ずっとひみつ




 白い砂浜、青い海。



 ・・・・アムロが『味音痴』ではないのかと気がづいたのは、彼が塩の入った小瓶を持ち歩いていたからである。時として人にはこのような味に対する好みの傾倒があって、辛子などの香辛料を持ち歩いている人間は時々見かける。しかし、塩の小瓶を持ち歩いている人間を見たのは、私は初めてだった。
「・・・・君、」
 出来るだけ丁寧に聞いてみた。
「この料理は、そんなに味が薄いか?・・・・私は平気なのだが。」
 遠い昔、薄暗い食堂でジオン軍の配給食に、盛大に胡椒を振り掛けていた兵士のことを思い出す。すると、アムロは寝起きで逆立った頭を小さくふってこう答えた。燦々と降り注ぐ、南国の陽光の下で。
「・・・・そう?味が足りなくないか。あなた、これいらない??」
 そう言って彼は塩の小瓶をテーブル越しに手渡して来た。
「・・・・いや、私は十分足りている。味は濃い目にくらい思うよ。」
「そう?」
 実際、南国のビーチで、昼過に取っている食事は・・・・かなり寝坊をしたので、その日初めての食事だったが・・・・いかにも南国らしく、辛くて甘くて酸っぱくて、そして濃い味付けだ、と私は思っていた。
「そう?」
 アムロは首を振って、また自分のお椀に塩をふっている。それは、トムカーガイという名の、ココナッツミルクにとり肉の入ったスープのはずだ。・・・・これはおかしい。思った瞬間に、アムロが途方も無い事を言い出した。
「・・・・連邦軍だと、『前線で仕事が無くなったら海岸掃除だぞ!』ってよくどやしつけられるんだけど・・・・あれはウソだな。」
 見ると、アムロは塩をふりながら視線はまったく別の方向を見ている。ゆるい南風の吹いてくる、コテージの直面にある海岸線だ。



 白い砂浜、青い海。



「・・・・ここは掃除が終わった後なのだろうよ。」
「でも、あなたがまた汚くするんだよね。」
「そんなことはない、価値観の相違だ。」
「そう?たくさん何かを上から落とすつもりなんだろう、これから。」
「君、さっき私に塩をくれたけど・・・・」
 私はついに耐えられなくなってそう言った。・・・・何故南国の、リゾート地でこんな会話になるんだろう。さっきまでは朝寝坊を楽しんでいたのに。
「・・・・あれがまさに、『敵に塩を送る』って状況だろうか。」
「・・・・・・・・・・」
 アムロから返事はない。私は、フォーに手をつけたところだったのだが、返事が無くなったので麺をすくいあげたまま顔をあげた。ゆるい南風はまだ吹いてくる。・・・・見ると、アムロは呆れたような顔で私を見ていた。



 白い砂浜、青い海。



「・・・・あなたそれはね、自覚がないかもしれないけど、」
「なんだ。」
「オヤジギャグみたいだよ。・・・・俺に塩を手渡されて『敵に塩を送る』とかさ。・・・・いや、実際二人ともオヤジか、もう。」
「そうか?」
「そうだよ、絶対そうだ。・・・・だいたい、待ち合わせなんてどっかの観光コロニーで良かったんだよ、それを本当に地球に呼ぶだなんて、」
「『暖かいところがいい』と言ったのは君だ。・・・・フランチェスカでも良かったのかも知れないが、せっかくの誕生日だぞ?」
 すると、塩の小瓶を握りしめたままアムロが今度こそ本当に黙りこんだ。
「・・・・だから、そういうのがどうかと思うんだよね、あなたは宇宙と地球気軽に行き来出来る身分だからいいかもしれないけどさ、俺はさぁ・・・・」
 それから、しばらく南風に逆立った頭をそよがせて、塩の小瓶を握りしめて俯いていたが、やがてこう言った。
「原因は分かってるんだ。・・・・医者の話によると、俺は『鉛(なまり)』が足りないらしいよ。人間の舌は、鉛で味を確かめているんだって。でも、その鉛が無いとね、人は味音痴になるんだ。」



 白い砂浜、青い海。



「・・・・いつから食べ物の味が分らないんだ。」
 トムヤムクンをつつきながら私はそう言った。
「・・・・さあ、一年戦争の頃から分らないよ。ずっとだ。」
「・・・・足り無いのは、鉛じゃ無くて亜鉛じゃ無いのか。・・・・鉛なんてのは聞いた事が無いぞ。それか、銅とか・・・・銅なら聞いた事があるような気がするな、」
「なんだっていいよ、」
 降り注ぐ陽光の下、南国でアムロは言い切った。
「このさい、鉛でいいよ。・・・・そうしたら俺は塩を持ち歩かなくて良くなるかもしれない。・・・・あなた、じゃあ、塩じゃ無くて・・・・鉛とか、俺に鉛玉とかを、くれる?」



 ・・・・・なぜこんなにも美しい風景の中で、



 原色の美しい花々の咲き誇るなかで、



 昼過に遅い食事をとりながら、





 白い砂浜、青い海。





 ・・・・血なまぐさい話になってしまうのだろう。・・・・私とアムロは。相手に鉛玉をぶち込むであるとか。・・・・そういう話に。だいたい鉛玉って、いったいいつの戦争の話だ。



「・・・・君がこの場所が気に入らなかったのは良く分かった。」
「そんなこと一言も言って無い。・・・・たぶんフランチェスカでも結果は同じだよ。・・・・俺はあなたに塩を送るよ。だから、そうまで言うなら俺に鉛玉をくれるといい、」
「いやそんなことはしない。」
「じゃあなんだ、連邦軍の兵士が海岸掃除をしなくていいようにでも思い直してくれるのか?・・・・うそつき。」



 白い砂浜、青い海。



「・・・・君は、ベットの中では大人しいのに、それ以外は最悪だと本当に思うんだよ。」
「そりゃ、俺が最悪なわけじゃ無いよ!・・・・・・・俺達の関係が最悪なんだ。」



 白い砂浜、青い海。



 私はもうそれ以上、会話を続けようと思わなかった。・・・・しあわせな風景の中でこんなにも殺伐とした会話を続けるよりは、たべかけのフォーを放り出して、相手をもう一回ベットに引きずり込んだ方がよっぽどマシかと思ったのだ。実際、私はそうした。彼は不満げに、最後まで塩の小瓶を握り続けていた。



 ゆるい南風はタイの海岸線に、椰子で葺いたコテージの屋根に、陽光降り注ぐ白い浜辺にながれ続けている。





 






*や、今年はなんとなくともさんに捧げます(笑)。←このあいだ飲みながらシャアムの話したので・・・。
なんか、トリコロールのときに南国の絵が無かったっけ。あのイメージです。(にしては、暗い・・・・???)
ともかく、お誕生日おめでとう、アムロ! 今年はすごい遅れてすいませんでした(笑)!
2005.11.25.




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