同月同日、ラー・カイラム左舷格納庫モビルスーツ・デッキ。
……やさぐれてるんですか。
そんな理由で大尉はやさぐれて、それに俺達は振り回されているんですか、あーそう、とアストナージは思っていた。
そんなものですか。
好きな相手にバレンタインデーにチョコをあげたけど、お返しが来ない、とか。
そんな乙女チックな理由でこの人は、この一週間ほど機嫌が悪くて、艦長も、その巻き添えを食って?
そう思ったら、アストナージは様々に可哀想に思えて来た。自分も、そして艦長もである。
目の前の赤毛の、大きな瞳を持った、一人の作戦士官に振り回されている。それも盛大に。
いや待て、その前に確認しなければならないことがある。
「あのですね、大尉」
「なんだよ」
「念の為に確認しておきたいのですが……その、誰にチョコをあげたんです。つまり、相手を聞いても差し支えは無いですか」
これがブライト・ノア艦長にあげたのだったら、問題は即解決するのだ。賭けはこの先出来なくなるが、男同士のハッピーエンドというやや摂理に反した方法をもって、だが。
艦の平和と賭けのオッズを守る為に、絶対に聞いておいた方が良いような気がする。
「ちっとも問題はない」
そう考えていたアストナージに、だがアムロは何処か誇らしげに、そして面倒くさそうに二日酔いで赤い目元を擦りながら答えた。
「シャアだ」
「……」
「シャアにあげたに決まってんだろうが? 俺が他の誰にチョコあげるっていうんだ」
シャア・アズナブル。
見紛うこと無き敵、である。
……この人の最大のライバルにして、最大の欠点。
いや、アムロ自体にはさしたる欠点はない。むしろ付き合う相手が欠点なのだといいたいくらいだ。
しかし人智を越えて、この二人が繋がり合っていることくらいは、アストナージは理解しているつもりだった。
つもりだったが。
「やってらんねー……」
ボソリと呟きながら身を起こし、リ・ガズィのコックピットから抜け出したアストナージの背中を、アムロが不思議そうに見送っている。
ほのかに赤い、それは色っぽい、寝不足で二日酔いの目元を擦りながら。
「誤解だ」
自分の隊の作戦士官の最大の欠点は『敵と付き合っていること』だとブライトは思っていた。このあたりはアストナージと同意見である。
『どの辺りが誤解なのか、懇切丁寧に説明してもらえるものだろうか』
嫌なプレッシャーと共に連絡して来た相手は、本当に容赦なかった。ブライトは諦めてくれないものかと心底溜息をつく。
「全面的に誤解だ。何もかもが誤解だ。確かにアムロは昨晩、私の部屋で酔いつぶれた……のだが、君が思うような過ちは何一つと無かった」
『そうか』
「そうだ。私には……愛する妻子が地球上にいるし」
自分の隊の作戦士官の最大の欠点は『敵と付き合っていること』だとブライトは思っていた。
「君がアムロの恋人であることも解っているし」
それでも許容しているのは、この二人に尋常では理解し難いニュータイプ同士の感応があることを理解しているのと、あまりにあからさまに事態が進行中だからである。
緊迫する戦況と同じくらい堂々と、こうしてこの男は私事の通信を入れてくる。
一体どこでシリアスになればいいのやら……! と、笑いたくなるくらいだ。
何だってまあ、この二人はことあるごとに問題を生み出し、そして、厄介事を自分のところに持ち込んでくれるのだろう。
『しかし私が聞いたところによると、今にもアムロにのしかからんばかり、だったそうじゃないか』
「……」
思わずブライトは内報者がいるのではないかと思って、艦橋の中を見渡した。
無論、アストナージが片棒を担いでいる『賭け』の実情を知るわけもない。
艦橋の要員は、一斉に不自然に自分から視線を逸らした。
いやだが待て。
身内を疑うのは最後の手段にしておこう。
「クワトロ大尉」
微妙に懐かしく、そして画面に映る男の希望する通りの偽名で彼を呼ぶ。
『なんだ』
おくびもなく、躊躇せずに答えた彼の返事にむしろ恐れ入る。
「機嫌が悪い」
『……』
「つまり、アムロの機嫌が悪いのだ……この一週間ほど。それで深酒に付き合わされている」
『解らん』
「心当たりは」
『無いが』
相手の態度に、ああそれでは本当に解らないのだろうなあと、ブライトは嘆息をつく。
「今日は何日だ、クワトロ大尉」
『三月ニ十二日?』
「その日付が、アムロには重大なものだったらしいのだがな。昨日盛大に聞かされた愚痴によるとそんなところだ」
『おいっ……』
これ以上、恋人達の事情に首をツッコむのは無しにしておこう。
そして、馬に蹴られるのも。
自分が貧乏くじをひく立場なのは理解している。
それにしたって、毎回確実にアタリを引く必要もないだろうに……!
「……と、いうのが潜入した間諜からの情報です」
時は更に遡ること、半日ほど前。スィート・ウォーター、ネオ・ジオン本拠地。
「ラー・カイラム周辺はこの噂で持ち切りらしいですね、あぁ遂に大尉が食われたか、とか。ブライト・ノアもそこまで紳士じゃなかったのか、とか」
「やるな、ブライト……!」
ナナイの報告に、その報告書を叩き付けて見せたのはシャアだった。
「その台詞はもうちょっと先まで取っておいて頂けませんか」
しかしそのシャアの激昂に、冷静に耐えうるだけの度量をナナイは持っている。そして彼女はふう、と大げさに溜息をつくと、シャアを見上げてこう言った。
「あのね」
「なんだ」
「あのね貴方……連邦に潜り込んでる間諜(スパイ)が言って寄越した情報を、そこまで本気にしてどうするの」
「それはまあ、確かに」
「そして貴方が知る……『ブライト・ノア』と『アムロ・レイ』は、報告通りに恋に落ちるような人間性だったのかしら」
「いや、それもどうだろう」
「なら、落ち着いてくださいね」
全く、彼女の言葉は理に叶っていた……!
そして場面は、先程の場所に戻る。
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2010.05.13.
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