(カミーユの性格>>>映画版)






犬は吠えるがキャラバンは進む




 部屋を出たらちょうど目の前のあたりに、カミーユがいて驚いた。・・・・・カミーユ・ビダンだ。何を思ったのか、通路の小さな窓から、しきりに外を眺めている。
「・・・・・・何をやっている。」
 私が声をかけると、そこで初めて気がついたらしく、彼はこちらを振り返った。
「・・・・・・ブライト艦長!・・・・地球ですよ。今、ものすごく地球の側にいるんです。知ってましたか!」
 ・・・・・・知ってましたか、もクソもない。この艦を指揮しているのは私だ。
「知っていたが、それは何か問題か?」
「いいえ、問題なんかないですよ。」
 カミーユはそう答えると、また窓の方を向き直った。・・・・・いや、問題はあるだろう。なにしろ、ここは艦長室の目の前だ。見ると、勤務中である警備兵が、腰に銃をぶら下げたまま、呆れたように窓にへばりつく子供を『もてあまして』いる。・・・・・しかたがないので、私は艦長として、それなりの行動をとろうと思った。
「・・・・・カミーユ。私はこれからブリッジに上がるが・・・・・・・・君は休息中なんだな?」
「はい、俺は休息中です。・・・・・あ、一緒に行きますよ!」
 なんとかなりそうだ。そこで私は、変な顔をしたままの警備兵に軽く手を振って付いて来ないよう心向きを伝えると、カミーユと二人でハンドグリップを握って、食堂に向かうことにした・・・・このまま子供を、ブリッジに連れてゆくのもどうか、と思ったのだ。



 微妙な立場の人間が、臨戦状態の軍艦に存在するのは難しい。・・・・・と、つねづね思って来た。一年戦争の時もそうだったし、今もそうだ。カミーユは、巻き込まれた子供であることは間違い無いのだが、いなければ困る戦闘要員であるのもまた確かだ。これは難しい。・・・・そして、そういう様々な事実は曖昧なまま、気がつくと引き返せないところまで話が進んでしまっているのが、これまでの常だった。
「・・・・・・カミーユ、しっかりと聞いておきたいのだが、君は軍人に・・・・・・」
 私がブリッジに向かう途中の食堂で、コーヒーをおごってやりながらそう切り出すと、カミーユはこんな返事を返して来た。
「・・・・・・ユーリ・・・・・・なんとか、って人がいるでしょう。授業で習ったんです。ユーリなんとかっていう・・・・・・・人類最初の、宇宙飛行士で、」
「・・・・・・ユーリ・ガガーリンか?」
「あぁ!・・・・・・その人です。」
 どうして唐突にこんな話が出て来るのかは全く分らないが、まあ大体ニュータイプというのはこんな話し方をする。・・・・・そしておそらくカミーユは、ニュータイプなのだろうなあ、と、私はそう感じていた。
「それで、そのガガーリンが、初めて宇宙から地球を見た時に言った、有名な言葉があるじゃないですか・・・・ね?」
 あぁ、その言葉なら私も知っている。学校の授業で習ったので。そこで、私がその言葉を言おうとしたら、相手もまさに同じことを言おうとしたらしく、
「その言葉ってのは・・・・・」



「『地球は青かった。』だ。」
「『神はいなかった。』ですよね。」



 ・・・・・見事に、ズレた。



 しばらく沈黙してから、私とカミーユは顔を見合わせた。
「・・・・え、『神はいなかった。』じゃないんですか!ユーリ・ガガーリンの言葉ですよ。」
「それは私のセリフだ。『地球は青かった。』で、ガガーリンのセリフは間違っていないはずだが。」
「・・・・・・えー。」
 カミーユはまだ何か言いたかったらしいのだが、私はミーティングの時間が差し迫っていたので、もう行かなければ、と思った。
「おごりだカミーユ、私の残りもやる。・・・・・寝ておけよ。」
「コーヒーはどちらかというと目の覚める飲み物だと思います!」
 カミーユはまだ何か言いたそうだったが、私はそれを無視して今度こそブリッジに向かうことにした。・・・・・カミーユの面倒・・・・・いや、カミーユの面倒などは、ほんとうはクワトロ大尉が見るべきものなのだ。・・・・なにをやっている。



「・・・・・艦長、カミーユに『質問』されましたか?」
 だがしかし、恐ろしいことには数日後、私はブリッジに上がった瞬間にサエグサにそう言われたのだった。
「・・・・・なんの話だ。」
「地球の話ですよ!・・・・・地球と、ガガーリンの話、です。・・・・聞いたら、片っ端からカミーユが聞いて回ってるらしいんですよ、みんなに。」
 ・・・・・・知っている。いや、何をやっているんだ、カミーユは!私はクワトロ大尉を呼ぼうと思った。そうして、きちんと叱って貰わないと駄目だろうと思った。それでも駄目な場合には私が言おう。
「・・・・・クワトロ大尉をここに・・・・・」
 面白いことには、私が艦長席に座りながらそう言った瞬間に、ブリッジのドアが開いてクワトロ大尉が入って来たのだった。・・・・・そして、数秒遅れでカミーユも飛込んできた。
「・・・・・なんだ。何かあったのか?」
 クワトロ大尉はブリッジの微妙な空気を察したらしく、入って来た瞬間にそう言う。その背中に、なかばつっこむようになりながら、後ろから入って来たカミーユが叫んだ。
「大尉!・・・・良かった、大尉で最後なんですよ。あの、ガガーリンについてなんですが・・・・」
「・・・・・カミーユ、勝手にブリッジに入って来るな。」
 私はカミーユを遮ってそう言った。しかし、カミーユは聞こうとしない。
「あの、でも艦長・・・・・」
「口答えはいい!話はあとで聞くからしばらく外で待っていろ!」
「・・・・はい。」
 カミーユはやはり何かを言いたげだったが、それでもそう答えてブリッジを出てゆこうとする。すると、クワトロ大尉がそれを止めた。
「まあ、艦長。・・・・・・・それで、何か用なのか、カミーユ。」
「はい、俺気づいたんですが・・・・・『生まれた場所』なんですよ。」
「ほう。」
「・・・・・・・・」
 私は少しイライラしながら、クワトロ大尉とカミーユの会話を聞いていた。・・・・ガガーリンが何を言おうと、そんなことはどうでもいいように私には思えた。旧世紀の宇宙飛行士の話を、何故、今、このブリッジでする必要があるというのだろう。
「それで、生まれた場所によってみんなが、『ガガーリンの言葉』を違うように記憶している、ってことに気がついたんです。エマ中尉とブライト艦長は地球生まれだから一緒でしたが、ロベルトさんとアポリーさんは宇宙生まれだからそれとは違う答えなんです。つまり・・・・・・教育が違う、ってことなんです。」
「・・・・・それで?」
 クワトロ大尉は実に辛抱強く、カミーユの言うことを聞いているように見えた。サエグサや、トーレスも同じように思ったらしく、少し首をすくめながらもチラチラと二人を見ている。
「それで、俺が大尉に聞きたいのは、大尉が憶えている『ガガーリンの言葉』はどっちですか、ってことです。」
「・・・・・・・・・」
 クワトロ大尉は考え込んだように見えた。・・・・・それからゆっくりとこう言った。
「・・・・・・・ガガーリン、というのはユーリ・アレクセイ・ガガーリンのことだろう?・・・・・私が知っている『ガガーリンの言葉』というのは・・・・・・・そうだな、」
 カミーユはまるで息をひそめるようにクワトロ大尉の言葉を待っていた。



「・・・・・『神はいなかった。』だな。」



「・・・・・宇宙生まれですね!・・・・・・じゃあ、クワトロ大尉は宇宙生まれですね、俺と一緒だ!」
 次の瞬間、まるで花がほころぶように、カミーユは嬉しそうな顔をした。
「何か問題か?」
「いいえ、それだけです・・・・・・・・・失礼しました!」
 それだけ言うと、カミーユは口先だけ謝って、ブリッジを飛び出していってしまう。
「・・・・・・・・・・・・何か問題か?」
 もう一回、今度は私に確認するようにクワトロ大尉がそう言ったので、私はため息をつきそうになった。・・・・・クワトロ大尉が宇宙生まれだということ。・・・・・・いまさらだ。サイド3の出身だ、ジオンの息子なのだから。誰もが知っている。
「・・・・・・・特に問題はないだろう。」
「聞きたいのだが、ブライト艦長。」
 すると、今度はクワトロ大尉が面白そうにそう言ってきた。
「地球では、どう習うんです。・・・・・『ガガーリンの言葉』だが。」
「・・・・・・・・・・・・」
 私は、よほど考えた。それから、素直に自分が知っているとおりのことを言ってやった。
「『地球は青かった。』、と習います。」
 何故かクワトロ大尉は下を向いて少しだけ笑った。サングラスをかけていたので、表情は良く分らなかったのだが、笑ったのだけは分かった。・・・・それから、小さな声が聞こえてきた。



「・・・・・いまさら、だな。」



 ・・・・・その時は、それほど重要には思わずに、私はクワトロ大尉と幾つかの打ち合わせをし、そして彼はブリッジを出ていった。まるで、『ガガーリンの言葉』についての会話など無かったかのようにだ。
 そうして、ブリッジが落ち着き、艦が目的地に向かってオート航行に入り、オペレーター達が肩の力を抜いて雑談などしはじめた時・・・・・・急に不安になった。
「・・・・・・・・」
 私がひどく急にブリッジの入り口を振り返ったので、驚いたらしいトーレスがこう言った。
「・・・・・どうしたんです、艦長。」
「・・・・・いや・・・・・・・、」
 そうだ、私は急に不安になったのだ。・・・・・・クワトロ大尉はなんと言った?・・・・・・「いまさら」だと言ったのだ。・・・・・・『地球は青かった。』という言葉を、授業で習うことが。私は、そうは思わなかったし、どちらかというと感動的な言葉だと思ってこれまでの人生を生きてきた。・・・・・初めて宇宙から地球を眺めた人間が、『地球は青かった。』と言ったのだ。どこが悪いというのだろう。
「・・・・・本当はどっちなんだ。」
「はあ?」
 わけが分らない、という顔をしているトーレスに、私は調べるように指示を出した。
「ガガーリンの言葉、だ。・・・・・本当は、どちらが正しいんだ。」
 すると、既に調べていたらしいサエグサからこんな返事が返ってきた。
「両方ですよ。・・・・・ガガーリンは正確には、こう言ったんです。『地球は青かった。・・・・だが、神はいなかった。』・・・・・・だから、どっちも間違ってはいないんですよ。」
 ・・・・・・・・・・・・あぁ。



 それは、ささいな違いだ。・・・・ただ、クワトロ大尉の「いまさら」の意味は分かった気がした。・・・・コロニーで生まれた人間は、嫌と言うほど外から地球を見て育つ。・・・・だから、『地球が青い』ということなど生まれた時から知っているのだ。それは、学校の授業で教わるほどのことではない。だからこそ、彼等は別の言葉を習う。しかし、地球生まれの人間はそれを知らない。・・・・・地球が青いと言う事実すらも、地球で生まれ育ってしまうと知らないんだ、



「たった、これだけの違いが・・・・・・」
「・・・・・どうしたんです、艦長。・・・・・艦長!」
 私は思わず頭を抱えそうになった。・・・・・誰かが声をかけてくれていたが、何故か私の不安は消えそうに無かった。・・・・・・たったこれだけの違いが、と思う。ガガーリンの言葉を、別のように記憶している、という、それはそれだけの違いだ。・・・・・だがしかし現実にそのせいで戦争が起こっている。・・・・・つまりはそういうことだ。出来るのであれば、クワトロ大尉をもう一回呼び戻して、そうしてきちんと話し合った方がいいと思った。・・・・いや、誰でもいい。誰でもいいから、どうしてこんなことになるのか、話し合わなければ駄目だと思った。・・・・・・・戦いになる前に、
「・・・・・・どうして、」
「艦長。・・・・・ハサン先生のところに行った方がいいですよ。」
 どうしてもっとなんとか出来なかったのだろう。私を見て、トーレスが呟くようにそう言った。



 『地球は青かった。』という事実が彼等にとって当たり前であることはともかく、かわりに、よりにもよって、『神はいなかった。』という言葉を、スペースノイドの人々が教わり、それについて考え続けることは無いのに、とその時の私は思ったのである。・・・・・それくらい、『神はいなかった。』というのは、



 残酷で絶望的な言葉に、私には思えた。




 






*タイトル思い浮かばなかったんですよ(笑)。懐かしいですね。←「犬は〜」
映画版Z感想、でした(笑)。

2005.07.09.




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