会いたい。
どういう感覚なのやら自分でも解りかねるのだが、アムロはこのところずっと頭の中をぐるぐると回るその単語と戦っていた。
会いたい。
端的に言うとその一言に尽きる。
会いたい。
誰と?
―――シャア・アズナブルと。
自分達の間にただならぬ何かが生まれてしまったことには(いやそれは以前からそこにあり、ただだがしかし自身が気づいていなかっただけのものであるかも知れないのだが)気づいていた。
きっかけは、おそらくチベットだ。
あの場所で、シャア・アズナブルの『個人』としての人格とあれほどまでに向き合わなければその後の全てが無かった。お話にならなかった。
―――全てが無かった。それは本当に。
そうして、アムロは今困っている。
会いたいのだ。
ただ、単純に、本当に会いたいのだ。シャアに。
『……尉! 大尉! こちらJ2、ケーラ。聞こえてますか……!』
「……あぁ」
会ってどうするのかなんて知らない。ただ、会いたいのだ。
俺達はまた、苦笑いしながら男女の真似をして互いに触れたりするのだろうか。恐る恐ると。
それとも哲学的な、まるで賢者のようなやりとりをしたりするのだろうか。孤高の空間で。
そんなのは知らない。
『大尉!』
「あぁ、聞こえてるったら!」
でも会いたい。
アムロは気を取り直してリガズィのフットペダルを踏み込んだ。
錬成訓練中に副指揮官に怒鳴られる程度には俺は駄目だ。
かなり駄目だ。
だって会いたくて仕方ない―――!
見慣れぬメールアドレスのメッセージが届いたのはつい先頃だった。
宇宙世紀0092。十一月になったばかりの頃だ。
『生まれました』というタイトルのそのメールにはたった一行「名前はアナアベルです」というメッセージと、それから親馬鹿か? とツッコまずにはいられないような赤ん坊の画像がついていた。
真っ赤でしわくちゃな、可愛いとは言いがたい赤ん坊の写真だ。
最初は悪戯メールかと思った。自身の端末は基本的に軍のものだし、アクセスに制限もかけられている。出産報告を貰うような友人もさほどいない。
そのあと、しみじみ見直してアドレスがアナハイム社のものだと気づいた。
あぁ、うん、なるほど。
そこまで推理してやっと合点がいった。
これは、コウ・ウラキからのメールなのだ。そういえば一年ほど育児休暇に入ります、というメールを十月末に受け取った気がする。
このご時世に育児休暇かよ、と自分との価値観の相違に笑った気もする。
だがまあ、友人というのはそういうものだ、だからこそ面白い。自分ではない人と会話を交わすから。
最初は「おめでとう」というようなありきたりの会話を交わしていた気がする。
軍のネットワークというのは先にも書いたがそれなりのアクセス制限がかけられている。そんな中で、第三セクターのようにやり取りが出来る、だがしかし軍ではない『アナハイム社』のアドレスというのは確かに貴重だった。
コウ・ウラキからは本当に育児日記としか表現出来ないメールが届き続ける。
もし仮に、軍の査察が入っても「ああ意味の無いメールだね」で済まされそうなそれは内容だった。
同じ月、アナハイムにしても出向しているチェーンと交わすメールの方がよほど軍的には重要だことだろう。
会いたい。
どういう感覚なのやら自分でも解りかねるのだが、アムロはこのところずっと頭の中をぐるぐると回るその単語と戦っていた。
会いたい。
端的に言うとその一言に尽きる。
会いたい。
誰と?
―――シャア・アズナブルと。
生まれたばかりの子どもに関するやり取りが延々と続いた後に、急にコウからのメールがその色合いを変えた。
と言っても、変わったのは最後の一行程度だ。
『連絡する?』
『連絡したいんだろ、多分』
『このアドレス、かなりどうでもいいものだと思われてると思うんだ、俺も育児休暇とか言って、軍には呆れられて、見放されてると思うし』
『このアドレス知ってるのは、あとはボギーくらいかな』
『ニナに言って、凄く巧妙に用意したアドレスなんだ』
『なぁだから』
『俺人脈とか別に無いけど』
俺を経由して、あの人に会えば?
「―――」
そのメールを受け取った瞬間に、アムロは端末を抱え込んで泣きそうになった。
あぁ、では。
叶えてくれるというのか? それも、コウが、だ。
月にいるコウが、だ。
第四子、アナベルが生まれたばかりのコウが、だ。
俺の、この、なんだかどちらかというと薄汚い思いをだ。
会いたい。
どういう感覚なのやら自分でも解りかねるのだが、アムロはこのところずっと頭の中をぐるぐると回るその単語と戦っていた。
会いたい。
端的に言うとその一言に尽きる。
会いたい。
誰と?
―――シャア・アズナブルと。
「会いたいっ……!」
端末に向けて知らず叫んでいた。あぁだって会いたいのだ、本当に会いたい。そして触れたい。
触れて落ち着きたい。
アムロはコウに向かって返信した。
『会いたい』
コウからの返事は解りやすかった。
『じゃ、やってみるな。しばし待て』
会いたい。
どういう感覚なのやら自分でも解りかねるのだが、アムロはこのところずっと頭の中をぐるぐると回るその単語と戦っていた。
会いたい。
端的に言うとその一言に尽きる。
会いたい。
誰と?
―――シャア・アズナブルと。
『はい、お待たせ』
そんな内容のメールが、コウから、つまりアナハイムのアドレスを偽ったコウから届いたのは宇宙世紀0092、十二月頭のことだった。
アナハイム社のサーバーを潜り、更に二巡ほどしてだがしかし確実にネオ・ジオンのトップに届く回線を、連邦政府と連邦軍には解らない回線を用意してみせたと言う。
『ありがとう』
『いえどういたしまして。……俺は脇役だから』
そうして、誰も知らないアムロとシャアのメールのやり取りが開始された。
月にいるコウを経由して。
最初に届いたメールのタイトルが『触れたい』だった。
その事実に、深くアムロは安堵した。
2009.08.12.
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