「アムロ」
「何だ」
「お前、ここまで来ると嫌がらせだろう……」
「バレた?」
「解ってやっているなら尚悪い」
同日、午後遅く、ラー・カイラム。
アムロはもはや嫌がらせとしか思えないレベルで、ブライトに付きまとっていた。
場所は士官食堂である。
「アストナージの話に因ると、俺はブライトに食われかけたらしい」
「だからそれが誤解だ。お前が泥酔したので、私は部屋に戻らせようと努力した。ただ、お前を介抱している……まあ主に密着しているその最中の行動を部屋付きの警備兵に目撃されたので、そこで誤解されたようだ」
これはもう両手で足りないほどの回数、アムロに説明した内容だ。
ところがアムロは懲りなかった……懲りなかったというより悪ノリした。
「もう付き合っちゃおうかー」
「棒読みで言うな」
「ま、確かにブライトとかありえないけどな」
「死ぬほど分かってる」
「付き合うならもっとカッコいい……」
「あー、ノロケなら別に聞きたくない」
「えっ、聞けよ……シャアは本当にカッコいいんだ! シャア以外の男なんて反吐が出る、想像もしたくない、俺はノーマルだって話だよ!」
「シャアにこだわってる辺りで既にノーマルとは言い難い」
「……」
ここで軽く睨み合い。
しかし士官食堂で、向かいに座れば良いものを、わざと隣にアムロが席を取ったりするものだから、端から見るとまるで見つめ合うような状況になっている。
静かな睨み合いを経て、ちょっと諦めに似た心境に陥ったブライトが真横で覗き込んでるアムロの赤毛を撫でた。
ーーー慰めるように。
「その、なんだ……私には解らないが、バレンタインデーのお返しが貰えなかったというのはそこまで重要なことなのか」
「まあね、多分」
仰け反ったのは、遠くから見守る傍観者達である。
彼らは『賭け』の行方の為だけに、士官食堂の扉に張り付いていた。そして会話の中身は当然知らない。
となると、ブライトが『愛おしげにアムロの神を撫でた』様にしか見えないのである。
ぎゃー、という声にならない絶叫が響きわたった。
「オッズ……」
「オッズの書き換え! 至急!」
「このままだと確実にくっつくぞ、クッソ、ブライト艦長は不倫前科持ちだしな……!」
「マジかよ! そんなに男前だったのかよ、艦長!」
「俺、不倫とか無理! マジ無理! そんな胆力ねぇ!」
「お前知らねぇの? 後期グリプスん時のラビアン・ローズ艦長!」
「エマリー・スーン?」
「それ! それブライト艦長の不倫相手だから!」
「えぇえええ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図に突入している外野に薄々気づきつつも、ブライトは割と冷静にアムロと会話を続ける。
「考えてもみろ」
「ぁん?」
「大したことでもないだろう、チョコのお返しのクッキーが貰えなかったくらい」
「俺にとっては大したことだった!」
ここでブライトはアムロの髪を撫でるのを辞め、盛大にため息をついた。
「では聞くが。お前がシャアにチョコを贈ったのはいつだ?」
「は? 日付?」
「そうだ」
するとアムロは少し考え込む。
「あー……細かく覚えているわけじゃないか、明日バレンタインじゃないか、ヤベ、くらいのノリで送ったから……あ、そう言われてみると、送ったのは二月十三日とかだったかもしれないな」
「はっきり言っていいか、アムロ」
「何だよ」
ブライトはこう宣言した。
「連邦軍の勢力圏内から、おそらく極秘裏のルートを介して隠蔽工作を行いつつ小包を送る(中身はただのバレンタインのチョコレート)。……となると、シャアに届くまでに一ヶ月くらいかかっても……仕方がないんじゃないか?」
「!」
正論だった。
だがしかし、恋に関してアムロは単純だった。
「……そうかー! そう言われればそうだな、じゃあまだ届いてない可能性があるのか!」
「……まあな」
ブライトは、心から思った……なんだ、この恋愛喜劇は。
頼むから他所でやってくれ、そして私を巻き込まないでくれ……!!
その後、三日と待たず異様に上機嫌なネオ・ジオン総帥から極秘通信が入った。
彼は誇らしげに「自分がいかにアムロに愛されているか」をチョコレート片手に延々と語った。
あぁそうですか、そんなに嬉しいですか。
ブライトは軽く自分の運命を呪いたくなった。
「……なんでもいいが『お返し』はしろよ。これ以上アムロの不機嫌が続いたら迷惑も良いところだ」
『するとも! アムロの為ならコロニーの三つくらい捧げても良いところだ!』
いや、それはやめてくれ……とブライトが反論する前に通信が切れ、絶妙なタイミングでアムロが艦橋に飛び込んで来た。
「……ブライト! 愛してる、ブライトの言った事は正しかった!」
……シャアはもちろん、ブライトより先にアムロに連絡を入れたらしい。
それはいい。
それはいいんだがな……現実としてラー・カイラムの乗組員達の目の前に晒されたのは、アムロとブライトが抱き合っているという状況だけだ。
「……良かったな……」
そう返したブライト艦長の声が心から疲れ果てていました、と後にアストナージ・メドッソは語る。
新しい賭けが始まり、ラー・カイラム内では凄まじいスピードでオッズが上塗りされて行った。
その後、アムロにはちゃんとシャアから『お返し』が届いたらしく、アムロ個人は上機嫌この上無かったが、ブライトは恐ろしくてその中身を聞き損ねた。
とりあえず、総括するとこういう話になる。
『恋愛喜劇(ラブコメディ)は、もうたくさん!』
おわれ。
2012.02.03.
結果的にペプシリスペクト(笑)だった『ラブコメディ』が発行されたんですが、
これはこれでまあ良かったんじゃ無いかと(シャアムじゃないけど)!
なんか微妙に二年越しで季節モノに間に合いましたね。
一足お先に、ハッピーバレンタイン(ちょっとヤケ)!
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