「……ひっかかった」
地上の何処か。
……誰もが自分を捜して血眼になっているのに、こうも達観して事態を眺められる自分は、どこか壊れてしまっているのではないかとカミーユは思った。
「ファ! ファ、いる?」
「いるわよ〜」
朝食の準備をしていたファ・ユイリィからそんな返事が返る。
「なあ、ファ。……この街は気に入った?」
カミーユは端末から目を逸らすと、ドアの向こうにそう呼びかけた。
「うん、そうね? ……海辺の街で暮らすのは昔からの夢だったから、それは嬉しいわよ?」
「あ、そう」
達観した立場で、全ての事象を……廃棄コロニーが止まる現実に右往左往するロンド・ベルとネオ・ジオンであるとか、自分の行方を探して必死になる諜報やジャーナリストであるとか……そういうものを眺めていた男が顔を上げた。
「……俺、そろそろ出てってやった方が良いのかな」
「え、なにー? ごめん聞こえないわカミーユ」
「ああ、何でも無いよ、ファ」
―――宇宙世紀0092、九月十六日。
カミーユはあっさりと端末を畳むと、ファの待っているダイニングに向かった……海辺の街だ。
「この一ヶ月調べたその結論を言う。……『カミーユ・ノート』のルートからカミーユ・ビダン本人に辿り着くのは困難だ。ほぼ全ての地上派テロリストに連絡を取り、カミーユ・ノートの『コア』にアクセス権限を持つ幹部と話したが……カミーユ本人にはお目にかかれなかった」
『つまり、コアにアクセス権限を持つ人間を全て洗ったけれど……所在と正体の不明な人物は一人も居なかったということですね?』
「まあ、そう言うこった」
シャアとアムロの二人が落ちた後も、三方向での通信は続けられていた。カイは、地上、旧ヨーロッパ地区で返事をしながら宇宙に思いを馳せる。
「確かに、コアにアクセス権限を持つ全ての『地上派セクト』は確実に洗った……が、所在を特定出来なかった人間、ってのもいることはいるんだわ、たった二人。……つまりよ、」
『……宇宙からか』
口を挟んで来たのはブライトだった。
「そうだ」
……地球上からアクセスして来ているテロリスト、その全ての正体は確認出来た。テロリストの正体というのも微妙な表現だが、ともかく確認出来なかったIDの持ち主は二人。アクセスポイントもVPNもIPもあまりに巧妙に隠され過ぎていてとても確認出来なかった。少なくともカイの能力では。権限では。
そしてその二人ともが、宇宙を経由してカミーユ・ノートにアクセスしている。
本当に二人なのか。それとも本当は一人の人間がやっていることなのか。それすらも判別不可能だ。
『とりあえずそのデータはこちらに送ってくれ。……専門分野とは言い難いが、アムロに見せたら、アイツなら何かを見抜くかもしれない』
『あまりアムロ・レイにばかり頼らない方がいいんじゃ』
正論を吐いたのは北米にいるカムリだった。……そりゃそうだ。そんなことは分かってる。
「……」
『……』
最後はアムロ頼み、という現実に慣れ過ぎていたカイとブライトの二人は思わず言葉を失った。……なんてまともな台詞を吐くんだ、この諜報の男は。
「そりゃそうだけどよ」
『そうだな』
『ああすいません。お二人を責めてるわけではないですよ。正体不明のIDの所有者は、現実は何処にいるかは分からないが宇宙を経由して「カミーユ・ノート」にアクセスして来ている。だから宇宙でもそれを探す。そこまでは理解しました』
「……」
マジで出来のいい男だなあ! とカイは痛感していた。
「……それで、カムリ。お前の方は」
『暗号鍵が「おそらくカミーユ・ノートなのだろう」ということが分かった程度で、実はボガート大佐が自信満々に言う程事態は進んでいません』
『……つまり?』
ブライトが先を促した。
『これだけのプログラムと、仕組みを用意出来る人間がそう簡単に、他人に使える暗号鍵を用意してくれているとは思えない』
「……結論を先に言えよ、カムリ」
カイがそう言うと、ため息と共にカムリが返事をして来た。
『これから「カミーユ・ノート」が「暗号鍵」と想定した状態でのセクエンツィアの解読に入りますが……その変換には途方もない時間がかかると思いますよ。最低でも一ヶ月。本当なら半年は貰いたいところだ』
「マジかよ!」
『……連邦上層部に連絡を取ろう。もう、私達で制御出来るレベルはとうに超えている』
ブライトがひどく冷静にそう言って、その朝の通信は切られた。
―――宇宙世紀0092、九月十六日早朝。
それをブライトが報告した所で、連邦軍上層部は動きはしないことを、誰もが解っていたのだが。
「クソッタレが……!」
カイは思わず端末に当たりそうになって、それを必死で堪えた。
……アムロ、それからシャア。
お前達は今どんな気分で、互いの顔を見ている。
「……行く」
きっぱりとアムロが言った。ベンチの脇に立ち上がったアムロの横顔を、シャアはそれ以上眺めなかった。
「わかった」
一言そう答えたきりだ。見てはいけない、と逆に思った。
「連絡って、そっちからって……どうやって?」
途切れ途切れにアムロがそんなことを呟く。
「……どうしようかな」
あれだけの大口をブライトに対して叩いておいて、しかし大して内容も考えていなかった自分に笑えて来る。
「どうしようかな、君に会いたくなったら宇宙に祈る……とか言ったら、君、笑うかい」
「笑わない」
そう答えるアムロは、もう横顔ではなく後ろ姿だった。
「……」
非常に色気の無い密会場所で、爽やかな朝の公園で、視線も合わさずその姿を見送ったシャアは、高笑いをしたくなって頭を抱えた。
「……ひどい」
「ひどいのはこちらですよ」
いつの間に来たのやら、シャアの我が儘に付き合って月まで付き添って来たナナイが脇に立っている。
「……コロニーはもう動き出してしまうことだろう。早く何とかしないと……」
「ええ、そんなことは解っているんです。ある日いきなり多くのコロニーが動き出す……というのがそもそも私達の考えた過程に過ぎず、実際には徐々にコロニーは動き出すのかもしれない。最初の一基が地球に向かうのは明日かもしれない、一年後かもしれない。しかし連邦軍が大きな軍備を投入してくれない以上、宇宙は大混乱に陥るでしょうね……テロや革命どころではないくらいに」
「足下の大地を失うとは……そういうことだ」
ここで頭を抱えていても何も事態は解決しないだろう。
そう思ったシャアは、ゆらりと立ち上がるとナナイに向かって言った。
「戻ろう」
「気は済んだの?」
「まさか。……心から満足するまでアムロと一緒に居られるだなんてことは……きっと永久に無いよ」
だが想像以上に事態は緩慢に動いた。
カムリがボギーを焚き付け、カミーユ・ノートの暗号鍵としてのコード変換を解明し、カイがカミーユ・ノート以外のルートでもう一回カミーユの居場所を探し、その尻尾を掴み、ブライトが連邦軍上層部に掛け合い、当然の様に援軍を断られ、アナハイムでνガンダムプロトの次の試作機が完成するのには……やはり一ヶ月弱を要したのである。
―――そして運命の、宇宙世紀0092、十月。
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2008.12.10.
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