サットン・ウェイン少尉のいない艦というのは存外に面白く無いものだな、とアムロは痛感していた。自分は軍人であり、ここは職場である。
艦隊に属している以上、部下が入れ替わるのは仕方の無いことだし、これまでも急な移動で人員が削減されることも補充されることもままあった。『転勤』はこの巨大な組織に付き物の行事であり、連邦軍人は急に地球からサイド7勤務になったり、サイド6からチベット勤務になったりする。
それにしても、だ。
サットン・ウェイン少尉のいない艦というのは存外に面白く無いものだな、とアムロは痛感していた……その程度には、サットンが好きで好きでたまらなかったらしい。
−−−時に、宇宙世紀0092、十一月頭。
ウェイン少尉が慌ただしく軍籍を抜けた後には、当然の様に補充要員がやってきた。この際選り好みも出来ず、自分とブライトは黙ってそれを受け入れた。選り好みせずと言いつつも、当然持てるコネは二人ともが存分に利用した。例えば、ブライトは遠回しではあるがボギーに人員要請のメールを送ったし、アムロに至ってはもっと直接的に、北米オークリー基地のコウ・ウラキに向かって告げていた……使える新人を至急求む、と。
コウ・ウラキ少尉というのは、地上で最高レベルのテスト兵部隊を指揮する育成のエキスパートで、アムロとは旧知の仲である。
「で、結局使えるのか、今回の新人」
「……聞くな」
慌ただしい現場で交わされたのはその程度の会話だ。
ともかく最終的に、コウ・ウラキの押す鳴り物入りの新人というのがラー・カイラムにやってきた……のだが。
使えない、というのがアムロとブライト、双方の第一印象だった。
育てたコウ・ウラキ大尉を問い詰めようにも、彼は既に一年の『育児休暇』に入ってしまっている。細かく言えば新人の、技術云々に不満がある訳では無い。そうなるとコウ・ウラキに対して文句を言うのも筋違いの様な気がして来る。
『遅いっ!』
『すいませんっ……!』
それでも大人げなく、アムロはやはり錬成訓練の合間に叫んでしまった。
スピードが、というのではない。
なんなのだ、この「遠慮」は。この違和感は。
戦場で遠慮などしていたらあっという間に撃墜されるというのに、
『もういい、戻れ、スチュワート少尉』
『……アイサー』
補充された新人、サミュエル・スチュワート少尉が小さな声でそう答えて、ラー・カイラムの左舷格納庫に戻る。
それを追って、アムロも自分の機体を格納庫に戻した。
……サットン・ウェイン少尉のいない艦というのは存外に面白く無いものだな、とアムロは痛感していた。
あれほど、自由気ままに自分に突っかかる若者は、これまでいなかった。
しかも、突っかかってもらえることが楽しかった。
その発想がそもそも年寄りだよなあ、と思いつつアムロも機体を降りる。
降りた先には、恐怖に揺らぐ眼をしたサミュエル・スチュアートが心もと無さげに立っていた。
ーーー宇宙世紀0092、十一月頭。
「……恐ろしくはないのですか」
「は?」
目の前の新人が呟く言葉の意味が、アムロには本当に分からなかった。
「恐ろしくは無いのですか、大尉は。自分は今の演習だけでも無理だと思いました、シャア・アズナブルは大尉と同じスピードで動くのですよね、相対して来るのですよね。そして大尉はシャア・アズナブルと同等で渡り合えるのですよね。……そんな非常識な人間を敵として、自分はまっとうに動ける自信が無い……だって演習程度でもダメだったんだ、大尉が怖くて怖くてしょうがなかった……そんなの自分には無理だ! シャア・アズナブルが敵とか!」
年若いそのパイロットが叫びだすのを、アムロは何処か冷めた目で見つめていた。
あぁ、でもこういうの、思ったかもしれない。
自分も。
それも、一年線戦争の最初期に……自分がモビルスーツに乗ったばかりの時に。
『シャア・アズナブル』という名はいつも恐怖で、だけど目の前にある現実だった。それはホワイトベースに乗っている以上、逃れられない恐怖の名だった。
三倍速の『赤い彗星』。ついていくだけで必死だった。
「……」
よほど考えてから、アムロは左舷格納庫の隅で彼の肩を叩いた。
「サミュエル、落ち着け。……『怖く』は無いかな」
「え、」
「『恐く』はないよ、シャアは。ただ……」
その時実にタイミング良く、艦橋からの呼び出しが格納庫に響き渡る。
『……大尉、アムロ・レイ大尉。至急ブリッジへ。繰り返す、アムロ・レイ大尉、至急ブリッジへ……』
「ただ、」
「ただ?」
顔を上げた新人に向かって、アムロはきっぱりとこう言った。
「ただ、『恐ろしいくらいにずうずうしい』……とは思うけどな」
だって彼は、勝手に自分の心の中に入り込んでくるのだ!
ニュータイプなのだから!
やや呆れた顔の新人、サミュエル・スチュワート少尉を後にして、アムロはさっさと格納庫の出口に向かった。ピィン、とその時、まるで面白がるように、アムロが被ったままのヘルメットに向かってブライトからの通信が入る。
『どうだ』
「どうにもこうにもね」
アムロはうるさそうに頭を振りながら、ノーマルスーツのヘルメットを脱ぎ、そのマイク部分だけを口元に当てた。イヤホンは耳に突っ込んだままである。
『使えそうか』
「そればっかりだな。……あぁ、使えるか使えないかってんなら十二分に使えるだろうさ。オークリー(コウ)からの推薦が今までハズレだった試しがあるか」
『無いな』
「以上」
アムロはエアブロックに入る直前で、勝手に通信を切ると脇の整備兵に自分のヘルメットを放り投げた。年若い整備兵が大慌てでそれを受け止め、更に格納庫からは自分を引き止める声が響いてくる。
「大尉! ちょっと待って下さいよ、アムロ・レイ大尉……!」
使えるか使えないのか、ってんなら。
明らかに使えて、そして使えないさ、今回の新人は!
技術的には使えて、精神的には使えない。
それは演習で実感した。そして、コウ・ウラキはそんなところで外しはしない人間だ。
ただ。
恐怖に揺らぐ瞳を見たのだ、十四年前の自分と同じ。
「放っておけるわけが無いだろう……!」
さっさと『育休』に入り、第一線を退いたコウが、それは羨ましく思えた。
自分はコウのように、軍人を辞められる様な好機には未だ恵まれていない。
だから新人パイロットの、恐怖に揺らぐ瞳を見る有様に陥っている。
コウ・ウラキに試されている様な気にすら陥った、生の新人を投げて寄越し、アムロのトレーナーとしての能力を問うているような。
……そうしてそれは、きっとおそらく、『恐くは無いが恐ろしいくらいにずうずうしい』人間と決着を着けるまで続くのだ。
十四年近い時を経て、恐怖は別の何かに変わった。
「やればいいんだろ……!」
アムロはレベル2のコアブロックでエレベーターの扉を拳で叩いた。
……十四年近い時を経て『恐怖』は別の『何か』に変わった。
それが『何』なのか、アムロの背を追い始めたばかりの新人にも分かる形で表現されるまで、おそらくあと四ヶ月。
2009.09.20.
大人の事情により『SS3』に収録出来なかった作品。大人の事情=ページ数とか〆切りとか予算とか。
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