。確か大きな、レンガ造りの郵便局だ。
「分かる。」
「その前に、おばあさんがいたんだ。」
 ・・・・彼の話は一気に分からなくなった。・・・・・おばあさん?ともかく、そんなことを言いながら、彼は何故か手にもって来たらしい包みと、それから花束をテーブルの上に置く。きちんと包装された小包と、それから適当に包まれたらしい花束だとなんとなく分かった。
「・・・・おい、貴様に関係があるんだ。・・・・ちゃんと聞け。」
 彼がそんなことを言うので、私は我に返って彼を見た。・・・・ああ、聞いているとも。彼は、向いのソファに居心地悪げに座り込んだところだった。
「・・・・私に関係がある?・・・・どういうことだ。」
「その、郵便局の前にいたおばあさんがさ。・・・・局員に追い返されるところだったんだ、俺が通りかかったとき。」
 彼はひどく悲しげに目を伏せて、それで私は急に現実に引き戻された。・・・・待て待て。確かに、こうやって彼が実際に私の目の前にいることは少ない。だがしかし幻を見ているような気分にならなくても良さそうなものだが、しかし実際、私は大きめのソファに、居心地悪そうに座り込む彼を、まるで幻を見るような目で見てしまっていたのだった。
「・・・・・ふむ、それで。」
 私は悪かったかと思って、真剣に話を聞くため身を乗り出した。・・・・彼の方は私のその行動にびっくりしたらしい。
「・・・・だからさ。・・・・そのおばあさんは・・・・どう言ったらいいんだ、あんたに『プレゼント』を送りたがっていたんだ。・・・・・・それで、郵便局員に追い返されていたんだ。」
「・・・・・・・・・・・?」
 ますます分からない。私が難しい顔をしていると、彼は呆れ果てた気分になったらしくて、こう言った。
「・・・・だから・・・・・あんた、もうすぐ誕生日なんだろう?十一月の十七日とか。」



 確かに、それは私の誕生日である。・・・・いや、しかし。 彼がハッキリとその日付けを言ったので、私はかなり驚いた。
「・・・・・・・あぁ。・・・・・・ああ、まあそうだな、それは確かに『私』の誕生日だ。」
 何故私が驚いたのかというと・・・・・・・・まあいい。それについてはまた後で説明するとしよう。ともかく彼は、私の返事に納得し、話を続ける気になったらしい。
「それでだ。・・・・そのおばあさんは、あんたに『プレゼント』を送りたがっていた。・・・・良く分からないが、そういうのは多いんだろう、多分。・・・・宇宙ではあんたは人気があるだろうから。」
 私は曖昧に頷いた。・・・・贈り物ね。・・・・そうだな、確かにその手のものを貰うことも多々あった。別に誕生日に限らなくても、だ。その程度には、確かに私は知名度があった。
「で、そのおばあさんも郵便局で、どうしてもあんたに荷物を送りたかったらしいんだが・・・・普通の郵便局が『シャア・アズナブル宛』の荷物、って、受け取ってくれると思うか?」
 ・・・・まあ、無理だろうな。知名度は確かにあるが、私は常に身を隠しているような職種の人間だ。そこで今度は首を横に振った。どこに届ければいいのか分からないような荷物は・・・・郵便局も受け付けかねることだろう。 彼は何故かそこで話を切ると、ガシガシ、とひどく巻毛な自分の頭を引っ掻き回した。・・・・ああ、そんな風に自分でかき回さなくても、あとで私がいくらでもかき回してやるというのに!
「・・・・・それで?」
 私は途切れた話の先を促した。・・・・郵便局の前で、それでおばあさんはどうなったというのだろう。
「・・・・・俺はそのやりとりを見ていてさ。・・・・・それで、ほら、俺はときたら、これから確実に『シャア・アズナブル』と会うところだったわけじゃあないか。・・・・それで、そのおばあさんが可哀想になっちゃってさ。」
 ・・・・・・・なるほど。その続きは、私にもなんとなく想像出来た。・・・・・多分彼は、我慢が出来なくなって、おばあさんに声をかけたのだ。・・・・そうして、公園にでも誘って、一生懸命説明したのだろう・・・・信じられないかもしれませんが、俺はその荷物をシャアに渡せます。・・・・・だから、俺に預けてみませんか、とかなんとか。・・・・・・その、誠実そうな茶色の瞳で、一生懸命に話したのだろう。
 ふとアムロを見ると、彼はもういいかぁ、というひどくぞんざいな態度で目の前のソファに座り直している。両足を投げ出して、それ以上説明する気も無いらしく、からっぽになったワイングラスはまったく無視したままで、ワインの瓶に・・・・ワインの瓶に直接手を延ばしている。私の目の前でこれだけ失礼な態度を取り続ける人間と言うのも珍しいのだが、だがしかし私にはそれが心地よかった。



「・・・・・君が、」
 ずいぶんと時間が流れて、私は気が付けば彼の持って来た花束と包みをじっくりと見つめていた。
「今日遅れてきた理由はとても良く分かった。」
 鳥が鳴く。・・・・このホテルの目の前にある通りは、事実その先が大きな公園だったので、その森に巣を作っている小さな鳥の鳴き声なのだろうと思った。
「そう?」
 彼は「分かったならいいんだけど、」などと呟きながらまだワインを飲み続けている。・・・・気まずいのかな。ふとそう思った。普段の彼ならいくら走って咽が乾いていたとしても、酒をがぶ飲みしたりはしないからだ。
「それから・・・・君が、ずいぶんと嘘をつくのが苦手だ、ということも良く分かった。」
「・・・・・はぁ!?あんた、俺の話聞いていたのか!?」
 彼は怒った。・・・・が、まあ私は花束と包みから目を離さないままにこう続けた。
「聞いていたとも。・・・・・ちゃんと聞いていたから嘘だと分かったんだよ。」
「どのへんが!」
 彼は食い下がった。・・・・どうしようかなあ、と私は思った。
「・・・・・・まず、私の誕生日なんだが・・・・」
 私はゆっくりと言った。
「九月二十七日だ。・・・・・一般に知られているのは。」
 見ると、彼は本当に分からない、という顔をしていた。



「どう説明したらいいかな・・・・だから、多くの人に『シャア・アズナブル』の誕生日として知られているのは九月二十七日のはずなんだよ、アムロ君。・・・・だから、さっきの君の話は、老婦人が『誕生日プレゼント』を送ろうとして・・・・・・という辺りがウソだ。」
 私は出来るだけ言葉を選んで言ったつもりだった。・・・・しかし、アムロは返事に詰まったらしい。見ると、赤いとも青いとも言えない顔で、ワインの瓶を握りしめたまま私を睨み付けている。・・・・私は軽く苦笑いして言葉を続けた。
「が、まあ、私に荷物を送りたかった老婦人がいた、というのは本当なんだろう。・・・・で、君はそれで思い出したんだ、私の誕生日が十一月十七日だ、ということを。・・・・そうだろう?」
 アムロはまだ黙っている。・・・・・いや、でも多分君は思い出したんだ、私の『本当の誕生日』が近い、ということを。
「変な表現なのだが・・・・キャスバル・レム・ダイクンの誕生日が十一月十七日、なんだ。・・・・もう、あまり多くの人が憶えているとは思えない。二十年以上前に無くなった国の話だからだ。・・・・・だけど、君には、前に聞かれて答えた記憶がある。それを教えた記憶があるんだよ、きみ、君が私に聞いたんだ、アムロ君。・・・・ベットの中で、『あんたの誕生日っていつ?』・・・・って。二年くらい前かな。」
 良く憶えている。・・・・初めて一緒に眠った晩だったので、それは良く憶えている。アムロはまったく何も答えなかった。
「・・・・・君は思い出した。・・・・・それで、急いでプレゼントを用意したんだ。・・・・それがこれだ。・・・・・私の推理は間違っているか?」
 私はソファから立ち上がると、テーブルの上にある適当に包まれた花束を手に取った。・・・・それは、新聞紙に包まれていた・・・・良く見れはすぐ分かった。昨日の日付けの新聞紙だ。



 それは昨日の新聞紙に包まれた花束のような、



「・・・・・この新聞はこのコロニーのものじゃ無い。こんなものを持っているのは、昨日このコロニーに到着したばかりの人間だけだ。・・・・・だから、この花束は君がこのホテルに来る途中で慌てて用意した、」
 私への誕生日プレゼントだ。



 ・・・・・そして君が昨日の新聞紙に包まれた花束を私に持って来るような、そんな人間で良かった。



 アムロはずいぶんと長い時間考え込んでいた。眉間に皺を寄せて、大きな茶色の目を伏せて。それからため息をついて、肩をすくめるとこう言った。
「・・・・・まあ・・・・・だから・・・・・・その程度でゴメンね。」
「いや。」
 私は笑った。




 私達の関係が、昨日の新聞紙に包まれた花束のような、関係で良かった。




「とても嬉しいよ。・・・・・本当に嬉しい。と、いうより君が、今日と言う日をまったく自分の為に使う気が無いことが分かって、驚くばかりだよ。」
 私は花束に顔を埋めた。・・・・・そこからは、新聞紙のインクの臭いがした。
「今日って・・・・・十一月四日だろう。・・・・・・俺の誕生日なんか祝ってどうするんだよ、シャア。」
 アムロはムスっとした顔のままそう言った。その台詞はまったくそのまま君に返そう。・・・・何のために、私はこの日を待ち合わせの日に指定したのやら。・・・・・・まったく祝われる気なんかないぞ、と、彼は新聞紙に包んだ花束を抱えてこの待ち合わせ場所に現れたのだった。
「こう言ってよければ・・・・・」
「はい、どうぞ。・・・・言えば?」
 アムロはそっぽを向いている。私は言ってやった。・・・・ついでに老婦人からだという包みも開いて中身を見てやった。
「・・・・・君を愛してる、とは間違っても言えない。そんな言葉は受け取って貰えなそうだからな。」
「受け取りません。」
 アムロは答えた。そう答えるだろうと思っていた。・・・・・老婦人の小包の中身は手作りのひざ掛けだった。
「・・・・・ただ、愛おしいよ。・・・・・・・・・君が愛おしい。」
 私はそう言った。・・・・・・・・アムロが顔を上げた。・・・・・・愛おしいのはいいのか。・・・・そうか。・・・・・・本当に愛おしいよ、ただ愛おしい。昨日の新聞に包まれた花束を持って来るような君が。・・・・・・・私はキスをした。彼の誕生日に。・・・・・・・手を繋いで、ベットに向かった、彼の誕生日に。まいったな、だって私はプレゼントなんて考えても見なかった。でも、彼はまったく適当に、花束を作ってこの場所に現れた。・・・・・そうして私は、なるほど、私達の愛はそのようなものなのだ、と心からおもったのだ。





 ・・・・・・それはまるで昨日の新聞紙に包まれた花束のような、無造作な、ひどく無造作な。





 






*あー、一日遅れてしまったー(笑)。そして初めてのシャアム小説だ、アムロの誕生日を祝い始めてからー(笑)。←五年目。
今年はそんなに暗く無かったと思います(笑)。毎年暗いんだけど(笑)。お誕生日おめでとう、アムロ(笑)!
2004.11.05.




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