「……遅かったわね。」
エーゲ海に面したセイラの邸宅の門に辿り着いたのは夕刻だった。呼び出しのベルを押そうとする前に中から開かれ、少し驚く。そして使用人ではなくセイラ本人が出迎えたことにもアムロは驚いた。
「……ひどいな、これでも急いで来たんだ。三ヶ月間も意識不明だったんだから、少しは労ってくれてもいいんじゃないか?」
「だって四ヶ月間意識不明だった人が、もう部屋で待っているのよ。」
セイラが面白そうに、少し目を細めてそう言う。
「……居るんだ。」
「分かっているから来たのでしょう?」
「……まあね。」
アムロは少しバツが悪く思いながら美しい夕日に映える邸内を、あのコテージに向かって歩いた。……ああ、居るな確かに。徐々に感じるその気配に、思わず笑みがこぼれる。
「……『約束』の話……聞いた?」
「聞いたから出迎えたのよ。別に迷惑になんて思って無いから安心して頂戴。」
「俺達の事、馬鹿みたいだと思わないか?」
「思うわ。」
「……」
にべもなく、とはこの状態のことだろう。
「馬鹿みたいだと本当に思うけれど……」
「……」
「……生きていてくれて嬉しいわ。」
セイラは笑いながらコテージの扉を開いた。
「……アムロ。」
海に面したバルコニーに、シャアは夕日を眺めて立っていた。こちらを振り返りもしないので、表情は分からない。
「……今回は、他の言葉も話せるんだろうな?」
「おかげさまで。」
やっとシャアが振り向いた。アムロは深く息を吐いた。……五年前の約束が、今、現実のものとなる。どちらからともなく歩み寄った。リビングの真ん中あたりで、互いの手を取る。
「……随分とまあ、傷が増えたな。男前だよ。」
シャアの右頬にそっと手をやる。そこには引きつったような新しい傷跡があった。
「誰のおかげだ。……おや、」
「ああ、そうなんだ。俺は身体の左側がどうにもうまく動かなくて、」
シャアはアムロの肩に手を回してシャツの上からその身体を撫でた。
「お互い様だな。」
「あぁ……」
そしてまさに抱き合おうとしたとき、後ろからセイラの咳払いが聞こえてくる。
「「……あ」」
「ディナーは七時からよ。絶対に食べてもらいますからそのつもりで。カイも来るわよ。……だから、」
セイラはそこまで気難しい顔で話して、しかし我慢出来なくなったかのようにやがて吹き出した。
「……だから、ほどほどに『用事』は済ませてね。」
「アルテイシア、」
「セイラさん、」
シャアとアムロは同時にそう言ったが、もうセイラは扉を閉めて出て行った後だった。
「……それじゃあ……」
「……ほどほどに済ませるか。……ほどほどに。」
二人はゆっくりと、夕焼けの良く見える窓辺のソファに腰掛けた。
『……五年後の今日、この場所でまた会おう。』
約束は果たされた。……アムロは満足だった。今度こそきちんと、ニュータイプは殺し合いの道具ではないことをきちんと証明出来るような気がした。――宇宙世紀0093、八月一日。
二人の目の前には今、日の沈むエーゲ海と、無限の時間が……静かに広がっている。
「この傲慢な恋の果て」 終わり。
2007/07/19 書き下ろし
2009.02.11. ネットアップ
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