ばたばたと日常を送り、そして日々生きているのは何もニュータイプの人々だけではない。
 まるで当たり前のように、不可解に難解に「無いもの」について語るので、本当にニュータイプというのは気持ちの悪いものだなあとレズン・シュナイダーは常々思っていた。
 自分にとっては「目に見えるもの」だけが現実だ。
 しかしそうではないものについて延々と、しかし単調に語り続ける「上司」とおそらくは「部下」を、レズンは冷めた目で見つめ続けていた。
 あぁ、気持ち悪いったらありゃしない―――。
 宇宙世紀0092、十一月頭。



 今、レズンの目の前では作戦士官のナナイ・ミゲルと、彼女が拾ったのだと言うギュネイ・ガスというモビルスーツパイロットが、不毛な言い争いを繰り広げているところだった。
 そう、不毛な。大変に不毛な。
「でも俺、本当に気持ちが悪くて……!」
「そんなにも嫌なのなら総帥に直接言えば良いでしょう」
「だってナナイ! 言えるわけないだろ!」
「また敬語を忘れているわよ」
「『ですから、作戦士官殿!』」
「……」
 あぁまったく馬鹿らしいったら。この場に煙草があったら迷わず吸いたいくらいには馬鹿らしい。レズンはそれでも耐えて、目の前のやりとりを見つめ続けている。
 ギュネイ・ガスというペーペーの新人が、先頃行われた演習に参加したのは確かだ。そうしてニュータイプだか強化人間だか知らないが、まあ使えない上によく分からない理由で、つまりレズンにはよく分からない理由で演習を切り上げ、そしてその愛機……ヤクト・ドーガと言ったっけ? それと一緒に演習場を去ったのも確かだった。
 おかげで碌に訓練にもならなかった。レズンとしては大迷惑だ。これで強化人間を好きになれという方がおかしい。
 何があろうとも軍は軍だ。自分は長いことそのルールの中で暮らしてきた。なのに強化人間やらニュータイプと言う人種は、簡単にそのルールを無視する。いとも容易く。
 後から、それは総帥の希望だったのだと伝えられた。ギュネイの安易な配置換えである。
 ……だからってね!
 自分にとっては「目に見えるもの」だけが現実だ。
 それはレズンのプライドであり、信条だ。
「シャア・アズナブルが何処で何をしてきたかなんて知らないけど、俺のモビルスーツにあんなにも気持ちの悪い幻影を残されちゃ……!」
「口を慎みなさいな、ギュネイ。……大佐がなんですって? 確かに先頃、大佐はあなたのモビルスーツを借りたわよ」
「……」
「おまけにギュネイが拗ねるだろうなあ、とまで仰っていたわよ。連れて行って欲しかったのなら直接大佐におっしゃいな。きちんと理解しているし、聞いて下さるわよ。それで、何? 何が不満だというの、ギュネイ・ガス」
「死にたく無い人の気持ちが……大量に拾って来られた辺りがっ……」
「……」
 本当に気持ち悪そうにそう叫ぶギュネイ・ガズとやらいう少年に、むしろレズンは同情してしまった。
 あぁ、強化人間ってのも大変だねぇ。
 半分ニュータイプで、半分マトモな人間なわけだ。
 マトモな人間。
 ……つまり、自分と同じ感覚の人間だってことだ。
 ことそこに至って、ついにレズンは声を掛けた。
「ねぇ、あのさあ。あんたらがどこまで意味不明な会話を交わしたところでこっちとしては知ったこっちゃないんだけど」
「え」
「なに?」
 面白いくらい同じ表情で、つまりアンタなんか最初からそこにいたの? という表情でナナイとギュネイが振り返ってみせた。
 レズンは思わず笑った。
 ……えぇ、いましたよ。
 私はあなた達の口論が始まったその当初からこの場所に、まるで石のように転がっていましたよ……!
「……アンタ達、ほんとバカだね。妙に頭の回る分、ほんとバカだね」
「ちょっ、少尉!? 頭ごなしになんですか!」
 さっそくギュネイが言い返して来る。レズンはこれ以上ここにいたって何にもなりゃしないと見切りをつけて、さっさとミーティングの会場に向かうことにした。
「ちょっと……!」
「あーはいはい。通路でアンタらに会っちまった私が馬鹿だったさ。先に行ってるよ!」
「少尉!」
 よしなさい、などとナナイ・ミゲルがギュネイを宥めている声が聞こえて来る。
 今日は、全モビルスーツ隊の総合ミーティングだということでスィート・ウォーターの本部までわざわざ出向いて来ていた。挙げ句に聞かされるのが、通路でたまたま出会ってしまった最近面倒を見るように押し付けられた子どもと、その母親の親子喧嘩じゃこっちもやっていられない。
 『死にたく無い人の気持ちが大量に拾って来られた』?
 本当になんだそれは、と思う。



 たとえばレズンにも、眼目を閉じて見える映像はある。
 ただそれは知らない人間の映像ではない。皆見知った人間の映像だ。
 まるで当たり前のように、不可解に難解に「無いもの」について語るので、本当にニュータイプというのは気持ちの悪いものだなあとレズン・シュナイダーは常々思っていた。
 自分にとっては「目に見えるもの」だけが現実だ。
 自分が眼目を閉じて見える映像はだから……例えば死んで行った戦友達の顔などだ。
 なのにあの連中と来たら。
「死んだ人の気持ちが大量に拾って来られるよりは良いでしょう」
「気持ちが悪いのには変わらないだろ、ナナイ!」
「『作戦士官殿』!」
「……ナナイ・ミゲル作戦士官殿!」
「……」
 自分が後にした通路から、まだそんなことを言い争うナナイとギュネイの声が聞こえて来る。
 無いもの、についてだ。また無いもの、に関して語っている。あぁ、気持ち悪いったらありゃしない。
「そんなにも『息子』が可愛いなら……」
 レズンは本当に嫌になって天井を見上げた。
 これから、あの連中と付き合って戦場に出なければならないのだとしたら反吐が出る。
「……戦争なんかやらせなきゃいいのさ」
 レズンは最後に小さくそう呟いた。が、その呟きは当然、ナナイの耳にもギュネイの耳にも入らなかったことだろう。



 見えないものについて語って、素直に愛しているの一言も言えなくて、戦争ばかりやってるから。
 だからニュータイプなんてのはみんな不幸になるんじゃないか、というレズンの思いは、そのまま心の内にとどめられた。
 たとえばレズンにも、眼目を閉じて見える映像はある。
 ただそれは知らない人間の映像ではない。皆見知った人間の映像だ。
 死んで行った戦友達。大事に思う家族。暖かい思い出。
 それで何が悪いのだろうとレズンは思う。
 眼目を閉じて見える映像がそれでも、人間として何の不都合もないはずだ。
 なのに何故、ニュータイプの人々にはそれが解らないのだろう、と。
 そこまで考えて、レズンはもう一度天井を見上げた。
 ……あぁ、気持ち悪いったらありゃしない。
 そこで背筋を伸ばした。そしてあとは、真っ直ぐに歩いてゆくことにした。振り返らずに。
 会議場に向かって。











2009.08.10.







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