S14



(ある日俺が、カミーユさんの地下室に行くとカミーユさんは本を読んでいた。カミーユさんは地下室に住んでいる。それは確かなのだが、なんでそんなところに住んでいるのかは知らない。ともかく俺は声をかけてみた。「なに、その本。」するとカミーユさんが答えた、「楽しいムーミン一家。」「それ、面白いのか?」俺が続けてそう聞くと、やっとカミーユさんは本から目を上げる。そして俺を見て言った。「……俺、この本嫌いなんだよね。」嫌いなら、読まなきゃいいだろうに、と俺は思う。するとカミーユさんが更に続けた。
「……だって、馬鹿みたいに家族の仲が良いから。」)



 俺の一番古い記憶、というのは六歳の時のものである。世の中にはもっと頭が良くて、一歳くらいの時からのことを覚えている人間もいるらしいが俺はともかくそれ以前のことというのはほとんど覚えていない。それはどういう記憶か、というと風の記憶なのである。その日、俺が住んでいたコロニーには大風が吹いた。俺は、何が起こったのか理解出来なくて、だがしかし運良く風に飛ばされはしなかった。その風は、吹き飛ばされると死んでしまう風だったからだ。



 コロニーに穴が開いたのだった。



 それが「一年戦争」と呼ばれる戦争の、もっとも最初の頃の戦いのせいだったのだというのは後になってから知った。後と言っても、何年も何年も後になってからだ。ただ、その時は俺はひたすら驚いたのだった。恐くて泣いたり、とかいうことはしなかった。自分より先に泣いている人間がいたからである。妹のリィナが泣いていた。そりゃあもう、めちゃくちゃに泣いていたのである。大混乱の中で、両親とはいつの間にかはぐれていて、ひどく壊れた町の真ん中あたりに、俺は呆然と立っていて、四歳のリィナは俺の足にしがみついていた。そして泣いていたのだ。
 いつもいつも、誰かが俺より先に泣いている。だから俺は驚いたり怒ったりで、なくどころではなくなるのだ。
 運良く、俺の住んでいたコロニーは全部壊れてしまうようなことはなくて、そうして俺とリィナも両親と再会することが出来た。もうひとつふたつ穴が開いていたら、空気が全部無くなって、そしてみんな風に飛ばされてしまって、ほんとうになにもかもが壊れていたのよ、と母親は言った。そうならなくて本当に良かったわ。だが、俺の目から見て街はすでに『ほんとうにこわれているように』見えた。……六歳の俺は知らなかったのだ。自分が足の下に踏み付けていた大地が、穴が開いたら壊れてしまう程度のシロモノだったことを。
 とにかく俺は、その壊れた街で……ゴミを片付けながらその後生きてゆくことになった。サイド1はほぼ壊滅に近い……という状態らしかったが、それまで通り、とまでは言えなくても妹がいて母がいて父がいて、そうして自分が育ってゆくその街が、時々思い出したように穴から空気の抜けるその街が、俺は嫌いでは無かった。



(ある日俺が、カミーユさんの地下室に行くとカミーユさんは映画を見ていた。カミーユさんは地下室に住んでいる。それは確かなのだが、なんでそんなところに住んでいるのかは知らない。ともかく俺は声をかけてみた。「なに、その映画。」するとカミーユさんが答えた、「サウンド・オブ・ミュージック。」「それ、面白いのか?」俺が続けてそう聞くと、やっとカミーユさんは画面から目を離す。そして俺を見て言った。「……俺、この映画嫌いなんだよね。」嫌いなら、見なきゃいいだろうに、と俺は思う。するとカミーユさんが更に続けた。
「……だって、馬鹿みたいに家族で歌なんて歌うから。」)



 アーガマという名前の白い艦に載ることになったのは偶然だった。その頃、俺の両親は他のコロニーに出稼ぎにいっていて、俺はリィナと二人で暮らしていた。もっとも、つるんでいる友達が多かったから、家がまったく二人っきり、なんてことはほとんど無かったが。さて両親は当然仕送りをしてくれていたが、そして子供に好き勝手をやらしてくれるイカした両親だったが、それでも俺は友人連中とジャンク屋まがいのことをやって半分稼いで半分遊んでいた。
 モビルスーツはかなり好きだった……と思う。六歳の頃、俺は自分の街を壊すジオン軍のザク�というやつを初めて見たが、そしてそれは強烈な記憶だったが、それでも俺はモビルスーツを嫌いにはならなかった。
 理由は、と聞かれたらただ乗ってみたかったから、だろうと思う。普通の男の子はみんなそうだった。
 気がついたら俺は、ほとんどいっていない学校よりよっぽど学校みたいな陽気なノリのまま、友人全部とアーガマに乗り込んでいた。ブライトさん、とかいう名前のその艦の艦長さんは、温和なような顔して意外にゴリ押しタイプだった。子供をモビルスーツに乗せて出撃させるあたりが、である。戦争は多分負けると死んでしまうのである。にもかかわらず、この人は俺に出撃させたわけだった、良く考えてみるととんでもない。もっとも俺は全然死ぬ気が無かったし、軍人になれ、とは言わなかったあたりがブライト艦長のいいところだった。
 ともかく俺は、毎日元気に食いっぱぐれなく暮らし始めた……その白い艦で。



(ある日俺が、カミーユさんの地下室に行くとカミーユさんは歌を歌っていた。カミーユさんは地下室に住んでいる。それは確かなのだが、なんでそんなところに住んでいるのかは知らない。ともかく俺は声をかけてみた。「なに歌ってんの。」するとカミーユさんが答えた、「グリーンスリーブス。」「それ、どういう歌?」俺が続けてそう聞くと、やっとカミーユさんは俺の方を見る。そして言った。「……俺、この歌嫌いなんだよね。」嫌いなら、歌わなきゃいいだろうに、と俺は思う。するとカミーユさんは泣きながら、それでも歌い続けてこう言うのだった。
「……あおみどり色のそでのようふくを着た女の子を歌うラブソングだから。」)



 万事順調だった。……最初のうちは。何故、それが順調じゃ無くなったのか、というと、回りが深刻になったからである。いや、だから俺の調子はいつも同じだったのだが、しかし何故か、世界が深刻になっていったのだった。
 リィナがいなくなる、というのは俺にとってはとんでもない非常事態で、その一点に関して言えば俺はいつだってまじめだった。コンニャロー、と立ちふるまっていてもまじめだったのである。……が、予測出来ない出会いのせいでで俺の心は揺らいだ。
 プルである。俺には守るべきものがあって、それを最大限に犯されないようこれまで立ち振る舞って来たが、そう言う問題では解決出来ない事態が目の前に現れたのだった。俺は身内や、友達や仲間の好きな『ふつう』の人間だった……が、プルは敵だったのである。何の為に。何の必要があって。俺は、悩むのなんかこれっぽっちも好きじゃ無かった。そんなことはしたくもなかったのである。しかし、現実がそれを俺に許しはしなかった。おお。
 そうして、何故かいつも助けられないものが自分の手のひらからこぼれ落ちる。それは単純な、『悲劇のヒロイン』という名前をつけられて。そんな世界しか作れない創造者を、俺は心から呪った。……神を呪ったのは初めてのことだった。



(ある日俺が、カミーユさんの地下室に行くとカミーユさんは詩を読んでいた。カミーユさんは地下室に住んでいる。それは確かなのだが、なんでそんなところに住んでいるのかは知らない。ともかく俺は声をかけてみた。「なに、その詩。」するとカミーユさんが答えた、「マザーグース。」「それ、面白いのか?」俺が続けてそう聞くと、やっとカミーユさんは画面から目を離す。そして俺を見て言った。「……俺、ナーサリーライム(*ナーサリーライムはマザーグースという言葉で括られる英国民俗的伝承詩の総称。)は結構好きなんだよね。どす黒いから。ちなみに、今読んでるのはリンガ・リンガ・ローゼス。……これ、子供達がしょうこう熱であっけなくバタバタ死んじゃう歌なんだ。」どうせなら、もっと楽しい歌を読めばいいだろうに、と俺は思う。そこで、俺は言った。
「俺は、『ラヴァ・ダブダブ』とかの方が好きかな。」
 するとカミーユさんが驚いた顔で俺をみる。
「おまえがマザーグースに詳しいなんて知らなかった。」
「詳しく無いよ。……ふつうに知っているだけだ。ふつうに、子供の時に覚えたのだけ覚えてるだけ。」
「ほか、何か好き?」
 カミーユさんはマザーグースの話に興味を覚えたらしかった。
「……月がでて、バイオリン弾きがバイオリンを弾いて、犬が月の上を飛びこえるやつ。」
 しかたないので俺が曖昧な記憶の底からそう答えると、カミーユさんは心から面白そうに笑った。
「……ああ、よりによってそれか、それは本当はエリザベス一世が愛人と密会してるのを、ヤジって歌った歌なんだ。……サイテー。」)



 俺は、まったく素直に、そうして必死に戦い続けたと言えることだろう……自分でそう思うのだから、それは仕方ない。自分自身のことを認められない人間はきっとダメだ。そんな、自信の無い人間の話なんて、誰だって聞きたくないに違い無い、だからここは誇るべきところなのだ。
 ブライト艦長、という人には愛人がいた。……そうして、その事実に俺は腹をたてなかった。ここは重要である。俺は、そんなに潔癖性じゃなかった。俺は、どの魂も救おうと最大限の努力をした。そうだ、やれるだけのことをきちんとやったんだ、そして、



 唐突に自分が時代を左右する主人公であったことに気付いた。……その日、初めて気付いたのである。アクシズを支配する女主人が自分の名前を呼んだ時。最後のさいごでのことだった。



(ある日俺が、カミーユさんの地下室に行くとカミーユさんは本を読んでいた。カミーユさんは地下室に住んでいる。それは確かなのだが、なんでそんなところに住んでいるのかは知らない。ともかく俺は声をかけてみた。「なに、その本。」するとカミーユさんが答えた、「世界基準番号記号表についての解説本。0064年刊。」「……それ、面白いのか?」俺にはこの際、まったくもって意味が分からなかった。『番号記号表』の本? ……なんだそれは。そこで、俺が続けてそう聞くと、やっとカミーユさんは本から目を上げる。そして俺を見て言った。「……だからさ。世の中の、記号には実は番号がふってあるんだ。でも、俺もそれ知らなかったから。……だから、この本は楽しい。」
 俺は、座っているカミーユさんの後ろからその本を覗き込んだ。……そして、1つの気になる記号を見つけた。
「……これ、なに。」
 俺は言った。知っている、この記号は良く見る。その、記号番号が俺は知りたいと思った。
「……あー、これ。」
 すると、カミーユさんが後ろから指差す俺の腕を掴んで、そしてもう一方の手で本を指差しながらこう言った。
「……S14。……通称、『スマイル・マーク』。」)
 それは、色んなところで見かける、黄色い顔だった。まんまるの枠の中に、笑顔が一つ。……S14。そうか、それが、このマークの名前か。俺は何度も何度も反芻した。S14。……そうか、そんな名前があったのか、これには。
 そして思った。……俺、作ろう。この記号の、そりゃあでっかいやつを。二メートルくらいあるやつを。そうして今度は、真っ黄色のそのスマイル・マークをかついで、カミーユさんの地下室に来よう。入り口のドアから入り切らないならドアを壊してしまえばいい。なんなら、地下室ごと壊してしまおう。……そうしないと、カミーユさんダメだよ、多分。そうだ、俺、かついでゆく。



 スマイル・マークをかついで、君のところへ歩いてゆく。……全てが終わって、片付いた世界で、何故か俺は是非そうしたくなったのだった。

     



ジュドーとカミーユ 2002.03.03. コピー本『LANDSEND.』 寓話的。 *『U.C.』より再アップ


このイベント、確か「ガンダミックス」だったと思うんですが、マジ上野駅で帰りたい、って泣きましたわたし(笑)。
その時点で本が出来上がって無かったんですよ・・・。上野駅でコピーとかしたんですよ・・・。
会場製本ですよ、ありえないですよ、どれだけ人に迷惑かけたら気が済むんだ!みたいな・・・。
たぶん遠野さんとか手伝って下さった記憶が在ります(遠い目)。思えばこの頃からちっとも成長出来ていません。ガックリ。
人としてもっと成長したいです(えっ、話に関するコメント無し!?/笑)。
2008/02/21


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